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はじまりの一枚

 アンネリーゼは机の上に広げていたプランニングシートを手に取ると、興味津々のジュリアンとクラリスに向き直った。


「では、さっそくですが――こちらが現在進めております、レナート様とミリーさんの挙式に向けたプランニングシートです」

「プランニングシート……計画書のようなものかな」


 ジュリアンがシートを受け取り、クラリスが横からそれを覗き込む。

 シートには、会場のスケッチや、ドレスのデザイン案、当日の進行表までが細かく書き込まれている。前世の知識を惜しみなく注ぎ込んだ、自分なりの渾身の一枚だった。

 ジュリアンが感心したように目を見開く。


「これは……すごいな。式の進行から装飾の配置まで、ここまで緻密に練られているとは」

「ありがとうございます。当日を円滑に進められるよう、なるべく細部まで考えておくと安心なのです。それでもなかなか計画書どおりにはいかないものですが……」

「まあ! このスケッチ、まるで絵画のようですわ。アンネには絵心の才能もございますのね。会場はスミレの草地でしたわよね?」


 サラッと絵を褒められて照れながら、アンネリーゼはうなずく。


「そう。レナート様のご実家の裏手に広がる草地なのですが、ちょうど今の季節、スミレが見頃を迎えるそうなのです。それを活かして、自然そのものを会場の装飾にしてしまおうと考えております」

「ほう。自然を装飾に、とは?」


 シグルドが興味深そうに問いかける。アンネリーゼはシートから目を上げた。


「はい。豪華な花飾りや高価な装飾品を用意できなくても、そこにある美しさをそのまま活かせば、それだけで唯一無二の式になるはずだと思うのです。王都に咲くスミレの香りに包まれながら、おふたりの門出を祝う――そんな式にしたいな、と」


(前世でも、自然の景色を活かした式は人気があったもの。南国の海辺で執り行うビーチウェディング、森林や庭園で執り行うガーデンウェディング。装飾に過度にお金をかけずとも、心に残る式は作れるわ)


 ぜひふたりの思い出の残る場所で式を挙げたい――そういった希望を、これまでも叶えてきた。それは必ずしも豪華な建物である必要はなく、素朴な場所であってもいいのだ。

 ジュリアンがドレスのスケッチに目をやる。


「リメイクドレスというのも、シグルドから聞いたんだけれど、王家の古いドレスを直して作るってことでいいのかい? 新しく仕立てるのではなく」

「ええ。王家には、長年眠っていた美しいドレスがたくさんありました。それを、この時代の流行りに合わせて作り直すのです。一からドレスを仕立てるよりも費用がかからず、しかも歴史と想いの込もった一着になります」


 クラリスが、目を輝かせながら身を乗り出す。


「まあ、なんてステキな発想でしょう! 古いものを大切にしながら、新しい命を与えるなんて」

「クラリスには、ぜひそのデザインのお力添えをいただきたいのです。王都のご令嬢たちの間で、今どのような流行りがおありですか?」

「もちろんですわ! 最近は、襟元をすっきりと見せるデザインが人気で――それと、袖のレースを大きく見せるのが流行(はや)っておりますの」


 クラリスは熱心に語りはじめた。アンネリーゼはその言葉をひとつひとつ丁寧にメモへ書き起こしていく。


(さすが社交界の最先端にいらっしゃる方……とても勉強になるわ)


「ジュリアン様には、社交界での人脈を活かして、この挙式を多くの方々に知っていただけるよう、お力をお借りできればと思っております」

「ああ、それなら任せてくれ。俺の人脈で、王都中の貴族たちに話を広めてみせるよ。なに、こんな心温まる話なら広めるのも苦じゃない」


 ジュリアンがにやりと笑い、軽く胸を叩く。


「ありがとうございます。おふたりのお力添えがあれば、この挙式は必ず成功するはずです」


 シグルドが、そんなアンネリーゼの様子を静かに見つめながら微笑んだ。


「アンネ、君がそうして誰かのために真剣に取り組む姿は、何度見ても胸が熱くなる。この国に来てくれて――本当によかった」

「シグルド様……」


 不意の言葉に、頬がじんわりと熱くなる。ジュリアンとクラリスの視線が、からかうようにこちらへ向けられていることに気づき、アンネリーゼは慌てて咳払いをした。


「で、では! まずはドレスのデザインから決めていきましょう。クラリス、先ほどのお話の続きを、もう少し詳しく伺ってもよろしいですか?」

「ええ、もちろんですわ!」


 四人を囲む執務室には、これからはじまる挙式への期待と、温かな笑い声が満ちていた。

 アンネリーゼは、心の中で静かに誓う。


(レナート様とミリーさんの想いを、最高の形でお届けする。そして、この国の人々に、希望の灯をともしてみせる)


 窓から差し込む朝の光が、四人を優しく包み込んでいた。

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