十五話◆ふたりの夏休み ★
忘れられない夏
夏季休暇に入って数週間。
カーティス兄様とアリシアの居ないガルブレイス邸は、まるで外界から隔絶されたみたいに静かだった。
この数日、僕の時間はずっとダリルさんを中心に回っている。
毎日欠かさず屋敷に来てくれるダリルさんは、僕のわがままにもずっと笑顔で付き合ってくれていた。
兄様の不在を喜ぶなんて、褒められたものじゃないけど……。
ダリルさんの時間も関心も独り占めできるこの状況に、つい心の中でガッツポーズをしてしまう僕なのでした。
「アシェルくんは本当に熱心だねぇ。この古代語の訳だってもう完璧だよ!こんなに早く習得できちゃうなんて、きっとカーティスもびっくりすると思うよ」
書庫の窓際に並んで座り。
古代魔法陣の解析をしていたダリルさんが、僕の頭を優しく撫でた。
その言葉は、僕の頑張りを認めてくれるものではあったんだけど。
兄様を引き合いに出されたことで、なんだか悔しい気持ちになってしまって。
「……いま兄様は関係ないよ。僕はダリルさんの隣に立ちたくて頑張ってるんだから……!」
つい口が滑ってそう言うと、ダリルさんは驚いたように瞳を丸くした。
「えっ……?えええぇ?それってそういう……」
ダリルさんの言う『そういう』が何を指すのか分からないけど。
彼は困ったような、照れたような笑みを浮かべて、こう言った。
「うーん…………そうだなぁ。アシェルくんがわたしの隣に立ちたいって、そんな風に言ってくれてとってもうれしいよ。だけどね、それだけじゃなくて、なんて言うのかなぁ?楽しかったり、夢中になったり……きみ自身の喜びのためにも頑張ってるはずだよね」
一度言葉を区切ると、ダリルさんは真っ直ぐに僕の目を見つめた。
そこにはもう照れも困惑もなくて、ただ親愛の情を向けてくれているような。
そんなあたたかい眼差しだった。
「だからこそ、アシェルくんはこの先もっともっとすごい事ができるようになる。いつかきみは、きっと誰も思いつかないような魔法を生み出すひとになる。そう信じてるよ」
ダリルさんがくれたのは、最上級の期待と賛辞だった。
僕は嬉しさに心が震えて、持っていた羽ペンを落としていたことにもしばらく気付けなかった。
◇ ◇ ◇
昼食後、僕は『ダリルさん独占夏休み計画』のうちの一つである『ダリルさんと一緒にお菓子作り(発案者:J)』を実行することにした。
夏休み中にダリルさんともっと仲良くなるために、何かいいアイデアはないかJにも聞いてみたんだけど。
Jは、「いやどう考えても聞く相手間違ってんでしょ」と言いながらも最終的には「二人でタルトでも作れば?なんか、生活魔法使いながらだと魔法の訓練っつー名目にもなるでしょ?」という案を出してくれた。
は?Jくん天才か?
そんなわけで、今キッチンには僕とダリルさんの二人だけ。
……実際はJも面白がって近くで見てるんだろうけど、そこは気にしない。
「ふふっ。お菓子作りなんて久しぶりだなぁ。アシェルくん、誘ってくれてありがとう。一緒に美味しいタルトを作ろうね」
「はいっ。僕は初めてだけど、がんばります!」
そう言って、まずはふたり並んで手を洗うところからクッキングタイムが始まった。
「ダリルさんの手って、すごく綺麗だね……」
生地を捏ねるダリルさんの、細くしなやかな指先に、僕はつい見惚れてしまう。
いつも僕を優しく撫でてくれて、合同演習では、あの美しくて強大な複合魔法を生み出した、ダリルさんの手……。
「ふふ、ありがとう。魔法使いにとって、手は大事だからね?ちょっとだけお手入れしたりはしてるかな……」
そう言ったダリルさんの頬は、ほんのり赤く染まっているように見えた。
料理をしている間、ダリルさんは「けっこう力がいるでしょ?」とか、「こんな風にしてみようか」なんて言いながら、僕の手の上に自分の手を重ねて、文字通り手取り足取り状態で教えてくれて。
そんな風に触れられるたびに、僕は熱に浮かされたように顔が熱くなってしまっていた。
(熱中症どころじゃない、こんなの熱愛症だ……!)
そんなふうに、熱で思考がちょっとバカになりながらも、一生懸命に手を動かしていた。
もともとの計画としても、作業中に会話を途切れさせないようにしたいとは思っていたんだけど。
不覚にもナチュラルハイ状態になってしまった僕は、考えていた話題も忘れて、取り留めもなく魔法理論について語っていた。
「そういえば古代魔法って、魔力の流れを操るための幾何学模様が中心なんですよね?でもそれって結局、魔法を視覚で捉えるための一種のショートカットに過ぎないと思うんだ。だから本来なら、感情やイメージだけで術式を構築できるはずなんですよ!」
「うーん……感情やイメージだけで、かぁ。確かにそうなのかも?アシェルくんは面白いことを思い付くね」
「分かってくれる!?この話をすると、だいたい絵空事みたいに流されちゃうんですよ……。あっ、実は僕、今その感情とかイメージを増幅させる方法が載ってる『精神世界と魔法の発展』っていう本を独学で勉強してるんです。まだ実現するにはちょっと遠い道のりっぽいんですけど……もし成功したら、ダリルさんが前に言ってた『水の性質を瞬時に変える応用魔法』も簡単に使えるようになるかもしれません!」
つい興奮して語り過ぎてしまった気がするけど、ダリルさんは優しく微笑みながら聞いてくれていた。
「アシェルくんの夢は壮大だねぇ。でも、アシェルくんなら本当にその夢を実現できるんだろうな……。わたしも負けていられないね?」
そう言って茶目っ気たっぷりに笑ったダリルさんに、僕はもう何度目か分からないけど、また改めて恋に落ちてしまったような気がした。
◇ ◇ ◇
ふたりで作ったカスタードタルトは、形はちょっと不恰好だったけど、とても美味しかった。
少し多めに作ったから、あとでJとKにもお裾分けしようと思う。
本当はアリシアや兄様にも食べてもらいたいけど、前世みたいに気軽に保存しておける環境じゃないから、こればっかりは仕方ないよね。
タルトを食べ終えた頃には、もう夜に近い時間になっていて、空には少しだけ星が見え始めていた。
僕は……。
最近毎日会っているくせに、少しでも長くダリルさんと一緒に居たくて。
馬車寄せまで、また手を繋いで歩いていた。
こんな時間にダリルさんと一緒にいるなんて初めてだなぁ……と、僕の小さな歩幅に合わせて歩くダリルさんの横顔を見上げる。
背景で輝く星よりも、ダリルさんの蜂蜜色の方がきらめいて見えた。
「ダリルさん。今日はこんな時間まで付き合ってくれてありがとう。……帰るの遅くなっちゃってごめんなさい」
「ふふっ、大丈夫だよ。遅くなるって、途中で家には連絡入れてあるし。今日も楽しかったねぇ」
「うん…………楽しかった」
いつもよりものんびりとしたその口調から、僕が気にし過ぎないようにという優しさを感じる。
「明日もまた、いっぱい色んなことしようね。ふふっ、もうこんな時間だけど、ちゃんと早く寝るんだよ?」
「……はい」
内申では子供扱いに膨れつつ、素直に返事をする。
そうだよね、九歳だもんね……確かに子供だよ。
いくら前世で大人(?)だった時の記憶があったとしても、今の僕は『アシェル・ガルブレイス』っていう年相応の子供としての意識の方が強いんだもん。
だからこれは、子供らしい子供が『子供扱いされたくなくて拗ねている』状態なわけだ……。
「あれ?アシェルくん、拗ねちゃった?」
どうやら内心だけじゃなく、ほっぺたも膨らませてしまっていたらしい。
半身を傾けて僕の顔を覗き込んだダリルさんが苦笑する。
「ごめんね、アシェルくんが可愛くて。つい弟みたいに思って、お節介なことまで言っちゃったね……。許してくれる?」
「ゆっ、許すだなんて……僕の方こそごめんなさい。ちょっと子供扱いされたくらいでふくれちゃって……」
僕は、「可愛い弟」という言葉に痛む心を悟られないように、無理に笑った。
「僕がダリルさんにお節介だなんて思う訳ないです。たとえば叱られたって、なんだって、全部うれしいです」
「アシェルくん……」
ダリルさんはまだ何か言おうとしていたみたいだったけど、続きを聞くことは出来なかった。
こんなにゆっくり歩いていたのに、もう目的地に到着してしまったから。
「それじゃあ、また明日ね」
「うん…………おやすみなさい。ダリルさん……」
繋いだ手が解かれて、さっきまでそこにあった温もりが離れていく。
どうしようもない淋しさが込み上げて、しょんぼりしていると……。
「おやすみ、アシェルくん。良い夢を」
そう言ってダリルさんは、僕の額にキスを落としてから馬車へと乗り込んでいった。
「…………っ…………!?」
僕は声にならない叫びに喉をふるわせながら、動き出す馬車を呆然としたまま見送った。
処理が追いつかずにくずおれそうになったところを、案の定ずっと張り付いて見ていたらしいJに回収された。
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
(子供扱いゆえの額キス……アシェルくんがんばれ……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




