わたしが選ぶ力
お披露目会まで、あと二週間。慌ただしい日々の合間を縫うようにして、アンネリーゼは早朝の中庭にひとり足を運んでいた。目当ては、王城の一角に設けられた聖獣たちの休息場所だ。
「エルドラン、ファヴニール。おはようございます」
『アンネ!』
声をかけると、白銀の毛並みを持つユニコーンが首をもたげて一目散に駆け寄ってきた。そのままうれしそうに鼻先を寄せてくる。少し離れた場所では、漆黒の竜が芝生の上で静かに翼をたたみ、こちらへ視線を寄越した。
『おはよう! こんな朝早くから、どうしたの?』
頭の中に直接響く、少年のような声。
アンネリーゼは膝をつくと、エルドランの首筋をそっとなでた。
「実はね、ふたりにお願いがあって来たんです。以前、シグルド様の剣をお借りしたときのこと、覚えている?」
『ああ、あの重い鉄の塊に振り回されて、盛大にすっころんだやつね』
からかうように喉を鳴らすエルドランに、アンネリーゼはむっと頬を膨らませる。
「うっ……。その節は、格好悪いところをお見せしました。でも、あれで思い知ったんです。ただがむしゃらに武器を振るうことだけが、強さじゃないんだって」
静かに耳をかたむけていたファヴニールが、低く重厚な声で応じる。
『ほう。ならば、そなたはなにを望む』
「ええと、わたしなりのやり方で、シグルド様やこの国を守れる力が欲しいのです。……あの一件から、わたしに剣術の才があるとは思えません。けれど、聖獣使いとしての知識や、前世で培った知恵ならば、なにか役に立てることがあるかもしれない。だから――ファヴニール、あなたの持つ〝破壊〟の力について、そしてエルドラン、あなたの〝再生〟の加護について、もっと深く教えていただけませんか」
一瞬の沈黙が、朝の中庭に落ちる。
やがてファヴニールが、値踏みするようなまなざしをこちらに向けた。
『力とは、ただ振るうためだけにあるのではない。己に合った力の使い方を見極め、それをもって大切なものを守ること――それもまた、力のひとつであろう。よくぞそこまで考えた。……シグルドがそなたに惚れ込むのも、わからぬではないな』
その言葉に、エルドランがぴくりと耳を立てる。
『ちょっと、ファヴニール。アンネはボクの契約者なんだからね! あんまり褒めすぎないでよ』
むきになったように鼻息を荒くするエルドランに、ファヴニールが喉の奥でくつくつと笑う。
『若いな』
『年寄りくさいこと言わないでよ!』
じゃれ合うようなふたりのやり取りに、アンネリーゼは思わず頬をゆるめた。
(このふたりと話していると、いつも心が軽くなるわ)
ひとしきり笑ったあと、ファヴニールが改めてこちらを見据える。
『よかろう。まずは、力を巡らせる術から教えてやる。剣がなくとも、聖獣の加護を身にまとうことができれば、いざという時の一手になろう』
『ボクも手伝う! 治癒の加護なら、アンネの体に馴染みやすいと思うんだ』
エルドランが自慢げに胸を張ると、白銀の光が淡くその身を包んだ。
『それじゃあ、とりあえずまずは、ボクの力をアンネに分け与えてみるよ。アンネ、手を出して』
「は、はい」
アンネリーゼは差し出されたエルドランの前脚にそっと手を重ねる。じんわりとした温かさが指先から流れ込んでくるのを感じた。
(これが、聖獣の力……!)
エルドランの言ったとおり、体が神聖なもので満たされていく感じがする。エルドランをすぐ身近に感じるような――そんな感覚だった。
「ありがとう、ふたりとも。……正直に言うと、少しだけ怖いんです。強くなろうとすることも、変わろうとすることも」
かつての自分は、聖獣の加護という〝利用価値〟でしか測られなかった。力を求めることは、あの頃の自分を縛っていた〝聖獣使い〟という鎖を、今度は自ら選び取ることに似ている気がしたのだ。望んでいなかった力に振り回された、あの日々をなぞってしまわないだろうかと。
(でも……。今度は違うわ。わたしには、明確な目標がある。シグルド様や、アルシェリアの国のみんなを――大切な人たちを、この手で守りたい。ただ利用されるだけだったあの頃とは違う、わたし自身が望んで選び取る力なのだから)
アンネリーゼはまっすぐに前を見据える。
「守られるだけの自分より、隣に立てる自分でありたい。だから、頑張ります」
その決意を受け止めるように、ファヴニールが静かに翼を広げた。
『上出来だ。……あそこに突っ立っておるシグルドにも、そなたのその強さの理由を、一度は語ってやるといい』
「……え?」
そう言ったファヴニールの視線の先――回廊の陰から、こちらの様子をじっと見守っていたシグルドの姿があった。
不意打ちの登場に、アンネリーゼはギクリと顔を強張らせる。
「い、いつから、そこに?」
(全然気がつかなかった……)
気まずそうに頭をかきながら、シグルドが歩み寄ってくる。
「すまない、盗み聞きするつもりはなかったんだ。ただ、朝の鍛錬にでも誘おうと来てみただけだったんだが……まさか、こんな光景を目にするとは思わなかった」
驚いたような言葉とは裏腹に、その表情には、あきれではなく、隠しきれない愛おしさがにじんでいるように感じて、アンネリーゼは気恥ずかしくなってうつむいた。
シグルドがアンネリーゼの肩に優しく手を置く。
「アンネ。無理はするなと言ったはずだが」
「大丈夫、無理はしていません。ただ、わたしなりに、あなたの隣に立つ努力をしたいだけなのです。わたしは、あなたが……その、とても大切だから!」
まっすぐに見つめ返して宣言すると、シグルドが不意を突かれたように、みるみる顔を赤く染める。
(わあ、なんか、とてつもなく恥ずかしい……っ)
自分も釣られて体中が熱くなっていく。
恐縮して縮こまっていると、彼は観念したように小さく息を吐き、頭を優しくなでてくれた。
「……わかった。俺の婚約者殿は一度言い出したら聞かないからな。なら、俺も本気で付き合おう。ふたりの聖獣に鍛えられた君が、どれほど頼もしくなるのか――楽しみにしている」
朝日が中庭に差し込み、ふたりと二匹の影を長く伸ばしていく。新しい訓練の日々の始まりを予感させながら、アンネリーゼは晴れやかな気持ちで拳を握りしめた。




