十二話◆合同学習にて
見つめるだけなんて
男子会(?)から数日後、今日は初等部と中等部の合同学習の日だった。
合同学習というのは名ばかりで、実際には『中等部になったらこんな事も出来るようになるよー』というのを僕ら新一年生たちに見せて、学習意欲を高めようというのが目的の行事らしいけど。
そんなわけで僕らはいま、先輩たちの魔法の実技を見せてもらうために、中等部エリアの校庭で整列しながら待っていた。
まばらに集まってくる中等部の生徒たちの中、僕は遠くのほうに兄様とダリルさんの姿を見つける。
やっぱり二人ともすごく目立つなぁなんて思っていたけど、ふと、二人に並ぶようにして鮮やかなオレンジ色の髪をした美少女が隣を歩いていることに気付く。
「えっ………………だれ?」
いや、冷静に考えれば同じ中等部の生徒なんだろうけど、そうじゃなくて。
二人から仲が良い女生徒の存在なんて聞いたことがないけど、もしかしてあの人はまさか二人のうちどちらかの、なんか特別だったりそういう感じの……?
僕は気が気じゃなくて、いけないとは思いつつも、つい魔法を発動してしまった。
(……《風響》)
独学で本から学んだ風属性の収音魔法で、離れた三人の会話を拾う。
◇ ◇ ◇
「ですからっ……再三申しております通り、ガルブレイス様とフローレス様は、普段から学園内の風紀を乱している自覚をお持ちになって下さいませ……!」
んん?なんか思ってたのと違うような……。
風紀を乱すって、一体なんの話をしてるんだ?
「そう言われましても……お言葉ですがブルクハルト嬢。僕達は至って真面目に学園生活を送っているだけで、規律や校則を破るような行いをした事はありませんよ?」
「問題点はそこではありませんの!……本日は、いとけない子息子女のためにも、くれぐれも目立つ行動はお控えになって下さいませ……!」
「はあ……」
ぷんすこ怒る令嬢に気のない返事を返す兄様。
ダリルさんは口を挟む事なく、ただただ困ったように苦笑いをしている。
「よろしいですか?……特にガルブレイス様っ、今日は無闇に微笑んではいけませんわよ!」
言うだけ言うと、令嬢はぷいっと顔を背けて二人から離れていった。
「…………どうして微笑むだけで信奉者を増やしてしまう御自身の魅力をきちんと自覚して下さらないのかしら……」
小さく呟いた彼女の本音は、《風響》を使ってしまった僕以外には誰にも聞かれることはなかっただろう。
これってつまり。
兄様たちは周りの人を次から次へと魅了してしまう天然タラシで、それが彼女の言う『学園の風紀を乱している』ということで。
そしてあのご令嬢は、どうやら兄様に淡い想いを寄せているからこそ、これ以上兄様に懸想する人を増やしたくない、と……。
………………これ、絶対だめなやつだ。
たすけてジーザス!どうか許して下さい……!
まさか僕の思い込みのせいで一人の女性の秘めた想いを暴いてしまうなんて。
こんな事になるとは思ってなくて、勝手に盗み聞いてごめんなさい、本当に許されない暴挙を働いてしまい申し訳ありません……と、心の中でひたすら懺悔する。
◇ ◇ ◇
「アシェルさま?なんだか難しい顔してますけど、大丈夫ですか……?」
ハッとして声の方に振り向くと、心配そうなニールくんの瞳とかち合った。
「ごめん、ちょっと考え事してただけだよ」
そう言ってその場を取り繕う。
意図せず乙女の心の内を暴いちゃうし友達には心配かけちゃうし……ほんと、衝動的に魔法なんか使っちゃダメだよ。
今後はそんな事がないように、反省します……。
そんなふうに僕が落ち込んでいる間にも、中等部の実技演習は粛々と進んでいた。
校庭の中央に設置されたデモンストレーションエリアでは、上級生たちが二人一組になり、それぞれに個性的な魔法を披露していく。
やがて、アナウンスされた名前に、僕の鼓動が跳ねた。
「続いてカーティス・ガルブレイス、ダリル・フローレスはエリア内へ!二人は高位魔法の複合デモンストレーションを行う予定です」
兄様とダリルさんがエリアの中央へと進み出る。
兄様はいつもの上品な笑顔で、ダリルさんはまさに女神の微笑み……。
だけど二人の間に流れる空気はどこまでも真剣で。
初等部の僕たちから見ると、すでに圧倒的なまでの信頼感と熟練を感じさせるものだった。
二人のデモの目的は、防御魔法と攻撃魔法を同時に行使することのようで。
まず兄様が、ごく短い詠唱で周囲に強固な風属性の防御壁を展開する。
その間にダリルさんが、炎と水、二つの属性を練り合わせた複雑な魔法を組み立てていく。
(なにそれ!かっこいい……!)
ダリルさんの蜂蜜色の瞳が、魔力を凝縮する炎と水の輝きを反射して、まるで二つの宝石を宿しているように見えた。
その姿の美しさに、僕は呼吸の仕方すら忘れるほどに魅入られていた。
「……カーティスの防御なら、これくらいどうってことないよね?」
ダリルさんが、僕に向けたものと同じ……あるいはそれ以上の親愛と信頼を込めた穏やかな声で兄様に告げる。
対して兄様は、どこか挑発的な笑みを返し、自身の防御魔法をさらに高めていく。
本来の見せ場はまだなのに、今日一番の黄色い歓声が空気を震わせた。
完成したダリルさんの複合魔法が、兄様の防御壁に直撃し、爆発を起こす。
障壁はびくともしていなかった。
エリアに張られた結界の中、弾けたダリルさんの魔法の残滓がキラキラと降り注いで。
まるで光を散りばめたスノードームのような……そんな美しい光景の中、デモンストレーションは大成功に終わった。
夢を見ているような、現実味の無い浮遊感と。
騒がしいはずのまわりの音が、意識の外で鳴っているかのような錯覚がする。
時折り下りるまぶたの感覚だけが、ここが現実なんだと告げていた。
惜しみない拍手が降り注ぐ中、二人は肩を組み合って笑顔でエリアを後にする。
そんな光景を液晶越しに眺めているような疎外感と焦燥。
だけどそれだけでもなくて。
僕は、二人の完璧なコンビネーションに圧倒されながらも、胸の奥に芽生えた感情の熱さに身震いする。
(すごい……。僕も早く中等部に上がって、二人みたいな魔法を使えるようになりたい!それに…………ダリルさんとあんな風に並び立ちたい……!)
今の僕では、兄様に代わってダリルさんの隣に立つことなんて、到底できるはずもないけれど。
僕もいつか兄様のように、ダリルさんと信頼し合える関係になりたい。
僕が求めるのは、きっと友人としての絆だけじゃない。
ましてやずっと弟扱いのままでなんて居たくない。
その類をみない美貌すら上回る心の美しさと、誰に対しても分け隔てのない優しさで、僕の命を救ってくれた愛しい人。
――いつか必ず、僕も魔法であなたの隣に立ってみせるから。
もしもこの先、あなたの深い蜂蜜色の瞳が熱を孕む時が来るとしたら……そこに映るのは僕でありたい。
そんな決意を胸に、僕の初等部での初めての夏が始まろうとしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(ようやく火がつきましたね……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




