九話◆溺れそうなほどの ★
花の精とかなのかもしれない……
「アシェルくん…………治った、って……」
不安と期待の入り混じった瞳を揺らしながら、ダリルさんもそっと膝をついて僕と目線を合わせるように覗き込んでくる。
兄様は僕の肩から手を離すと、さっきまでダリルさんが座っていた椅子に腰掛けた。
どうやら今は静観することに決めたらしい。
「はい。多分これ、もう完治って言っても良いんじゃないかなって……」
言葉の先を待つように黙ったままの二人に詳細を伝えるために、僕は再び口を開いた。
「クリスタ嬢のお守りの石……だと長いので仮に『聖魔石』って呼びますね。まずこの聖魔石の色なんですけど、治癒が発動して魔力を消費するたびに少しずつ色が薄くなっていったんです。でも最近はずっとここから色が変わらない……つまり、持っていても治癒が発動しなくなったんです」
そう言いながら、ポケットから取り出した聖魔石を二人に見せる。
初めの頃はダリルさんの瞳と同じ『濃い蜂蜜色』をしていた魔石は、今では透明度の高い黄色っぽい水晶みたいになっていた。
「…………それだけで完治、というには……根拠が薄いと思うんだけど」
脳内で情報を整理し終えたらしいカーティス兄様が、小さく呟いた。
それはあまりにもごもっともな疑問で、ダリルさんも同じ意見であると告げるように、こくこくと首を頷かせている。
「えっと。実は…………出来ればあまり詳しく話したくはないんですけど、ある実験をしました……」
「実験?」
訝しげに眉をひそめる兄様は、きっと下手な誤魔化しなんかじゃ騙されてはくれないだろう。
僕は、一度深く息を吸い込み、明かしたくなかった事実を告げる覚悟を決めた。
「…………わざと聖魔石を持たない状態で、体内魔力の循環と魔法の行使を試みました。でも」
「なんだって!?」
「嘘でしょ!?どうしてそんな危険なことを……!」
僕の言葉は、二人分の叫び声に遮られてしまった。
うぅ…………こうなるって分かってたから、言いたくなかったんだよぉ……。
「あの、ふたりとも……まずは最後まで聞いてください…………《淡光》」
このままじゃ埒があかないので、覚えたばかりの魔法を見せてみる。
魔法授業で習ったこの《淡光》は、指先にろうそく程度の小さな光を灯すだけの初歩中の初歩な魔法なんだけど。
「……アシェル?それは…………」
「…………いま、魔法、使って……?じゃあほんとにっ!ほんとに治ったんだね!アシェルくんっ……」
呆けたように口を半開きにして固まった兄様の超絶レアな顔は、ほんのわずかしか見ることが出来なかった。
気が付けば僕は、感極まって泣き出す寸前のダリルさんに抱きしめられていたから。
「わひゃ!?」
思わず漏れ出た変な叫び声と同時に、指先に灯った小さな光は一瞬にして何倍にも膨れ上がり、そのまま音もなく弾けた。
周囲に淡い光のカケラが舞い散って、それは蛍の群生のようにも見えた。
「ダリル!離れて!」
「わ!」
慌てて駆け寄り僕からダリルさんを引き剥がす兄様。
もう発作は起きないけど、バクバクと荒ぶる心臓が持ちそうにないから助かった……。
「アシェル、大丈夫?身体に異変は………………ないみたいだね」
兄様は僕の体調に変化がなさそうなのを確認して、ほっと息を吐いた。
「ごっ、ご覧のとおり、魔力が乱れても腕輪を必要としなくなりましたっ!今は《淡光》への過剰な魔力供給っていう形になっちゃいましたけど……もう体内で魔力が滞って発熱したりはしないんです……!」
改めて、腕輪の魔石にも変化がないことを二人にも確認してもらう。
「アシェル…………本当に良かった。危険な実験についてはちょっと許容しかねるけど、また後でね?今は純粋に、君の病の完治を喜びたい……」
そう言って、優しく頭を撫でてくれる兄様。
微笑んだ拍子に、溜まっていた涙が溢れたけど。兄様は気にもとめず頬を濡らしていた。
「ダリルにもきちんとお礼をしないといけないね…………って…………全く君って人は……」
兄様の言葉につられて僕もダリルさんに振り返ると。
そこには止めどなく溢れる涙を顎先から滴らせながら、しゃくり上げる声を抑えるように袖口を圧し当てているダリルさんの姿があった。
「よかっ、よかったねえ、アシェルくんっ……」
泣くほど喜んでくれてるのはめちゃくちゃ嬉しいけど、お願いだからそんなに泣かないで……!
そう思う気持ちにはいったんフタをして、何よりも先に今は感謝を伝えたかった。
「ダリルさん……ありがとうございます。本当に、いろいろ。心配してくれて、救ってくれて、泣いてくれて……ありがとう」
「どうして君が一番泣いてるんだ。お陰で僕はちょっと冷静になってきたよ…………」
呆れたように呟く兄様に、ダリルさんは泣き顔のままへにゃりと笑った。
「えへへ…………ごめ、ごめんね……涙、止まんなくて」
少しずつ消えていく淡光のカケラの中で泣き笑いを浮かべるダリルさんの姿は、この世で一番うつくしいものに見えた。
「血縁を差し置いて……とは思わなくもないけれど、まぁいいさ。君には本当に感謝しているよ。弟に救いを与えてくれたこと、心の底から礼を言わせてくれ。ありがとう、ダリル」
「ふふっ、どういたしまして?……なのかな。正直わたし、お守りを渡したこと以外に何も出来てないんだけど……」
お守りだってクリスタの力だし……と、ようやく泣き止んでくれたダリルさんは照れくさそうに頬を掻いた。
「誰がなんと言おうと僕にとってはダリルさんのおかげなんです!クリスタ嬢にもいつかお礼を言いたいけど、回路奇形についてだってダリルさんが居なかったら分からないままだったんですよ?」
「そうだね。詳しい事情は分からないけど、きっとダリルには感謝をそのまま受けとる権利がある。それと、さっきはアシェルの身体が心配でとめたけど……もうとめないから存分に喜びを表現してくれて構わないよ」
「えっ、いいの?」
「兄様!?」
カーティス兄様のその言葉に、たちまちパッと表情を輝かせるダリルさん。
僕本人じゃなくて兄様が許可を出すの?なんで?
と思いつつも、僕がダリルさんを拒絶するなんてありえないし出来そうにもないから、されるがままに抱擁を受け入れた。
ふわりと腕の中に包み込まれ、(あっこれ無理だ、やっぱりダリルさん好きすぎる……っていうかなんかいい匂いするんですけどどうすれば…………!?)と、ぐちゃぐちゃな思考と急上昇した心拍数に耐えるのが精一杯だった。
「それにしても、さっきは君の涙でアシェルが溺れてしまうんじゃないかと心配になってしまったよ」
「ふふっ、そんなに泣いてないって言いたいけど、確かにちょっと泣きすぎちゃったかもね」
兄様の軽口に笑うダリルさんの声が、あまりにも近くで響いて。
ぶわりと顔に集まる熱を隠すように、僕は自分から彼の胸に顔をうずめた。
僕のために泣いてくれるダリルさんの涙に溺れるなんて、それはとても幸せなことのように思えてしまった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
(ダリルさんすぐ泣かせちゃうなぁ……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。
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*お知らせ*
活動報告でもお知らせしていますが、
本話より【挿絵のある回】には【タイトルの末尾に★マーク】を付けております。
それにともなって、過去の挿絵回である
・お嬢様と忍べない影
・気安い関係
・見知らぬあなたへ
この三話にも、タイトルのみ変更を加えています。
編集履歴が付きましたが、中身の変更はありませんのでご留意ください。
(ついでに、本日の活動報告にはキャラのミニトークもあります♪)




