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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第二章◆進行中】  作者: かみながあき
第二章◆初等部編

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【幕間】影のお仕事(業務外)

――影らしさ、とは

 

 誰にも姿を認識されないまま、男は容易く貴族学園の敷地内に侵入していた。

 昼休み時の学園は、教室に限らず至る所に生徒の姿があり、穏やかでありながらもそこかしこが賑わいであふれている。

 

 そんな喧騒から離れた裏庭の一角。

 男の視線の先には、ひと組の男女……というにはまだ幼い少年と少女がいた。

 クロード・オルドリッジ侯爵令息と、その婚約者であるシャロン・コールマン伯爵令嬢である。

 

 二人は睦まじそうにベンチに隣り合って座り、今はちょうど少女が小振りな紙の袋を少年に手渡そうとしているところだった。

 

 男がしゃがみ込んでいるのは二人からは離れた場所にある備品倉庫の屋根の上で、本来なら会話など聞こえようもない距離だったが、王家の影として様々な能力を持つJの耳にはささやかな話し声も鮮明に届いていた。


「クロード様、今日も受け取っていただけますか?」

 

「お前……また作ってきたのかよ。いや、嬉しいよ。嬉しいけどさ。あんま無理すんなよ?」

 

 口ではそんな風に言いながらも、手は大事な物のようにそっと袋を受け取る。

 

「無理だなんて……わたくしはまだ少しのお手伝いしかさせてもらえないままなんですの。…………早くわたくし一人でお菓子を作れるようになりたいですわ」

 

 目を伏せて気落ちした様子のシャロンに、クロードは少し困った様に眉尻を下げた。

 

「……そんなに好きなのか」

 

 ため息混じりに呟いたクロードの言葉に、シャロンは弾かれたように顔を上げて、その小さな両手を胸の前でキュッと握りしめた。

 

「もちろんですわ!わたくし、クロード様のことを、心からお慕いしておりますっ……」

「はあ!?バッ、バカ!……俺が言ったのはお菓子作りのことだよ!」

 

「え、そうでしたの?…………やだ……わたくしったら、はずかしい勘違いを……」

 

 互いに顔を赤く火照らせ、甘酸っぱくもどこか気不味い空気が流れる。

 そんな二人を、Jはあくびを噛み殺しながら観察していた。

 

「……ん、うまい」

 

 小さな袋からクッキーを一枚頬張り、少年が呟く。少女は瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。

 

 そこまで見届けたJは、音も無く立ち去る。

 

(今からあんな調子じゃ、後からヒロインちゃんが来たところで騎士道くん(クロード)小鳥ちゃん(シャロン)の間に割り込むなんて……まず無理だろうな)

 

 そんな事を思いながら、Jは次に目星を付けている観察場所へと向かった。

 

 

 ◇    ◇    ◇


 校舎の三階、一般生徒の立ち入りが禁じられているその区画には、生徒として入学した王族や公爵家の子息子女のための特別なサロンが設けられていた。

 

 Jは目的の部屋の上階にあるバルコニーの柵に何らかの器具を取り付ける。

 その後、器具と自身の身体とを固定する様に特殊なロープを結び付けた。

 それは、彼の友人の前世の言葉でいう、クライミングロープに近いものだった。

 そのまま器用にロープを操り、軽やかな動作で壁伝いに高度を下げていく。

 

 窓からそっと覗き込むと、予想外なことに、隠匿状態のJを視認できる人物と目が合った。

 同じく隠匿状態でアリシアの側に侍るKだった。

 

 Kはアリシアの日中の警護を担当しているものの、本来なら学園の内部ではそこまでの至近距離で見守る必要は無いはずだった。

 

(Kのヤツ、そんなにお嬢のそばから離れたくないのか…………まるで忠犬じゃん?)

 

 闖入者の正体がJだと判ると、Kは軽く睨みをきかせた後、すぐに興味をなくした様にアリシアへと視線を戻した。

 

 改めてJも室内の様子に意識を向ける。

 事前の情報通りに食後のティータイムを楽しんでいるのは、この国の第二王子とその婚約者の御令嬢。壁際には、給仕を担当しているのであろうクラシカルなメイド服の女性が静かに佇んでいた。

 

「それで、シモンズ卿に続いて今度はグラハム卿が声をかけてきたんだが…………やはり妙な感じでな」

 

「まあ。妙な感じというのはもしかして、また『フェリクス様の評判をしきりに褒め称えるだけ』の方でしたの?」

 

 聞こえてくるのはおよそ九歳には似つかわしくない大人びた会話だった。

 しかし普段から王侯貴族の規範たれと表情一つにさえも気を張っている彼等にしてみれば、これでも充分に砕けた態度であるといえるだろう。

 Jは二人の会話に注意深く耳を傾けた。

 

「うむ……。最近そういう者がやけに接触してくるのだが…………彼らは一体ぼくに何を求めているんだろうか。毎度同じような薄っぺらい褒め言葉を延々と聞かされて、正直うんざりだ」

 

「あら、フェリクス様を煩わせるなんていけない方たちですわね?でしたら、差し出がましいようですが……そんな方たちをさり気なく遠ざけてしまえる方法をお教えしましょうか?」

 

「……そんな方法があるのか?ぜひ教えてくれて」

 

 年相応の少年のように瞳を瞬かせた王子に、令嬢は愛おしげに破顔して、密やかに告げた。

 

「ふふっ。フェリクス様が称えられるたびに、フェリクス様ご自身はフレディ第一王子殿下をお慕いし、とても尊敬なさっているという本音を、その都度教えて差し上げればよろしいのですわ」

 

「…………うん?たかがそんなことで、ああいった手合いが大人しくなるのか?」

 

「ええ、そのはずですわ。おそらくその方たちは『フェリクス様を次代の王に』と望んでいるようですもの」

 

「なっ……!?」

 

 唐突に明かされた真意に、絶句する王子。

 ややあって、神妙な面持ちで口を開いた。

 

「そういう、事だったのか……。そうだな。今後はアリシア嬢の助言通りにすることにしよう……」

 

 そう言いながら片手で額を押さえて溜息を吐くフェリクス王子。

 そこには疲労の色が滲んでいた。

 

 アリシアは、フェリクスの空いた方の手を取ると、励ますように両手で優しく包み込んだ。


「フェリクス様が決して王位を望んでいらっしゃらないことも、お兄様であるフレディ殿下を深く慕っていらっしゃることも、わたくしは分かっておりますわ」

 

「アリシア嬢…………ありがとう」

 

「わたくしも及ばずながら……いつかの未来にはフェリクス様のお隣で、フレディ殿下のご治世をお支えしたいと。そう思っておりますの」

 

 単に第一王子の王位継承を望んでいるだけのようにも、あるいはまるで熱烈な愛の告白(プロポーズ)のようにも聞こえるアリシアの言葉に、フェリクスは耳まで赤く染めながらも冷静を装って応えた。

 

「……っ…………そう、だな。兄上の御代では共にそばで支えてくれ」

 

「ふふ、しかと承りましたわ」

 

 楽しげに微笑むアリシアの傍らで。

 終始にわたり感じ入るように見つめていたKが、突如としてその場にくずおれた。

 隠匿の魔法がなければ大事なお嬢様に無様を晒していたであろうが、幸いにしてその異様な光景はJにしか露見しなかった。

 

 いきなり目の前で相方が倒れた事に、流石に少しばかり焦ったJだったが。

 跪いたままこちらに顔を向けたKが、ほとんど息だけの囁きで『お嬢様が今日も本当にお嬢様で尊いが過ぎる』と伝えてきた事で、その感情は一気に呆れへと変わった。

 

(アイツってあんなにアホだったか…………?)

 

 白けた目で相方にひと言『よかったな』と告げると、Jは瞬時に上階のバルコニーに降り立ち、痕跡を残さず立ち去った。

 

 

(それにしても、お嬢ってば鮮烈だったなー。そこいらの男よりよっぽど男前なんじゃねえの?なんにしても王子サマとお嬢も付け入る隙なんか無さそうだし、こっちも安泰かな)

 

 メインの活動場所である邸宅に戻る道すがら、Jは歳の離れた友人――アシェルへの土産話をどう切り出すかを思案しながら、風に紛れるように駆けていった。

 

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

(業務逸脱な影ちゃんズ……)

よければまたアシェルに会いに来てくださいね!


☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。

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