八話◇僕らの秘密特訓
筋トレしようね……
昼過ぎになって。
僕とアリシアとお母様の三人は、エントランスでオルドリッジ夫人とクロードを出迎えた。
お母様と夫人はまずはサロンでお茶にしましょうと話していたけど、僕らは辞退して自由に過ごすことにした。
「クロード……くれぐれも、アシェル君に無茶な遊びをさせてはいけませんよ?」
念を押すように言われたクロードは、勝ち気な笑顔で答えた。
「分かってますよ。そんな遊びには誘いません」
きっと訓練は遊びじゃない、とでも思っているのだろう。
やや含みのある物言いに夫人は気が付いただろうか。
微かに聞こえた小さな溜め息を背に、僕らは庭へと歩き出した。
「で?最近どうしてた?」
お屋敷の裏側の、隠れ家的スポットまでの道すがら。僕らは会話をしながら歩いていた。
「どうって……おおざっぱすぎて答えにくいよ」
「アシェルの発作も起きてないしわたしたちは元気よ。あと、フェリクス殿下にお会いしに王宮に行ったわ!」
悩んでいる間にアリシアが要点だけを話していく。
「へぇ〜。第二王子ってどんなだった?俺もあさって行く予定なんだよなぁ……」
「ちょっと!殿下って言いなさいよ……!」
「クロードも顔合わせ呼ばれたんだ?それもそうかぁ、全然意外でもないな」
「侯爵家だし、父上も騎士団長だしな?それよりどうだったんだよ〜!ちゃんと騎士として、守りたいと思えるようなお人だったか?もしそうじゃないなら……俺はあさって病気になるぞ……」
真剣な顔でそんなことを言い、心配そうに眉を下げるクロード。
そんな彼の素直さに、僕は思わず笑ってしまう。
「大丈夫、殿下は良い人だったよ」
「そうよ、すごく素敵な方だったわ!堂々としていて、優しくて……それにわたしたちに会うのをとっても楽しみにしてくれてたのよ」
「へぇ。イヤな感じじゃなかったんなら良かったよ。それで、アリシアは婚約者になったのか?」
「それは……」
「まだよ。アシェルがダメだって言ったの」
言い淀む僕に構わずアリシアがさらりと告げる。
「はあ?なんだそれ……おまえさっき王子は良いやつだって言わなかったか?」
「…………ダメっていうか……まだ早いって言ったんだよ。もっとお互いを知ってからの方がいいだろ」
「そりゃその方がいいけどよ、俺たち貴族だぞ?しかも高位の。相手がよっぽど変なヤツでなきゃ婚約なんて勝手に決まるものだろ」
「そうよね?それにわたし、フェリクス殿下なら婚約しても良いと思うのに」
僕を間に挟んで、クロードとアリシアの会話が続く。
なんだか前世持ちの僕より二人の方が随分と大人に感じるんだけど、気のせいかな……。
それとも、"日本人の感覚"と"この世界の感覚"が合わないだけ?
っていうか今アリシア、フェリクスと婚約したいって言った?
「アシェルって……ほんと、ピュアというか夢見がちというか……アリシアも大変だな?」
「いいのよ。それでこそアシュだもの」
なんだかひどい言われようだ……!
(しかも!僕の方がお兄ちゃんなんだけど?これってまるで、"アリシアがお姉ちゃん"みたいな会話じゃない?)
居た堪れなくなってくるから、生暖かい目で見るのはやめていただきたい……。
「しかたない。アシェルが安心出来るような王子なのかどうか、あさって俺がちゃんと見てきてやるよ」
「クロード……!」
「アンタさっきからところどころ不敬なのよ……!」
クロードの言葉に、僕は"兄なのか姉なのか問題"については、すっかりどうでもよくなってしまった。
アリシアには呆れられていたけど、僕にはクロードがとても頼もしく見えたのだった。
そのまま会話をしながら歩いて、僕たちは隠れ特訓スポットに到着した。
おもむろに、布を被せた木箱から、小さな木剣を二本取り出したクロード。
そのうちの片方を僕に手渡してくれる。
ちなみに木箱の存在は、使用人たちにも『クロードとのごっこ遊びで使うものだから片付けないで』と周知済みだから安心なんだ。
「今日もやるんだろ?」
「うん!よろしくお願いします!」
僕にとってはまだまだ重く感じるそれは、兄様が入学前まで使っていた子供用の訓練剣だった。
クロードは木剣を一度木箱に立て掛けると、ジャケットを脱ぎ、少し離れた地面に敷くように置いた。
その上着の上にアリシアを座らせると、近くに戻って再び剣を手に携えた。
「オジョーサマはそこで兄ちゃんの応援しながら、人が来ないか見張っててくれな?」
「しょうがないわね……。アシュに無理させるんじゃないわよ?」
そう言いながら、揃えて立てた膝の上で頬杖を付いたアリシアは、最後に少しだけクロードを睨んだ。
「じゃあ、まずは構え」
「はいっ」
返事をして、以前に教わった通りに剣を構えてみる。
「…………ん、そんなに悪くないな」
クロードの呟きに喜んだのも束の間。
手を添えては微妙に位置をズラし、クロードは僕の姿勢を手直ししてくれる。
「よし、こんなもんだろ。ちゃんと、この形を覚えろよ〜」
「やっぱり完璧にはまだまだ遠いかぁ」
「いや、結構サマになってきてるぞ?」
そう言いながらクロードも隣で剣を構える。
「あとは……振るべし!ひたすらっ、こうやって!たてにっ、振る!」
ヒュンッ……ヒュンッ……と一定のテンポで空を切る音が響く。
見様見真似で僕もクロードに続いて剣を振るうけど、良くてせいぜいブン……という音しか鳴らなかった。
「うう……やっぱり全然ダメだなぁ」
落ち込みつつも、精一杯腕を振り続ける。
「アシェルの場合はさぁ、単純に筋力が全然足りてないんだよ。部屋でバレずに出来る鍛錬もやってみろよ」
例えばこんなんとか、と言いながら木剣を置いて実演しながら教えてくれるクロード。
それは前世で言う腕立て伏せと腹筋とスクワットそのものだった。
「…………なるほど。今日からやってみるよ、ありがとう」
「あと、体力つけるのに走り回れないなら家中歩き回って、階段とかひたすら往復してみると良いかもな」
「はい、せんせぇ……」
言われてみて気付いた。
今まで僕は、確かに運動とかの制限はされていたけど……それ以外でも自分で出来たはずの努力をしていなかっただけなんだなぁって。
……恥ずかしい。目から鱗。
今日からがんばろ……。
「とりあえず今は、もっかい構えから!」
「……はい!」
僕がそうして、ひたすら縦の振りを練習している間に。
クロードは、もっと本格的に色んな型の素振りを練習始めていた。
くぅぅ!めっちゃカッコイイ……!
僕もいつか、クロードみたいに剣を振れるようになりたい……!
なんて、つい見惚れていると。
少し離れた所から、クロードが放つ音と似たような音が聞こえることに気が付いた。
その発生源を見てみると……。
そこにはイイ感じの棒切れを、完璧に思える構えで振り下ろしているアリシアがいた。
「えっ、アリシア……?」
遅れて気付いたクロードが、呆れたように呟いた。
「………………なんでオジョーサマが参加しちゃってんだよ……。しかも素質あり過ぎだろ……」
「今日は本も持って来なかったし、やっぱり見てるだけなんてつまらなかったんだもの。やってみると結構楽しいのね?」
見られている事に気付いたアリシアは、特に悪びれもせずニコリと笑った。
僕は、"絶対に今日から筋トレを始めよう"と、決意を新たにした。
しばらくの間、夢中になって三人で素振りをしていたけど。
その後は、屋敷に戻って僕の部屋でまったり過ごしたり、ちょっとうたた寝したりした。
前世の夢は、たぶん見なかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(仲良しな幼なじみ、守ってね……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
冬休み" まったり乙兄企画 " 1日目☆
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