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乙女ゲームで存在しない悪役令嬢の双子の兄に転生してしまった【第二章◆進行中】  作者: かみながあき
第二章◆初等部編

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【2026/02/14 番外if】チョコなんてなかった (※長編)

※このおはなしは、

 本編外であったかもしれないし無かったかもしれない……

 そんな【もしもの世界(if)】として気楽にお楽しみください。

 バレンタインなので、なにか特別なエピソードを書きたくなりました。

※長くなり過ぎたのでお時間のある時にどうぞ(⌒-⌒; )

 

 

  

「もうすぐバレンタインだ……!」

 

 カーティス兄様の誕生日をお祝いして、数日経ったある日。

 僕はふと、前世の一大リアルイベントを思い出して、声を上げていた。

 

「唐突ね……。バレンタインって、お菓子を贈り合うイベントよね?ふふっ。アシュってば、そんなに楽しみなの?」

 

「あっ、ここではそういう認識なんだ?」

 

 なぜか自分の部屋じゃなく僕の部屋で本を読んでいたアリシアが笑い、僕はちょっとした疑問を返す。

 乙女ゲームの世界かもしれないだけあって、やっぱり『バレンタイン』っていう概念は存在してるんだなぁ。


「アシュの前世っていうところでは違ったの?正直わたしは、そんなにたくさんお菓子をもらっても困ってしまうから、違うほうがいいわ」

 

「うーん。残念だけど、そんなに変わらない、かなぁ?広く"お菓子"っていうよりは、"チョコレート"限定で、しかも『好きな人に渡す』っていう……なんて言うのかな?機会に乗じて思い人に愛の告白をするチャンス?みたいなイベントだったから……」

 

「まあ…………。非現実的だけど、情熱的ね……?」

 

 ざっくり説明をすると、アリシアは目を見開いて驚いているようだった。

 確かに、幼い頃から婚約者が決まっていることの多いこの貴族社会では。

 愛の告白だなんて言葉は、市井か舞台の話くらいでしか聞かないか。

 

「ねぇ。その"ちょこれーと"っていうのは、なんなの?文脈的にはお菓子……なのよね?」


「えっ……!!チョコ、ないの!?」

 

「だから、その"ちょこ"が何なのか、わたしが聞いてるんでしょ!」


 まさか、バレンタインの概念は(ちょっと違ってるけど)あるのに、チョコレートが存在しないなんて……。

 

 学園の冬季休暇に入り、日がな読書をしたり筋トレに勤しんだり、時にはだらだら過ごしたりしながら日々を過ごしていたけど。


(これは…………カカオを探して、チョコレートでチートするしかないのでは……?)

 

 といっても、カカオニブやらカカオマス、ココアバターみたいな単語の、大まかな概要と作業工程しか知らないんだけど……。

 カカオ豆さえ見つかれば、ひたすら焙煎したり擦り潰したりしてれば、いつかはチョコが出来るのかなぁ。


「ちょっとアシュ!すぐに意識をどこかへやるの、やめなさいよね……!」


「あ。ごめん、リシュ……。ちょっとカカオのこと考えてた」

 

 素直に伝えると、アリシアは眉根を寄せて訝しそうな顔で首を傾げた。


「カカオ……?どうして急に魔法薬学みたいな名前が出てくるのよ……」

 

「えっ!カカオはあるの……!?」

 

「さっきからなんなのよあなたは……。はぁ。もういいわ、付き合いきれない。今日は部屋に戻るわ」

 

「待ってよ、リシュ!カカオは『薬学』のカテゴリに載ってるの……!?」

 

「……そうよ。もうっ、図書室で調べてみなさいよ。今のアシュってば面倒くさい感じだから、落ち着くまで部屋には来ないわ」

 

「う……ごめん」

 

 振り返らずに手のひらだけで答えたアリシアは、そのまま部屋を出て行った。

 図書室の魔法薬学の棚は、最近はあんまり覗いていなかったなぁ。


 アリシアの後を追うように部屋を抜け出した僕は、そのまま目当ての場所へと直行した。

 


 ◇    ◇    ◇

 

「…………カカオって、希少なんだぁ……」

 

(他国から極僅かに輸入される、高価な生薬……かぁ……)

 

 書架の前で立ち読みをしながら、指先でかなしい現実を記す文字列を撫でる。

 成功するかもわからないチョコレート作りのために、高価で希少なカカオを買い占めるわけにもいかないよね。

 そもそもすぐに買えるのどうかも怪しいけど。

 

「日もないし、今年はチョコは諦めて、別のものにした方が現実的だな…………え……?」


 不意に口をついて出た言葉に、自分で驚いてしまう。

 

 あれ?僕って『チョコをあげる』ことが目的なんだったっけ?

 ただ、思い出したからチョコレートを作ってみようとしただけじゃなくて……?


(そっか……。僕、ダリルさんにバレンタインの贈り物がしたかったのか……)

 

 自覚した途端にみるみる頬が熱を帯びていく。

 たまらず僕は、慌てて本を棚に戻して、両手で顔を覆って叫んだ。

 

「わーっ顔が熱い!恥ずかしい!でも何かしたいっ……!」

 

 夜も更けてきた頃、ましてや図書室で大声を出すなんて、常識はずれもいいとこだけど。

 ここは誰に気兼ねすることのない我が家なので、大した問題じゃないのだ。

 

(何だったら僕にも作れるだろう……。バレンタイン……チョコ以外で、なにか……)


 ダリルさんの顔を思い浮かべて、思案に耽る。

 蜂蜜色の柔らかな眼差しを思い出すと、ふとあるアイデアが浮かんだ。

 

「蜂蜜の、キャンディ……?」


 安易な思い付きだけど、実際のところ、かなりいいかもしれない。

 おそらくは、お菓子の中では材料も比較的手に入りやすいものばかりだと思うし。

 なにより僕が、ダリルさんの蜂蜜色と同じ色のキャンディを作ってみたくなってしまった。


「うんっ。そうと決まれば、明日から準備だ!」

 

 そうして僕は、材料の調達から始まり、冬季休暇が明けてからも数日間に渡って試行錯誤を繰り返すこととなった。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 興味本位のアリシアや、人がいない頃合いを見計らってはからかい半分に訪れるJ。

 あとは純粋に心配して、僕が占拠しているお菓子作り用(ペイストリー)キッチンまで様子を見に来る使用人たち。

 最終的には期間限定の「師匠」まで出来てしまい、賑やかな日々を過ごすことになった。

 

(最後の方なんか、めちゃくちゃ指導に熱が入ってて……完全に敬語も忘れてたな、先生……)

 

 お菓子作りの先生こと、お抱えシェフの一人であるエスティーさんの叱咤を思い出して苦笑する。

 

 でも、おかげさまで。

 完成したキャンディは、まるで宝石飴と呼びたくなるほどの輝きと艶を放っていた。


「かんぺきだぁ……」

 

 甘い蜂蜜色を見ていると、口に含んだわけでもないのに、とろけた気分になってしまいそうで。

 同じ色の瞳がどんなふうに細められるのかを想像して、僕はうっとりとしたまま、丁寧に心を込めてキャンディをガラスの小瓶に詰めていった。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 数日後。

 放課後になって、僕はカフェテリアの初等部と中等部の境目あたりでダリルさんを待っていた。

 事前に兄様に頼んで、"今日の放課後にここで待っている"と伝えてもらっているから。


(……緊張する!…………どうしよう、やっぱりこんなの変だったかなぁ……)

 

 きれいな紙に包んだ小瓶を後ろ手に抱えて俯いたまま。

 さっきから、落ち着きなく頭がフラフラと揺れてしまっているのが分かる。

 

(だっ、大丈夫だよ……バレンタインはお菓子を送り合う日なんだから!だから……僕がダリルさんに贈り物をしたって、おかしくなんか、ない……)

 

 アリシアだって言っていた。

 ここと前世では、バレンタインの意味合いが微妙に違っている。

 

 

「…………あれ。じゃあ、僕の気持ちは……」

 

「アシェルくん……?うつむいちゃって、どうしたの?」

 

「はびゃあああっ!?」

 

 ぽつりと呟いた瞬間に声をかけられて、心臓が「ばっくん!」と飛び出しそうに跳ねる。

 咄嗟に顔を上げると、よく分からない叫びを上げる僕を見て、ダリルさんがきょとんとしたあと笑った。

 

「ふ……ふふふっ……アシェルくん、大丈夫?もしかして体調が悪いのかと思ったけど……元気そうだね?」

 

「は、はいっ!元気、です……」

 

 眩しすぎる笑顔を至近距離から直視してしまい、思わず見惚れていると。

 ふわりと優しく髪を撫で梳かれた。

 

「アシェルくんが、元気そうでよかったよ。それで、今日はどうしたの?学園で待ち合わせだなんて、初めてじゃないかな?」

 

「えと、それは、ですね……」

 

 緩やかな動きで首を傾げたダリルさんは、視線を泳がせる僕を不思議そうに見つめている。


(…………ええーい!もう、当たって砕けろだ……!)


 うそ。

 本当は砕けたくなんてないけど、僕はずっと後ろ手に隠していたプレゼントを、彼の前に差し出した。


「これ……あのっ、ダリルさんに、バレンタインの贈り物です!」

 

 やりました。

 もう後には引けない。

 

「わたしに?アシェルくんから……?」


「はい!」

 

「ふふっ、うれしいなぁ。ありがとう、アシェルくん!」

 

「ぼ、僕の方こそありがとうございますっ!」

 

 音量調節がバグを起こしている僕の返事にも、ダリルさんは嫌な顔ひとつせずに包みを受け取ってくれる。

 指先が触れた瞬間に、また強く胸が鳴った。


「ねぇ、いま開けてもいいの?」

 

「もちろんですっ……食べてるところまで、見たいくらいで…………って!なに言ってるんだ僕は!?」

 

(いやいやいやテンパり過ぎにも程があるでしょ!なんなの「食べてるところが見たい」って……引くわ……流石のダリルさんでもこれは引いたわ…………)

 

「わあ…………きれい……!」

 

 ……でも。

 なにか作ったら、それを食べてもらってリアクションが欲しくなるのも……普通のことでは?

 

 もうダメだ、気持ちが強すぎて、まともな判断が分からない。

 しばらく喋るべきじゃないかもしれない。


「ねぇアシェルくん。すっごく素敵な贈り物、ありがとうね。こんなに綺麗なキャンディ、見たことないよ……!」


「そ……そう言っていただけて光栄です。ダリルさんの瞳の色に似せたくて、頑張って作った甲斐がありました……!」

 

 ほんのり頬を染めてきらきらした表情で「素敵」だなんて言われた僕は、またしても余計なことを口走っていた事実に気が付かなかった。


「え……わた、わたしの色?それに、作ったって…………うそ。この宝石みたいなキャンディが、手作り……?」


 小さな声でつぶやき、なにか困惑しているようなダリルさん。

 だけど僕は、ぶわりと色を濃くしたまるで桃みたいなほっぺに釘付けで、思考のリソースが極端に下がっていた。


「出来上がったときは、我ながら完璧だなって思ったんですけど、やっぱり本物にはちっとも敵いませんね……」

 

「そ…………そう……」

 

 見惚れる僕と、なぜか固まるダリルさん。

 少しの沈黙のあと、再起動したダリルさんが小瓶のフタをあけて蜂蜜色をひとつ摘まみとった。

 

「じゃあ、いただきます……かな?」

 

 はにかんだような顔で囁くと、そのままキャンディを口に含む。

 小さく膨らんだ片頬の中で、僕の自信作が味わわれている……!

 

(先生の指導のおかげで、最高のものが出来たじゃないか!だいじょうぶ……ちゃんと美味しかったもん……)

 

 数瞬があまりにも長く感じるなか見守っていると、ダリルさんが相好を崩して吐息のような声を漏らした。

 

「んっ…………おいし……」

 

 なんとなく、色気の暴力のようだった気もするけど、今の僕にとってはそれよりも安心感の方がまさっていた。


「ほんとですか!?よかったぁぁ……」

 

「うんっ、本当にすっごく美味しいよ!なくなっちゃうのが勿体無いくらいにキレイだし……少しずつ、大切に食べるね」


「えへへ……そんなに喜んでもらえてうれしいです……」


 想像していたよりもずっと幸せそうな顔をしてくれて、胸のあたりがポカポカとしたぬくもりで満たされていく。

 納得できるまで、何度だって諦めずに頑張ってよかった。


(アリシアには呆れられて、Jには散々からかわれたけど……ダリルさんの嬉しそうな顔が見られたんだから、そんなのもうどうだっていいもんね!)

 

 ふふんと内心で鼻を鳴らしていると、ダリルさんが何かを思い出したように口を開く。

 まだ口内に残っていたらしい飴玉が、「カラ……」と小さな音を立てた。

 

 ◇    ◇    ◇

 

「ねぇアシェルくん、ちょっとこっちに来てくれる?」

 

 そんなダリルさんの言葉に、どうしたんだろうと思いながら着いて行くと。

 そこはすぐ目の前のカフェテリアの座席だった。

 

「あのね。実はわたしも、アシェルくんにプレゼントがあるんだ」


「えっ!ほんとですかっ!?」

 

 思わず立ち上がりかけて、椅子とテーブルがガタンと揺れる。

 必死過ぎたのが恥ずかしくなって、浮かせた腰をそろりと座面へと戻した。

 

「えっとね。ショコラトルっていう、飲み物……?なんだけど、滋養強壮にいいんだって」

 

「ショコラトル……?」

 

 聞いた感じだと、もしかしてチョコレートドリンク的なやつなんじゃないだろうか。


(ココアっぽいの、とか?……えっ、実質チョコじゃん……!?バレンタインにチョコ…………これって、偶然なのかな……)

 

 カカオあるんじゃんとかそんなツッコミも忘れて、僕はドキドキと高鳴る鼓動に手を当てて、じっと言葉の続きを待った。

 ダリルさんは徐ろにいくつかのボトルをテーブルに並べると、その中から数種類を選んで、借りてきた空のグラスふたつそれぞれに同じように中身を混ぜ合わせていった。

 

「あとは水を注いで混ぜるだけ……。ふふっ、実はわたしもまだ飲んだことなくて。どんな感じなのか気になるし、一緒に飲んでみない?」

 

「っ、はい!僕も楽しみですっ」


 ダリルさんからのプレゼント。

 それも、バレンタインの日に「ショコラトル」。

 完全に勝利の気配しかしなくて、僕は浮かれながら、言われるがままにグラスの中身をかき混ぜていた。

 

 

「……これは…………」

 

 ごくりと唾を飲み込む音は、果たしてどちらから漏れたものなのか。

 目の前で異彩と異臭を放つ泥のような液体は、僕の想像していた「ショコラトル」という響きのドリンクとはまるで違うモノのように思えた。

 

「あ……アシェルくん。やっぱり、これは無かったことにしようか……?」

 

 完成形を初めて目にしたらしいダリルさんが、怖気付いたように呟く。

 でも、僕は……。


「いえ……。せっかくダリルさんが僕のために用意してくれたものなのに、無かったことになんて出来ません……!」

 

 微妙に声が震えてしまっていたけど、気が付かないフリをする。

 わずかでも退いてしまえば、手を伸ばす勇気が削がれてしまいそうだった。


「む、無理しないで。まさかこんなものが出来上がるなんて、わたしも思ってなかったから……」

 

 そっと袖を引いて止めようとするダリルさんに、無理やりにでも口角を上げて微笑みかける。

 そうだ、これは「愛の試練」だ。

 

(ダリルさんからの好意…………見た目がちょっとグロテスクだからって、こんなところで引いてたまるか!)

 

「大丈夫です!いた……いただきますっ」


「あっアシェルくん……!」

 

 意を決して一口飲み込んだ瞬間――


「ゲホッ」

 

「わっ!?」

 

 ゴホゴホと咳き込みながら、じわりと涙が滲む。


(なんだコレ!?なんだコレなんだコレ!?)


 今まで感じたことのないような強烈な苦味と、鼻に抜けるような辛さと絶妙なスパイシーさ……。

 複雑な地獄が、粘度の高いどろりとした喉越しとともにいつまでも張り付いているような感覚。

 

 涙目でむせる僕の背を撫でながら、ダリルさんも半泣きで慌てている。

 ダメだ、そんな顔をさせたいわけじゃない、のに。


「大、丈夫ですっ…………ちょっと、むせただけですから」

 

「え、でも…………」

 

 本当に大丈夫だよ、ダリルさん。

 こんなの、黒焦げになって石みたいな硬さのハンバーグもどきを完食した僕にとっては、多少の無茶でしかないはず。

 イーブルの×××やパイロベアの××なんかが混ざった秘薬とかいうのも相当だったし。

 

(…………あれ……それっていつのことなんだっけ……?)

 

 あまりの衝撃に、今世と前世の記憶がごちゃ混ぜになりかけながら。

 だからこそひとつ気付いたことがある。

 

「ねえダリルさん。ありがとう」

 

「へ……?なに、が?」


「僕の身体のこと、ずっと心配してくれてたんですよね?だから滋養にいいっていうショコラトルを準備してくれた」

 

「それは確かにそうだけど……。こんなのだなんて、思ってなくて。ごめんね……」

 

「ううん。気持ちがうれしいです。それに、確かに美味しくはないかもしれないけど、薬だって思って飲めば……意外と飲めちゃうかもしれません」

 

 良薬口に苦しって言うし。

 なんだったら、本当に口に入れていいのか分からないものも「体質改善になるかも」だなんて、薬として飲まされたことあるし……。

 

「そう、かなぁ…………。うーん。じゃあ、一緒にお薬として飲んじゃおうか?」


「えっダリルさんも飲むの……!?」

 

(僕だけが飲む前提で『いける』なんて言ったけど、それなら話が違くない!?ダメでしょこれは……!)

 

 焦る僕を見ても、ダリルさんの意思は変わらず……。

 苦笑いを浮かべながらあらためてグラスを持ち上げた。

 

「元はと言えば、わたしのせいだし……アシェルくんにだけ無理させたくないよ……」

 

「じゃ……じゃあ、せーので行きますか……?」

 

「うん、そうしよう。それじゃあいくよ……」

 

 僕たちは声を揃えて「せーの!」と気合を入れた後、せめてもの抵抗に鼻を摘んで、希少で薬効の高い地獄のヘドロを一気に煽ったのだった。

 

 

 ◇    ◇    ◇

 

 

「うう……まだ舌がびりびりする…………。アシェルくん、だいじょうぶ……?」

 

「ひゃい……らいりょ、だいっだいじょうぶです……!だりるさんもだいじょうぶですか?」


「うん……なんとか」

 

 呂律がうまく回らないまま話しかけ、気合いでなんとか言い直す。

 お互い涙目で、放心状態みたいな顔を見合わせて、無事を確認し合う。

 

 強大な敵と戦って死線を潜り抜けたかのような雰囲気に、僕らはどちらからともなく笑った。

 

 しばらくそうして笑っていたけど、ふとダリルさんが思いついたように「そうだ!」と言って、人差し指を立てた。

 

「アシェルくんのキャンディも、一緒に食べよう?ふふっ、もっと早く思いつけばよかった……」

 

 そう言いながらひとつぶ取り出して。

 そのまま僕の口元へとキャンディを近づけてくる。


「はいっ。もともとアシェルくんがくれたものだけど……どうぞ?」

 

「え、あ……」

 

 戸惑いから開いた口に、コロンと、微妙に四角い飴玉が入ってくる。

 ふわりと鼻に抜ける蜂蜜の香りが、あっという間にショコラトルの後遺症を和らげていった。


「んん〜!やっぱりすごく美味しい!もう舌も痛くないし、最初から、飲んですぐに舐めればよかったね?」

 

「そ…………そうですね」

 

 そんな返事をしながら。


 僕は、味見をした時よりもずっと甘く感じるそれが、完全になくなってしまうまで。

 舌の上にひろがる幸せのフレーバーを、長く長く味わっていた。

 

 

 

バレンタイン特別編、お楽しみいただけましたでしょうか?

またしても本編の2倍ほどの長さになってしまい、すみません(おそらくまたやります。汗)


ちなみに「ショコラトル」は、カカオ豆をすりつぶして唐辛子などのスパイスを入れた、古代アステカの飲み物がモデルです。

(本来は薬として飲まれていたとか……)


これでアシェルくんとダリルさんももっと健康になるかもしれませんね!


*本日も20時の定期更新はちゃんとありますので、ご安心くださいませ♪*

__

*追伸

現在本編ストックは ep.110 あたりまで書き進めておりますので、

無いとは思うのですが、もしも先の展開の何かが滲み出ていたら申し訳ありません。


*追伸その2

先日、新作の短編

【頭空っぽ婚約破棄コメディ】を投稿しました!

お嬢様の放つ毒舌正論サブマシンガンでも笑っていただけるとうれしいです。

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