七話◆寮の部屋におじゃまします
寮章……僕もほしい……
貴族学園の寮とはいえ、魔法のある世界の寮なので。
ちょっとだけ、動く階段とか喋る絵画とかを期待してしまった僕だけど。
初等部の男子学生寮は、外観だけはあの映画で見た物に似ていたけれど、中は至って普通の小綺麗な建物だった。
女子寮も近くに建っていて、内装とかは分からないけど、外からだとほとんど変わらなそうに見える。
普通と言っても、高位貴族の屋敷にも導入されている"外気温の影響を受けない魔道具"が設置されているらしいから、建物の中ならわりと適温に保たれているあたりは、ちゃんと魔法の世界してるって感じだなぁ。
「あ、これ見えるとこに付けといて下さいッス」
中へ入る直前、ブレインくんから何かを手渡される。
見てみるとそれは寮生達が胸元や袖口に付けている寮章と呼ばれるピンバッジと色違いの物だった。
「ありがとう。色違いなんて初めて見たよ」
言いながら胸元に早速付けてみる。
おお……間近で見てみると、思ったよりもかっこいいな、これ。
「友達が遊びに来るって話したら書類書かされて、それ渡したら寮長がくれたんスよ。オレらも初めて見たッス」
「アシェルが帰り次第返却するものだから貰ったわけじゃないだろう」
「細かいことは良いじゃないスかぁ」
ブレインくんの発言に訂正を入れるヒューゴ。
へぇ。この色違いのバッジは寮に訪問する友人用の一時的な許可証って感じなんだな。
ニールくんの部屋は、建物に入ってすぐの共有スペースを抜けてから中頃の場所にあったので、彼とはそこで別れた。
そのまま僕達三人は、突き当たりの角部屋の前まで歩いた。
「角部屋なんだね」
「ああ。それなりに家格が考慮されているらしい」
「オレはヒューゴのオマケって感じッスね。レストレンジってあまりにも他家との交流しないから、傍系のオレが相部屋って決まってたみたいなんで」
なんとも言えない情報をあっけらかんと話すブレインくんを、ヒューゴは慣れた様子でスルーしていた。
「おじゃましまーす」
「悪いがまず着替えたい。書斎机の椅子かローチェストか、好きな方に座っててくれ」
部屋に入るなり小さめのワードローブに向かい、きちんと制服のジャケットを掛け始めるヒューゴ。
対してブレインくんは。
ヒューゴが指し示したのとは違う椅子の背に無造作にジャケットを掛け、そのままベッドへ腰掛けていた。
「オレのベッドなら制服のまま座ってもらっても構わないッスよー?」
ちょっとだけブレインくんの提案に揺らいだものの。
さすがに人様の寝床に屋外授業でも着ていた制服のまま座るのは気が引けて、僕は大人しくヒューゴの椅子を借りることにした。
「アシェル様もケッペキなんスか?」
「潔癖ってわけじゃないけど、さすがにベッドは気にしない?」
「えー。砂埃くらいならあとで風魔法で窓からまとめて捨てちゃえば良くないスか?」
なるほど。最近までまともに魔法を使えなかったから、そういった発想は無かったな。
(生活魔法って、使えればほんと便利。……まあ、そもそもこの世界では"魔法が使えない"ことの方がおかしいんだけど……)
そんなやりとりをしている間に着替えを終えたヒューゴは、ラフな部屋着姿になって自身のベッドの端に座っていた。
「それで?実際に中を見てみて寮への憧れとやらは落ち着いたか?」
「うーん。建物自体は割と普通だなぁとは思ったけど、やっぱり寮生活って楽しそうだよー」
「確かに俺は、兄達がやたらと干渉してくる邸宅よりここの方が落ち着くが。お前の所はそうでも無いんだろ?」
そういえばヒューゴの家はかなり歳上のお兄さんが二人いるんだって言ってたっけ。
ヒューゴ自身は構われすぎて鬱陶しがってるみたいだけど、お兄さん達からすれば歳の離れた弟が可愛いんだろうなぁ……。
「たしかに仲は良いけど、別に過干渉でもないし、わざわざ離れたい訳じゃないんだよなぁ……」
「最初はなんか楽しいかもって思ったけど、慣れるとやっぱ家のが快適だなーって感じッスよ?」
「そっかぁ」
やっぱり邸宅から通えるのにわざわざ寮に入るのもおかしいのかな。
少し考え込んでいると、ベッドに座っていたブレインくんがジャケットをかけたままの椅子を寄せて僕の近くへ移動してきた。
またがる様に反対向きに座ると、椅子の背もたれにあごを乗せてこちらを覗き込む。
「アシェル様の最近の悩み事って、寮のことなんスか?オレの勘だと恋バナなんじゃないかと思ってるんスけど」
「わっつ!?」
どストレートなブレインくんの言葉に驚いた僕は、椅子ごと盛大に仰け反ってしまった。
倒れこそしなかったものの、大きく傾いた椅子の浮き上がった二本の脚は、「ガタン!」という大きな音とともに再び床へと接地した。
「なん、なんで……」
「そこまで反応するってことは、やっぱ図星ッスか?」
「コイバナ?というのは分からんが、お前はアシェルの悩みがなんなのか察しが付いてるのか」
興味の対象はブレインくんのようだけど、ヒューゴまでこの話題に食いついてしまった……。
「なんか、心ここに在らずでため息ばっかついてるアシェル様の雰囲気が、婚約者に会う前の姉ちゃんに似てるんスよねー?」
さらりと告げられた言葉に、そういえばブレインくんにはお姉さんがいるって聞いたことあったなぁと思い出す。
「……アシェルとクレア嬢は似ていないだろう?」
どうやらブレインくんのお姉さんの名前はクレアさんというらしい。
会う機会があるかは分からないけど。
「ふ、ん、い、き、が!って言ってるでしょ?もぉ。話が進まなくなるからヒューゴはちょっと黙ってて欲しいっス」
「む……すまない」
どうして嗜められたのかはいまいち分かってなさそうだったけど。
あっさりと謝罪を口にしたヒューゴは、それ以降は傍観者に徹していた。
◇ ◇ ◇
ブレインくん曰く。
七歳上のお姉さんであるクレアさん(十五歳)とその婚約者である伯爵令息(十八歳)は、家門の結びつきを強めるための政略婚の予定で。
家同士の交流はそれなりに長く、もともと二人は幼馴染みか従兄妹のように過ごしていたけれど、共同で新事業の計画を立て始めたことにより二年前に二人の婚約が結ばれたという。
婚約前には、たびたび口喧嘩をしたり軽口を叩き合っているお姉さんたちの姿を見ていたブレインくんは。
確かに仲は良いけれど、夫婦というより悪友や兄妹に近い二人が本当に結婚なんて出来るのか?と思っていたらしい。
それ以降は、月に二回の決まった周期で『婚約者同士の交流』の予定が組まれているとのこで。
その約束の日の数日前から、クレアさんはため息ばかりつくようになった、と。
「最初はオレも、あーやっぱり姉ちゃんもこの婚約に不満なんだなーなんて思ってたんスよ。でもそのまま聞いてみたら『アンタには関係ないでしょ!』ってすごい勢いで怒鳴られちゃって……」
「そうなんだ……」
確かに、同性だったならいざ知らず。
ある程度の年頃になると、異性の兄弟に恋愛関係の悩みを打ち明けるのには抵抗があるかもしれない。
「でも……改めて姉ちゃん見てると、別に不満があるって感じでもなかったんスよね。だって、『交流』が終わった後の姉ちゃんてばめっちゃ嬉しそうで。あんま見たことないようなふにゃっふにゃした顔で、思い出し笑いとかしてるんスよ?」
そこでブレインくんは「もしかして姉ちゃんってば実は兄ちゃん(クレアさんの婚約者さん)のこと好きなのでは?」と思うようになったという。
姉の心境を探るべく、改めてため息の理由を心配だからと聞いててみたところ、やっと真相を語ってくれたらしい。
「婚約してから兄ちゃんのことを意識し始めたら、あっという間に好きになっちゃってた、って。でも子供の頃から悪友みたいな付き合いだったから、今更自分を『女性』としてなんて見てくれないんじゃないかって、不安になってたらしいんスよ」
「へぇ……」
僕にも思い当たる節がある気がして。
相槌というよりも、ただ頼りない声が漏れていた。
「"会いたいけど、どう接していいのか分からない"とか」
「う」
「"今からでもちゃんと意識してほしいけど、あからさまに態度を変えるのも恥ずかしい"……なぁんて」
「ぐ……」
「まあそんな感じで、ひたすら考え込んでたらしいっス。その結果が、あの『ため息の無限ループ』だったってわけっスね!」
「……なるほど」
ブレインくんは椅子から身を乗り出して、どこか得意げに話を続けた。
「そんで。アシェル様も気になる人がいて、その人とどう接していいか分かんなくて悩んでるんじゃないかな?って思ったんスよ。どっスか?オレ、正解でしょ!?」
「……いや、だからってさぁ…………ため息だけでそこまで分かるものかな……!?」
あまりにも的を射たブレインくんの指摘に、僕は思わず言い返してしまった。
急に名探偵にならないで欲しいんだけど……!
「あ、その反応、やっぱ図星ッスか?へへっ、ばっちり勘が当たったっス!」
ブレインくんはにっこりと、彼のトレードマークである快活な笑顔を見せた。
確かに僕とクレアさんの抱えている恋の悩みは似ているのかもしれない。
少なくとも、『好きな人とどう接していいのか分からない』という部分においては、完全に一致している。
それに、『自分が恋愛対象として見られることはないんじゃないか』という苦しみも……。
「そこまで核心をつかれたら、誤魔化そうとしても無駄っぽいよね…………はぁ。いっそアドバイスでももらおうかな……」
「オレでお役に立てるかは微妙っスけど、一人で悩んでるより吐き出してほしいっス!」
苦笑いしか出来ない僕を元気付けるかのように、ブレインくんは明るく笑う。
想い人の性別や夢の件など、話せないことは結構あるけど……。
過度なスキンシップに翻弄されている状況や、おそらく弟のようにしか見られていないだろう関係性なんかを説明すると。
ブレインくんからは「その女神様に意識してもらえるようになるには、もっと積極的に……大胆にアピールしていくしかないかもっスねぇ……」というアドバイスが返ってきた。
ヒューゴは未だに事の顛末を理解しきれていないようで、ベッドの端で腕組みをしたまま静かに僕たちを見つめていた。
彼は「コイバナ」というものがなんなのか、いまだに掴みかねているようだった。
(大胆にアピール、ね……。そんなことしても、ダリルさんはきっと優しく微笑んで『アシェルくんは本当に面白いね』って言って。いつもみたいに撫でられて…………何も気付かないんだろうなぁ……)
それでも。
ブレインくんの明るい笑顔に、心にのしかかっていた重いものが少しだけ軽くなったような気がした。
「ありがとう、ブレインくん。今日は話を聞いてくれて助かったよ」
「えへへ、どういたしましてっス!」
僕が笑顔で礼を言うと、ブレインくんはさらに満面の笑みを返してくれた。
その表情はまるで太陽みたいに眩しくて、彼の人柄をそのまま表しているかのようだった。
(糸目?って言うんだっけ……。ブレインくんが"開眼"するところなんて、想像もつかないけど……)
「……ブレイン」
と、そこでようやくヒューゴが口を開いた。
「クレア嬢やアシェルの悩みがコイバナ……というものだとすると、それはつまり恋愛とやらで悩むことをコイバナと呼ぶのか?……恋や愛というのはそんなに悩むことの多い大変なものなんだな……」
「んー。悩みだけじゃなくて嬉しいこともたくさんあるけど、大変といえば大変なものッスねー!……まぁ、ヒューゴは分かんなくていいんじゃないスか?」
明るく答えるブレインくんと、首を傾げるヒューゴ。
それはまるで、ブレインくん自身も恋を知っているかのような言葉で。
僕はそこに少しの引っ掛かりを覚えたけど。
その小さな違和感よりも、数日後に対面するダリルさんのことで思考が埋まっていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(次回からは『名探偵ブレイン』が始、まりません……!)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




