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聖獣令嬢、隣国へ

 それでも一応は、妹の言い分を聞いておきたかった。なぜ、国のためではなく自分の領地のためだけに聖獣を使っていると思ったのか。

 アンネリーゼは、事情を促す視線をセレスティアに向ける。妹は嬉々として笑む。


「お姉様。この場で告発させていただきます。お姉様は、聖獣ユニコーンの加護をわたくしたち侯爵家の領地にのみ用いておりました。他の貴族たちの領地と経済格差が出るように。それにより、お姉様はルシアード様との婚約を取りつけた。わたくしたちエルディナ侯爵家は、王家との婚約によりますます権力を得ますわ」

「……そのような依怙贔屓えこひいきをしたつもりはないのだけれど。なにか証拠でもあるの?」

「しらばくれても無駄ですわ。わたくし見ましたの。昼間、お姉様が領地の境にある麦畑で、胸に手を当てて祈っていらっしゃるのを。ユニコーンの姿は見えませんでしたけれど、お姉様を中心に虹色の光が辺りに広がったのです。それを合図に、作物の葉がいっせいに輝きを取り戻したのですわ」


 アンネリーゼは額を押さえる。まったく身に覚えがない。言いがかりにも程がある。


「……セレス。それは誤解だわ。わたくしは、一度たりとも家の私有地のためだけに聖獣の力を用いたことはないわ。きっと、雨上がりの日かなにかで、麦の葉にでもついていた雨粒がキラキラと光って見えただとか――……そういった見間違いの類だと思うわ」


 あり得るとしたら、そのような勘違いによるものだろう。アンネリーゼは聖獣の加護を国のために役立てられることに誇りを持っていた。国を裏切るような真似はしない。


(そもそも、ユニコーンの姿を見ていないのだから確証を持って言い切れるはずがない)


 妹がでたらめを言っていることは明白だ。彼女の表情や言い方も演技じみている。

 反論を試みたアンネリーゼを制し、セレスティアがわざとらしく目を潤ませる。


「まあ! お姉様はわたくしが嘘を申しているとおっしゃいますの? そうですわよね、聖獣を従えているお姉様のご意見はいつだってわたくしより優先されてまいりましたもの」

「そういう意味で言ったのでは――」

「おお、かわいそうなセレス。アンネ、姉の立場にありながら実の妹の言葉を疑うのか? 淑女にあるまじき醜悪さだな」

「…………」


 醜悪さ……。それが仮にも婚約者に向ける言葉だろうか。まるで刃のようだ。

 ルシアードとセレスティアは、どんな手を使ってでもアンネリーゼを排除したいのだろう。自分たちが結ばれるために。


(確かに、わたしはセレスほど愛嬌などないけれど……)


 それはそれとして。おそらくルシアードもまた、聖獣の加護を持つアンネリーゼのことをおもしろく思っていなかったのだろう。腹の内では。国に恒久の繁栄をもたらす聖獣使いは、時と場合によっては王族よりも重宝されるからだ。アンネリーゼのほうがルシアードよりも立場が上――そういった側面が、ルシアードに劣等感を抱かせてしまったのだろう。


(これは、なにを言っても無駄かもしれないわ……)


 アンネリーゼはため息をつく。どのような言い分も認めてくれないのならば、反論するだけ無駄というものだ。焼け石に水なのだから。それに、このような衆目の場で糾弾されては、濡れ衣とはいえアンネリーゼによくない噂が立ってしまうだろう。伯爵令嬢の婚儀の日を台無しにしたと。


(だったら、この場はふたりの意向に従っておいたほうがいいかもしれないわ。その後の身の振り方は、ゆっくり考えればいいのだから)


 アンネリーゼは、諦めにも似た気持ちで思う。

 ルシアードとセレスティアの次の言葉を待った。



 ***



 ルシアードは、セレスティアを背に庇う。アンネリーゼと向き合った。


「……アンネ。僕自身としてはとても不本意だ。けれども、聖獣の力を私利私欲のために使う貴女を、いずれ王位を継ぐ僕の妻として迎えるわけにはいかない」

(よく言うわ。不本意なわけがないでしょうに)


 アンネリーゼは嘆息する。どんなに無理な言いがかりをつけてでも、彼らはアンネリーゼを排除したいのだろう。ルシアードとしては、アンネリーゼと婚約破棄をしたとしても、同じ侯爵家のセレスティアを娶ったとなれば大義名分は立つ。侯爵家と角が立つこともないだろう。両親がこの場を止めに来ないところを考えても、ルシアードによって既に裏で手を回されているのかもしれない。


(……そもそも、聖獣使いであった母はわたしが物心つくころに他界してしまって。今いる母は父と再婚したわたしにとっては継母。セレスティアとは異母姉妹なんだもの。父は気の強い継母に頭が上がらないようだし、誰もわたしを助けてなんてくれないわよね)


 実の母を亡くしてからというもの、アンネリーゼは家庭内で孤立していた。先に述べたように父は継母に頭が上がらない。継母はアンネリーゼよりも実の娘であるセレスティアを溺愛している。アンネリーゼは家でなにかと所在がなかったのだ。聖獣使いであるという能力だけが、アンネリーゼの価値だった。

 アンネリーゼは、むしろこの場を早く収めるほうに頭を切り替える。


「……殿下。つまり――わたくしを、罪人として断罪なさるおつもりなのですね?」

「……よ、よくわかっているじゃないか。君は理解が早くて助かるよ」


 アンネリーゼに潔く返されるとは思っていなかったのだろう。不意を突かれたのか、ルシアードのほうが狼狽している。礼拝堂は静まり返っている。皆、事の顛末について来られていないようだった。

 気を取り直したルシアード。威風堂々とした声を堂内に響かせる。


「アンネ。君の所業は王国の信頼を揺るがす重大な罪だ。よって、本日をもって君は私の婚約者の座を失う。また、侯爵家としての地位も……剥奪する」

「まあ、なんというお話……! お姉様が哀れでなりませんわ! 殿下、せめてお慈悲を」

「おお、なんという姉想いの優しいセレス。どのような慈悲を所望する?」


 セレスティアが芝居がかった仕草でルシアードにすがりつく。ふたりの茶番を、アンネリーゼは半目で眺めていた。

 ……慈悲。そんなもの不要であるのに。嫌な予感しかしない。

 案の定、セレスティアが猫なで声で口を添える。


「お姉様をわたくしの側仕えにしてくださいませ。お姉様の聖獣はわたくしが責任を持って管理、監視いたしますわ」

「おお、それはよき案だな。僕は、いずれ君を新たな婚約者として迎えようと思っているんだ。未来の王妃となる君が、アンネと聖獣を見ていてくれるのならば安心だ」

(冗談じゃない! わたしを管理下に置いて、体よく聖獣の力を利用しようとしているだけじゃない。ここにいては駄目。わたしの聖獣を守るためにも、すぐにここを立ち去らないと)


 アンネリーゼは深く息を吸う。もうこの王国にも家族にも未練はなかった。

 自分の居場所は、もうここにはないのだ。


「殿下、セレス。そのお話ですが、お受けすることはできません」

「まあ、お姉様、どうしてですの? わたくし、哀れなお姉様のせめてもの力になれたらと思いましたのに……」


 セレスティアのわざとらしい物言い。アンネリーゼの心が急激に冷えてくる。

 彼女には、姉に対する優しさなど欠片もないのだろう。いかにアンネリーゼを陥れるか、自分が優位に立つかしか頭にない。異母姉妹とはいえ、たったひとりの妹。妹のことを気遣ってきたつもりだった。国の王太子と婚約することで、妹や、侯爵家を安泰させ、守ることができると思っていた。けれどもそれは、逆効果だったのだ……。

 アンネリーゼは、ルシアードやセレスティアに決別する。


「哀れ……ですって? いいえ、わたくしにとってはようやく『自由』を得た瞬間です」

「……なに?」

「わたくしはずっと、陛下や国、そして殿下に仕えることこそが、聖獣使いであるわたくしの務めだと信じて来ました。けれども、わたくしが間違っていたようです。いつの世も、真実よりも都合が優先されるものですから」


 言葉の端々に棘を込めて言う。婚礼式という祝福の場で、ここまでの仕打ちを受けたのだ。しかも前世の自分にとっては、結婚式は仕事にしていたくらいに大切なもの。好きなもの。それを台無しにされたこと、断じて許すわけにはいかなかった。



 ***



 アンネリーゼは毅然と顎を上げる。


「わたくしは、これ以上あなた方の装飾品ではいられません」

「な、なんだと……!」

「本日をもちまして、エルディナ侯爵家の長女、アンネリーゼ・フォン・エルディナは、この国を去ります。お望みどおり――王家と関わりを断ちましょう」

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