十四話◆僕が思うより
いろいろ衝撃なんだけど……
なかなか覚悟が決まらずに、何度目かの深呼吸をしていた時だった。
アリシアが指先でコツン……と机を鳴らした。
「…………それで?貴方、いつまでこのわたくしを待たせるおつもりなの?」
「ちょっ……」
待て待て、どうしちゃったのアリシアさん。
いつまでも黙ったままの僕に痺れを切らしたのは分かるけど、だからってなんでそんな。
「それともその口は飾りなのかしら?」
「分かったから唐突な悪女ごっこはやめて……!」
わざとらしく瞳を眇めてつんと顎を逸らしてみせるアリシアに、さっきまでの緊張が緩んで笑ってしまう。
「だって、アシュってば勿体振りすぎなんだもの」
「ごめんって!……あの、さ………………出来れば引いたり笑ったり、しないで欲しいんだけど」
ようやく切り出した僕をじっと見つめるアリシアは、黙って次の言葉を待っていてくれた。
「す、きなひとにっ…………ダリルさん、に……釣り合う自分になりたくて……」
いざ口に出すと、不安や恥ずかしさや後悔が一気に押し寄せてきて。
顔を覆ってしまいたいような、いっそ逃げ出したいような気持ちに負けそうになってきた時、アリシアが小さくため息をこぼした。
「アシュ…………逆に、その話をどうやって笑えばいいのか分からないわ」
「…………う、ん……」
想定外のリアクションに戸惑いながらも、なんとか声を絞り出す。
「あなたのフローレス様への想いって、憧れなんだと思ってたけど、違ったのね」
「………………うん」
やっぱり気持ち悪いって思ったりするのかな……。
この世界でのマイノリティに対する認識がどうなのか分からないけど…………もし僕が逆の立場だったとしても、きっと驚いて、なんて言ったらいいのか分からなくなると思う。
「ふぅん。確かにそれを知った後だとアシュの行動の意味がだいたい分かってくるわね。…………ところで、どうしてそんなに苦しそうな顔してるの?」
思い悩んでいた僕に返ってきたのは、やけに淡々とした言葉だった。
なんかさっきから全くもって想定外の反応しかされてないんだけど。
え、実はここってセクシュアリティに寛容な世界だったりする?
「いや、さすがに引いたかなって……」
「ねぇ。さっきは聞ける雰囲気じゃなかったけれど、そのひくってどういう意味なの?」
ええ!?そこから?
「気持ち悪いとか、そういうの……ないの?…………同性が好きだなんて聞いて」
「なによそれ……思わないわよ!人と違うところがあっても、アシュはアシュじゃない。それに、現王弟のラティモア公爵様もパートナーは男の人だって…………え?割と有名な話みたいだけど、聞いたことないの?」
「ない、ね……」
マジで寛容な世界だったよ!
なんなの……今まで同性だってことに悩んでた時間は無駄だったってこと?
ありがたいけど!思いっ切り肩透かしを食らった気分でズッコケそうになってしまう。
「あなたもう少し魔法関係以外のことにも興味持ちなさいよ…………」
「ははは……」
ごもっとも過ぎる意見をありがとう。
「それにしても、近頃のアシュがやけに急いで成長しようとしてるように見えたのは……演習でのお兄様とフローレス様を見て妬いちゃったからなのね」
「えっ妬いた……!?」
「あら、違った?特にそうじゃないわたしでも妬けちゃうくらい……お二人のペアは、あらゆる面で完成されていて素晴らしかったわ……。フローレス様に想いを寄せているアシュには、わたしよりもずっと衝撃的だったんじゃない?」
そう、かも……。
感動もしたけど、それよりもっと、焦げ付くような感情の方が大きかったんだ。
あの時感じた『兄様のようにあの人の隣に並び立ちたい』というのは、『ダリルさんの隣は誰にも譲りたくない』ってことだったみたい……。
「違……わない、ね。うん。そうだった」
「嫉妬なんて、相手に迷惑さえかけなければ持っていたっていいのよ。わたしだって、フェリクス様を王族の方以外でただ一人呼び捨てにしているあなたに、たまにメラっと来るもの」
「…………うそ、初耳なんだけど……」
「別に気にしなくて良いわよ、これはわたしの問題だから。でもそうね。アシュもお兄様とフローレス様にもっとヤキモキすればいいわ」
「それはさすがにひどくない?」
「ふふっ、冗談よ!」
アリシアはそう言って笑ったけど、その眼は『半分は本気だけど?』と告げているようだった。
……早急に話題を変えてしまおう。
せっかくなので、ちょっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「アリシアはさ、ブルクハルト嬢のことってどれくらい知ってる?」
「なに、急に……?まぁいいわ。オリアナ・ブルクハルト公爵令嬢についてよね」
そういってアリシアは、まるで原稿でもあるかのように澱みなく語り始める。
ウィキならぬリシュペディアの情報力はすごかった。
いわく。
オリアナ嬢は三大公爵家(三公)の内の一つであるブルクハルト公爵家の令嬢で、兄弟姉妹は嫡男である兄が一人だけ。
父である公爵は一人娘を溺愛していて、そのせいなのか兄とは少し折り合いが悪いらしい。
幼少期にはフレディ第一王子殿下の婚約者候補の一人だったけど、のちに正式な婚約者として選ばれたのは、同じ三公であるフィオレンサ・アイゼンハワー公爵令嬢だった。
候補から外れたことに酷く落ち込み、一年近くものあいだ人が変わったかのように塞ぎ込んでいたけれど、ある日を境にもとの明朗で高慢な(それ言っちゃう?)彼女らしさを取り戻したのだという。
どうやらその『立ち直ったきっかけ』にカーティス兄様が関係しており、その時から現在まで、なんと六年ほどに渡って密かに兄様を恋慕っているらしい……。
兄様はオリアナ嬢の気持ちを知っているのかいないのか、彼女から日常的に絡まれているけどのらりくらりと躱しているんだとか。
…………なんか、あのとき見てしまったツンデレ空回りっぷりを思い出して、オリアナ嬢が不憫に思えてきた。
「わたしが知る限りでは、こんなところね」
「ありがとう……………………っていうか、やけに詳しいよね……」
どう考えても、普通じゃ知り得ない情報が混ざってる気がしてならない。
それとも王子妃候補ともなれば、これくらい知っておかないといけないとか?
こわすぎるんだけど……。
「あの方、お兄様の周りをいつもちょろちょろしていて不快だったのよね。だからちょっと、詳しく調べてもらったの」
「予想以上に怖い返答だったね!?」
「何が怖いのよ。もしもフローレス様に相応しくないような人がずっと纏わりついていたとしたら、排除しなきゃってあなたも思うでしょう?」
…………確かに。
立場を置き換えてみたら……そうなるかも。
「……それで納得しちゃう自分がイヤだなあ…………」
「それに、調査したからこそ『オリアナ嬢はお兄様には相応しくない』という考えも少し改めたわ。これほど一途に想い続けている点は評価できるって。家の力を利用して婚約を強要しないところも好感が持てるわね」
「…………そうなんだ」
言われてみれば、相手が三公ともなれば、無理矢理にでも婚約者に……というのもあり得なくもないのか。
「あとはそうね……。彼女の刺繍って、とっても素晴らしいの。お兄様も褒めていらしたわ」
「刺繍?兄様がハンカチでも貰ったの?」
「いいえ、たぶんとっくにお返ししてるはずよ。詳しくは知らないけど、オリアナ嬢を庇ってかすり傷を負った時に借りたものだったらしいわ」
そんな事があったなんて聞いた事がないなぁ。
どうしてアリシアだけ知ってるんだろう?
疑問が顔に出ていたのか、アリシアが話を続ける。
「女の子から借りたものを返すとき、そのまま返すのも味気ないけど、変に誤解もされたくなくて…………レディの知恵を貸してくれないかな」
「……ん?」
今のはもしかして兄様のモノマネだったのかな。
ちょっとだけ似てるような……いや、似てないな。
「お兄様に言われた言葉よ。それである程度の事情を聞いて、その時にハンカチも見せてもらったの」
「なるほど……。だからアリシアだけ知ってたんだね」
「あの方の印象だと、いかにも大胆で華美な刺繍なんだろうと思うじゃない?でも、違ったのよ。淡いピンクのバラがモチーフだったんだけど、とっても繊細で優しくて…………とにかく素敵だった。お兄様も『刺繍って、こんなに美しいものだったなんて知らなかった』って言っていたの」
うん。パッと見の印象だと、薔薇は薔薇でも真っ赤な薔薇が似合いそうだし、好きそう。
「兄様がそこまで言うほどの刺繍かぁ…………僕もちょっと見てみたいかも。ていうかリシュ、今はオリアナ嬢のこと結構認めてるんじゃないの?」
「………………知らないわ。結局お兄様次第だもの」
そう言ってアリシアはそっぽを向いた。
アリシアなら違う時はハッキリ否定しそうだし、やっぱりそうなんだろう。
素直じゃないなあと苦笑しつつ、僕はこれ以上オリアナ嬢について深掘りするのはやめておいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(なぜかキャラ画像のある王弟カップル……)
次回はまた【影の幕間】シリーズとなっており、裏側の謎も増えてきて楽しい頃合いです……。
番外は読まなくてもお話は繋がりますが、合わせてお楽しみいただけますと幸いです!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。
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【 SYSTEM MESSAGE 】
1. 学園の友人たち の 一部情報 unlock 完了。
2. 資料保管庫02 の 一部情報 unlock 完了。
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