雲
次の駅で降りた僕は、反対側のホームに渡った。
階段を上がって、降りて、また上がる。
自分のミスを自分で回収する作業は、いつも静かだ。
電車はすぐに来た。
今度は間違えない。
ドアの前に立ち、発車を待つ。
さっきみたいに、変なことを考えてはいけない。
そう思った瞬間にもう余計なことを考えていた。
窓に映る自分の顔は、どこか他人みたいだった。
輪郭だけあって、中身が少し遅れている。
本来なら、今ごろ少し早くついているはずだった。
僕の余白は、いつの間にか無かったことになっていた。
間に合う。
そう思った。
自分を落ち着かせるたびに、
焦りが足の裏をかすめるように戻ってくる。
目的の駅に着くと、
降りる人の流れに混ざって、ホームを歩いた。
ここまで来れば、もう間違えようがない。
地上に上がる途中で、
雨が降りそうな匂いと、
スパイスのように鼻の奥を貫く匂いが混ざった。
地上で息を深く吸う。
空は見なかった。
見上げたところで、何かが解決するわけじゃなかった。
改札を抜けて、
いつもの場所まで、いつもの道を歩く。
何も変わっていなかった。
濡れていないのに、アスファルトが一段暗く見えた。
風が、冷たいふりをして通り過ぎていく。
いつもの場所に着き、
入り口の機械に顔を向けた。
画面には、まだ眠そうな男の顔が映っている。
36.2。
その数字をみて、
なぜか少しだけ安心した。
機械の横をすり抜け建物の中に入る。
背後で鳴った、温度のない『正常』という称号は、
この場所では、ほかの何よりも価値が高い。
数歩進んで、ふと立ち止まる。
影がない。
どこに立ってても、同じ明るさだった。
光の下にいるはずなのに、
立ち位置だけが消えている。
距離の感覚が、薄く引き伸ばされていた。
それは、
僕がここにいる証拠まで、
少しだけ薄くしてしまうみたいだった。
少しだけ、
気味が悪かった。




