六話◆ため息の訳は
はぁ……。
(合わせる顔がないよ……)
数日前に……。いかがわしい夢を見てしまったことで、ダリルさんへの恋心を自覚した僕は。
本日何度目になるか分からないため息が漏れていくのを感じた。
「アシェルさま……大丈夫ですか?最近ずっとため息ばかりつかれてますね……」
隣の席から声をかけられ、沈んでいきそうだった意識が呼び戻される。
始業式から三ヶ月も過ぎた今では、ニールくんもだいぶ普通に話しかけてくれるようになっていた。
「……ニールくん。ごめんね、心配かけちゃったかな。別に悩み事ってわけでもないから、大丈夫だよ」
うそ。
僕にとってはめちゃくちゃ深刻な悩みだ。
だけどまだ人に話す気にはなれなくて、どうにか取り繕って笑みを返す。
「それならいいんですが……何かお力になれる事があったら、話してくださいね?ボクなんかじゃ頼りないかもしれないけど……」
「そんなことないよ!ありがとう。今はまだ話せそうにないけど、たぶんそのうち相談に乗ってもらうことになると思う……」
「やっぱり悩み事なんじゃないですかぁ……」
ぷくっと頬を膨らませるニールくんには悪いけど、普段から小動物じみている彼がそれをすると、まるでハムスターみたいでめちゃくちゃ可愛い。
無意識に手が伸びて、ブロンドベージュの柔らかい髪をわしゃわしゃと撫でてしまった。
「わ、またですか?もうっ……なんでこのタイミングで撫でるんですかぁ……!」
「いや、なんか、手が勝手に?」
自分でもびっくりするんだけど、可愛いなあと和んでいるだけのつもりが、気が付いたら事あるごとにニールくんの頭を撫でてしまってるんだよね……。
もしかして、頻繁に僕の頬を撫でてくるダリルさんもこんな感じなんだろうか?
(僕も、ダリルさんに小動物扱いされてる……?)
すっかりこんな遣り取りにも慣れてしまったらしいニールくんは。
考え込みながらも撫でるのを止めない僕に対して、ジト目を向けてくるまでに進化していた。
「アシェルさま……そろそろ手を」
「アシェル、ニールが困ってる」
抗議の言葉を口にしかけたニールくんと、痛くはない程度の力で僕の腕を掴んだヒューゴの声とが重なる。
「あ、ヒューゴ。おはよう。ブレインくんもおはよう」
「ああ。おはよう」
「アシェル様おはよーございマッス!ニール君もはよっス!」
「お、おはようございます、ブレインさま……」
真顔のまま淡々と返すヒューゴと、ニカッと音がしそうな程の笑顔で明るい挨拶をするブレインくん。
毎日連れ立って来るくらいだしかなり仲が良いみたいだけど、本当に正反対と言って良いレベルだなぁ。
(むしろ、正反対だからこそ仲良くなれる……ってのもあるのかな?)
二人が教室に来たって事は、そろそろ朝の会が始まる時間だろう。
そんなことを考えているうちに、ヒューゴはニールくんの頭から僕の手をポイと退かしていた。
僕は、手櫛で髪を整えているニールくんに謝罪をしようと口を開いた。
「ごめんね、ニールくん……」
「………………いいです。もう慣れてきました」
「え。慣れちゃうほどやってるんだ、僕……ほんとごめん」
「なんで無自覚なんですか……」
またしてもぷくりと頬を膨らませるニールくん。
……今度お詫びに食堂でデザートでもご馳走しよう、そうしよう。
「助けは要らなかったか?」
「えっ、いや、あの……た、助かりました。ありがとうございます……!それと、おはようございます……ヒューゴ…………さま」
座席に着いたヒューゴから声をかけられたニールくんは慌てて後ろを振り返る。
顔を真っ赤にして、最後は消え入りそうな声でなんとか呟いていた。
「様は要らない。おはようニール」
「……うぅっ…………む、むりですよぉ……」
二人のこんなやり取りも、もう何度目だろうか。
ヒューゴは友人と認定した人物から敬称を付けられるのを嫌っているらしく、出会って一週間くらいの時に敬称を外して呼ぶようにと言われた。
今は彼自身も、僕らの事を(フェリクス以外は)呼び捨てで呼んでいる。
シャロン嬢とアリシア相手には家名呼びだし、さすがに二人には敬称を外すようには言わなかったから、男友達限定のこだわりかもしれないけど。
「だからぁ、無理強いしちゃダメだって言ってるじゃないスかヒューゴ。ニール君にはニール君のペースがあるんスよ?」
「ブレインさま……!あっ、あのっ。呼び捨てはしたことなくて……せめてヒューゴくん…………とかじゃ、ダメですか……?」
「ヒューゴくん…………」
ヒューゴはニールくんの言葉を反芻したあと、どうしてだか固まってしまった。
そのまま先生が来て、間もなくして朝の会が始まった。
挨拶の後、先生が簡単に今日の授業の流れについて説明している時。
「ニールからの君付けなら……悪くない、か?」
そんな呟きが左後ろから聞こえてきて。
僕は「今の今まで考えてたんかい!」というツッコミを、なんとか心の中だけで押し留めたのだった。
いざ授業が始まれば、前世とは違った知識や魔法について学ぶのは楽しくて、悩む暇もなくあっという間に時間は過ぎていった。
特に、ようやくまともに参加できるようになった魔法の実技では、クラスの誰よりも楽しんで授業を受けていたかもしれない。
クリスタ嬢の聖魔法が込められたお守りを持つようになってから、もう三ヶ月以上になるだろうか。
今では、魔力の循環に支障が出ることもすっかりなくなっていた。
ダリルさん曰く、僕が生まれつき抱えていた支障は『回路奇形』という難病だったらしい。
だけど、あらゆる書物を調べてみたけど、そんな病名はどこにも記されていなかった。
一体彼がどこでそんな知識を得たのか――という疑問は、色濃く残っているけど。
あの日、クリスタ嬢にも話せないと泣いていたほどの秘密を、問いただすつもりなんて毛頭ない。
そういえば。
回路奇形そのものが知られていないから、完治しているのかどうか調べる術も無いんだけど。
お守りを握っても何も感じなくなった事から、これはもう完治していると判断しても良いんじゃないかと思っている。
変わらず週一のペースで我が家に遊びに来ているダリルさんに、今週末にでも報告したい気持ちは山々なんだけど……。
あんな夢を見てしまって、まともに顔を合わせられる自信がなくて。
それで始業前はひたすらため息をついていた……という訳だ。
現金なもので、授業が終わった今では、また悩みの方へと意識が持って行かれてしまい。
帰りの会の時間は半分くらい上の空で過ごしていた。
程なく解散となり、席を立とうとしたところで後ろから声をかけられた。
「アシェル様。たしか今日、寮の部屋に遊びに来るって言ってたッスよね?」
「あっ………………うん!」
(そうだった!確か先週約束してた!)
「あれ?さては忘れてたッスね?」
「いやぁ〜……そんなこと………………ある。ごめん」
「もーっ、全然かまわないんでそんなすぐ謝んないで下さいよ!そっちのが困るッス」
困ると言いながらも、明るく笑い飛ばしてくれるブレインくん。
そんな彼の飾らない優しさに、救われた気持ちになる。
「あら、アシェルは約束があるのね?わたくしは今日もフェリクス様の馬車で王宮へ向かうから、お先に失礼するわね」
入学から一週間くらい経った頃から、アリシアは帰りに王宮に寄って王子妃教育を受けている。
そのため、予定が変わらない限りは、僕らは別々の馬車で帰るようになっていた。
初等部と中等部では終わりの時間に差があるため、兄様とも一緒に帰る事はなくて。
帰りの馬車の中では、わりと暇を持て余している僕なのだった。
「あんまり無理しないでね、アリシア。また家で。フェリクスもまた明日」
「ああ。またな」
アリシアとフェリクスに挨拶をして、流れでそのままクロードとシャロン嬢にも声をかける。
「クロードとシャロン嬢もまた明日ね」
「おー」
「アシェル公子様、ごきげんよう」
帰宅組と別れて、僕は寮生組に混じって歩き始める。
いつもと違う道ってだけで、変わり映えのしない学内の景色も、どことなく違った風景に見えていた。
「うー。なんか分かんないけど緊張してきた」
僕の呟きに、ブレインくんがプハッと噴き出して笑った。
「なんでッスか!ふっつーの質素な部屋ッスよ?」
「ブレインさまとヒューゴ、くん……の部屋も質素なんですか?どこも同じ造りなのかなぁ」
そういえば寮は大抵が二人部屋で、ブレインくんとヒューゴは相部屋なんだっけ。
ニールくんが意外そうに尋ねた。
「気になるなら次はニールも遊びに来れば良い」
「えっ…………あの、えと……じゃあ…………その時はお言葉に甘えて……」
ブレインくんに聞いたものかと思ったのに、なぜかヒューゴが答えて。
ニールくんはまた顔を赤くしてオロオロしていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(アシェルくんの幸せが逃げないようにフィルター付けときますね……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
☆乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。
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*追伸
本日の活動報告には「アシェル&ニール」ミニトーク(セリフのみ)を掲載しています♪




