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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第二章◆進行中】  作者: かみながあき
第二章◆初等部編

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【幕間】影の休日(休むとは言ってない)

――日の下の影

 

 学園の夏季休暇も中頃に差し掛かった頃。

 次期侯爵として早くから経験を積みたいと、カーティスは父レイモンドと共に領地視察に赴いていた。

 

 アリシアは、第二王子の婚約者になってから初めての公務として、王妃の孤児院や治療院への慰問に同行するため一時的に王宮を仮住まいとしており、戻るのは休暇が明ける数日前。

 

 使用人達を除外すれば、いま屋敷に残っているのはアシェルとその母であるヴァイオレッタの二人と。

 アリシアが戻るまでガルブレイス邸での待機――実質的には束の間の休暇を言い渡されたKとJ。

 その四人だけだった。

 

 

 そんな中、昼下がりのガルブレイス邸では。

 中庭にある一本のオークの木の下に、暇潰し目的のJと、休暇など欲しく無かったと嘆くKが揃っていた。

 

 いわゆる三角座りの体勢で、抱えた膝に顔の半分程を埋めた状態のKは、さっきからまるで置物のように微動だにしていない。

 Jは木に凭れて立ちながら、呆れ果てたような声を漏らした。

 

「お前さぁ?お嬢が居なくて淋しいのは分かるけど、いつまでそうしてるつもりなんだよ」

 

「……黙れ。お嬢様の留守中に坊ちゃんが危険な目に遭いでもしたら、お嬢様がお心を痛められるだろう……!だからこうして坊ちゃんを見張っている事も、アリシアお嬢様の護衛としての重要な職務だ」

 

 およそ覇気の無い声で言い返したKは、視線だけはじっとある一点を見つめていた。

 

「なんだその謎理論……。つーか俺が言ってんのはそういう意味じゃないんだけど?」

 

 今は何を言っても無駄そうだと感じたJは、それ以上の言及を控えた。

 

 二人が見つめる先には、中庭の芝生に設置された移動式の天幕の下で、一心不乱に魔法書を読み込んでいるアシェルの姿があった。

 

 あの日、「一日でも早く、ダリルさんに釣り合う自分になりたい」と照れながらも真っ直ぐに告げた少年の瞳は、長く日陰に身を置いている二人には余りにも眩しく感じられた。

 

 Jにとってはそれ以上の衝撃で。

 アシェルの幼気さに、捨て切れずに残った過去の面影がちらついて、身を抉られるような痛みに人知れず耐えていた。

 

「…………やっぱ似てるんだよな……」

 

「何がだ?」

 

「いんや別に。……なあK。最近アシュ坊が熱上げてんのなんて、魔法の訓練か女神さんとの逢瀬だけだろ。危険な目に合う可能性なんてあると思うか?」

 

 自身の独り言になど興味を持たないだろうと思っていたKに反応を示され、Jは意外に思いながらも適当に誤魔化した。

 

「…………用心に越した事はない」

 

 悔しげに呟いたK自身、その可能性は極めて低い事を理解している様だった。

 

 

「それにしても、女神さんもよくやるよな?いくらアシュ坊に頼まれたからって、ほぼ毎日ここで勉強に付き合ってやるなんてさぁ。よっぽど暇なのか?」

 

 Jの言葉通り、ダリルは連日のようにガルブレイス邸に訪れていた。

 カーティスが視察に同行すると決まった時に、『兄様がいない間、ダリルさんに勉強を見て欲しいんですけど……やっぱりご迷惑でしょうか?』と、身長差のせいで意図せず上目遣いで口説き落としたアシェルの不戦勝である。

 

「失礼なことを言うな。花の君(ダリル)は坊ちゃんを心から心配し、愛でているんだろう」

 

「愛でる、ねぇ?……女神さんがアシュ坊に向けてんのは、今のまんまじゃどこまで行っても『友愛』だろうな。アシュ坊の片思いは、なかなかに難儀だぞ」

 

 おそらくダリルの中では、すでに『可愛い弟分』としての地位が確立されている事だろう。

 それを『恋愛の好意』へと昇華させるというのは、一から親しくなる事よりよほど困難な道のりに思える。

 状況を把握している者にとって、アシェルの報われない恋は見ていて胸が痛むものだった。

 

 憐れみの色を含んだ視線を向けられている事など露知らず、天幕の下のアシェルは、それまで読み耽っていた本を閉じて勢いよく立ち上がる。

 

「来た……!」

 

 期待に満ちた声を漏らしたアシェルは、待ち切れないとばかりにそのまま門の方へと走って行った。

 御者と別れてこちらに歩いていたダリルのもとへと一直線に駆け寄り、満面の笑みで出迎える。

 

「いらっしゃい、ダリルさんっ!今日は『古代語の魔法式解析』の続きをやりたいんです。あと、休憩中に、この前言ってたタルトがあるから一緒に食べましょう?」

 

「ふふっ、アシェルくんは今日も元気だねぇ。慌てなくても時間はたくさんあるから大丈夫だよ」

 

 蜂蜜色を細めて微笑んだダリルは、アシェルが小脇に抱えた厚い魔法書を受け取ると、優しく彼の頭を撫でる。

 頬を紅潮させながらも嬉しそうに受け入れたアシェルは、ごく自然な素振りで想い人の手を取ると、そのまま二人は天幕の方へと手を繋いで歩き始めた。

 

「おおー、やってるやってる。例の『ダリルさん独占夏休み計画』ってやつも順調そうだな」

 

 二人きりでいられる間に少しでも距離を詰めようと果敢に挑むアシェルの姿に、Jは愉しそうに笑った。

 

「お嬢やオニイサマが居なきゃ、そうそう邪魔は入んねえもんな。今こそアピールしようってアシュ坊は必死なわけだ」

 

「それのどこが可笑しい?自身の目標の為に尽力している姿は、どこかお嬢様にも通じるものがある……感動こそすれ、笑うなど以ての外だろう」

「ハッ。むしろ俺は、全部が全部お嬢中心なお前の忠誠っぷりに感動して言葉も出ないね……」

 

 KとJが大して実の無い会話をしている間にも、アシェル達は天幕の下へと辿り着き、すでに魔法式の解析に取り掛かっていた。

 ダリルが真剣な表情で古語を解読し、アシェルが魔法式を書き写しながら質問をする。

 二人の集中力は極めて高く、仮に今ここで影達の隠匿や遮音が解かれたとしても気付く事は無いだろう。

 

「……なぁK。あんな熱心に二人で魔法式の勉強に励んでんのってさ、正直『片想い中のヤツとその想い人』とかじゃなくて『優秀な教師と愛弟子』にしか見えなくねぇか?」

 

 Jは、ため息交じりにKに問いかける。

 

「否定は、出来ない…………だが、興味のある事を分かち合ったり、共に何かを成し遂げる事は、信頼や絆をより強固にするのに役立つはずだ。と、聞いたことがある」

 

「そんなもんかね?」

 

 会話を続けながらも、二人の目線の先は少年とその想い人に固定されていた。

 

 

 彼等はいつの間にか古代魔法式の解析をやめ、新たに別の魔法書を開き、『希少属性の魔法理論』について語り合っていた。

 アシェルがやや興奮気味に、空間魔法の仮説について力説し、ダリルは時折り意見を交えつつ優しく相槌を打っていた。

 

 話に熱が入ったアシェルが無意識に身を乗り出させ、二人は顔を寄せ合うように一冊の本を覗き込む。

 日頃のアシェルからは考えられない『無意識ゆえの距離感』に、Jは愉快そうに口笛を鳴らし、KはそんなJの膝下に肘鉄砲を食らわせた。

 

「ここの記述の……」

 

 本に添えられていたダリルの手と、ページを指し示そうと伸ばしたアシェルの手が、触れ合いそうなほどに近付く。

 並んだ袖口を彩る、お互いの色をしたカフスの存在に気付いたアシェルは、不自然に言葉を途切れさせて硬直した。

 

「アシェルくん……?どうしたの…………って!顔が真っ赤だよ!?大丈夫?えっと、どうしよう……そうだ、お水、お水飲んで!…………熱中症じゃないといいんだけど……」

 

 振り返ったダリルは、顔を真っ赤にしたアシェルに気付くと、かつて無いほどに取り乱した。

 矢継ぎ早に声を掛けては額に触って熱を測り、空のカップに魔法で飲み水を生成し、狼狽えながらも甲斐甲斐しく世話を焼く。

 

「だ、大丈夫ですっ。ちょっとボーッとしちゃっただけで、元気だからっ……!で、でも、折角なのでお水はいただきますね……!」

 

 正気を取り戻したアシェルは、頭を冷やす為にカップの水を一気に呷った。

 

 

「おいおいおい!途中までイイ感じだったじゃんよ?…………はぁ……マジで前途多難だな、あれは」

 

「…………言うな」

 

 一部始終を眺めていた影二人は、結局いつも通りの展開になった事に、憐れみと呆れが入り混じった溜め息を吐いた。

 

(まあでも、女神さんのあの心配ぶりは、完全に脈が無い訳でも無いのかもな。…………っつーか『ねっちゅうしょう』?って何なんだ?)

 

 アシェルの意識には残らなかった、ダリルの口から漏れた小さな呟き。

 

 この世界で聞いた事がないその単語に引っ掛かりを覚えたのは、Jだけだった。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(伏線ばら撒き注意報が出てますね……)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!


☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。

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