五話◇衣装合わせと、初めての王宮
はじめまして
授業のあとはティータイムで糖分と休息を取り、約束通り僕らはアリシアの部屋でドレス選びをした。
まだ一度も袖を通していない、煌びやかな外出用のドレス。
そしてアリシアお気に入りのドレスなど。
思いつく限りのすべてを身に当てては、ああでもないこうでもないと取っ替え引っ替えファッションショーをするものだから、本気で目が回りそうになった。
最終的な候補を四つまで絞ったところで、お母様がいらっしゃるという先触れがあった。
そうして僕らは、慌てて部屋や身なりを整えてもらう羽目になり――
やけに緊張しながらお母様をお迎えしたところ。
どうやら初の王宮へ向けて仕立ててくれた、揃いの衣服が三着あるらしくて。
僕らは結局、その中からひとつを選ぶことになった。
正直なところ、あの苦労は何だったのかと思わなくもない。
でも、考えが及ばなかった僕らのせいだから仕方ないね……。
よくよく考えてみると。
いくら非公式とはいえ、初の王宮訪問に向けて"衣装が用意されていない"なんてあるわけがなかったんだから。
「貴方たちが衣装選びをしていると聞いたのだけど……準備していると伝えるのが遅れてごめんなさい」
そんな風に言うお母様の声も、表情も、いつも通り冷たく感じた。
それは紛れもない事実なんだけど。
これはアレかもしれない……。
見た目で損してるタイプ。
いや。はちゃめちゃ美人だから、損してるって言うのもおかしいかもだけどね?
キリリとした細い眉に、このつり目。
どことなく畏怖を感じさせるほどの、整い過ぎた容姿。
それがお母様を冷徹に見せているけれど……。
じっと僕らを見つめる視線は鋭くて、でもそこには咎めるような色も不快も、少しも滲んでいなかった。
なんて、僕がお母様の分析をしている間。
アリシアは、並んだ衣装の中のひとつに心を奪われているようだった。
「これ……」
「うん、すごくすてきだね。アリシアのためだけに作られたのがよく分かる」
ぽーっと惚けるようなアリシアに頷き返す。
「そうよね!?どれも全部すばらしいけど、これはもう信じられないくらいにわたしにピッタリよね?今まで出会わなかったのがふしぎな、くら……い……」
瞳をキラキラ輝かせて熱く語り始めたけれど。
途中でお母様の存在を思い出したのか、後半は勢いをなくしたように声がか細くなっていった。
「そんなに気に入ってもらえて嬉しいわ」
と……。
言葉とは裏腹にニヤリと効果音が付きそうな迫力の笑みを浮かべたお母様。
隣のアリシアが「……ヒッ……」とか細い悲鳴を飲み込んだ。
びっくりするくらいに絶好調な悪女スマイルだったね、お母様……。
怯える娘に居た堪れなくなったのだろうか。
お母様は――
「では、私はここで失礼するわね……あとの事は頼んだわ」
そんな風にメイドさんに声をかけて、どこか気まずそうに去ってしまった。
そう、か……笑うとこうなるから笑わないのか……。
もしかしたらお父様もそうなのかも?
お父様もお母様も、子供には無関心な人なんだと、ずっと思っていた。でも。
……どうやら僕らは、今まで両親について大きな誤解をしていたのかもしれない。
かおがこわいだけ。
……だったり、するのかもしれない。
一度そう考えると、なんだかそれが真実のように思えてくるから不思議だ。
これまでの経験に、『両親の顔が怖いだけ』という方程式を当てはめてみる。
するとどうだろう。
驚くほどすんなりと、答えが導き出されていくようだった。
隠されていた"真実"を見つけてしまった様な高揚感が湧いてくる。
ドキドキと高鳴る胸を押さえながらも、アリシアの誤解が解けるにはもう少しかかるかもしれないな……と、ぼんやり思った。
◇ ◇ ◇
そのあとは。
ごく平穏な、変わらない日々が続いた。
朝食の席にお母様が現れて、びっくりしたこともあったけど。
ついに僕らは、王宮での顔合わせの日を迎えた。
今日も学園に向かったお兄様をのぞいて、家族は四人。
全員が、どこかお揃いのような華やかな衣装を身に纏っている。
そうして僕らは、王宮の一角に案内された。
庭園が間近に見える、とても穏やかで静かな場所だった。
そこには――
"まさに王族"と言いたくなる風体の男女がいた。
王家の象徴でもある、金髪と碧眼。
輝くような美貌をもつふたりは、お茶会の為に用意されたであろう席に座っていた。
……男女とは言ったけれど。
片方は、僕らと同い年くらいの男の子なんだけどね。
「本日はよくいらしてくれましたね。ガルブレイス侯爵、ヴァイオレッタ」
「グランディール王国の麗しき月、王妃殿下。並びにグランディールの綺羅星、第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
お父様が口上を述べて礼をする。
それに続いて、お母様もカーテシーをした。
僕らも、ふたりに倣って頭を下げる。
まだ、少したどたどしいけれど、丁寧に。
その様子を見た王妃殿下は、口角をすっと上げた。
にこやかで――完璧で。
けれど、感情の読めないロイヤルスマイルだった。
「非公式の顔合わせを、それも庭園で行っているというのに……」
そう前置いてから、王妃殿下は小さく息を吐く。
「侯爵は相変わらずのようね。それに、ヴァイオレッタまで」
今日は形式ばった挨拶は不要のはずなのに。
そんな呆れを含んだ声音だった。
「ごめんなさい、セレニア。でも……」
「我が子らにとっては、初めての王宮です」
お母様の言葉を引き取るように。
お父様は、淡々と続けた。
「故に、努めて礼節を保つべきかと」
なるほど……。
堅苦しいのは抜きにして、親しくしてほしい王妃様。
一方で、最初こそが肝心だと考える両親。
僕たちの見本として、マナーを守りたい――ということか。
……貴族社会って、やっぱりむずかしい。
「まあ、良いでしょう」
王妃殿下はそう言って、視線を隣へ向けた。
「こちらが第二王子のフェリクスです。挨拶なさい」
声をかけられた少年は、椅子からぴょこりと降り立つ。
そうして、僕らの前へ進み出た。
「今日は会えてうれしいぞ!」
弾んだ声で、少年は胸を張る。
ふすん、と鼻息が聞こえたのが、なんだか可愛かった。
「ぼくがこの国の第二王子、フェリクス・グランディエだ。さあ、お前たちの名前も教えてくれ」
好奇心の光に満ちた、勝ち気な瞳。
その視線が、まっすぐに僕らを射抜いた。
生まれ持った王族の資質か。
それとも本人の気質なんだろうか。
『偉そう』とまではいかない、強い言葉……。
そこにカリスマ性すら感じてしまう。
ふと、ゲームで見た青年期の面影が脳裏をよぎった。
これが――
アリシア破滅のきっかけになるかもしれない、第二王子。
そう思い出した途端。
干上がった喉が、ごくりと音を立てた。
「なんだ、そんなに緊張しなくていいのに」
フェリクス王子は、不思議そうに首を傾げる。
「それとも、今日を楽しみにしていたのは、ぼくだけだったのか?」
「……そんなことありませんっ!」
慌てたように、アリシアが一歩前へ出た。
「わたくしもとっても楽しみに――いえっ、フェリクス第二王子殿下にお会いできて光栄ですわ!わたくし、ガルブレイス家の長女、アリシアともうします」
拗ねたように呟いたフェリクス王子に、アリシアは必死に言葉を紡いでいた。
ほんの一瞬だけ眉をひそめかけた王子は、すぐに笑顔になった。
「そうか!アリシア嬢、よろしくな」
麗しの王子に笑いかけられてほんのり頬を染めるアリシアに、イヤな予感が掠めたけれど……。
今は、きちんと挨拶をしなければならない。
期待を込めた碧い瞳から、そっと視線を逸らすように。
軽く頭を下げて、口を開いた。
「ガルブレイス侯爵家が次男、アシェル・ガルブレイスと申します。お目もじ叶いまして……」
「かたいな、おまえは」
僕の挨拶は苦笑する様な王子の声に遮られた。
「まあいい」
フェリクス殿下は、気にした様子もなく続ける。
「アシェル公子もよろしくな」
そう言って差し出された手を握り返し、ようやく僕らの本格的な交流が始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(フェリクスくん、初登場……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
⭐︎乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。
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