五話◆罪悪感を僕にください
誰にだって
僕の頬に添えられたダリルさんの両手に、包み込むように自分の手を重ねる。
小さすぎる手でも冷たくなり始めた指先を温めることくらいは出来るはずだと。
「ダリルさん」
「…………うん?」
僕の呼びかけに少しだけ顔を上げたダリルさんの目を、じっと見つめて言葉を紡ぐ。
「ありがとう。僕のために、自分が辛くなってまで治癒の魔石を届けてくれて」
「………………うん……」
まるで小さな子供のような無垢で頼りない表情でこくりと頷くダリルさん。
「ダリルさんが贈ってくれたクリスタ嬢のお守りのおかげで、僕の身体は少しずつ良くなっています。ほら、見てください。魔道具の腕輪も魔石の色が薄いでしょう?お守りをもらってから、魔石の魔力も抜いてないんですよ?」
重ね合わせたままの手にほんの少しだけ力を込める。
腕輪を確認するためにようやく正面を向いてくれたダリルさんに微笑みかけると。
「……よか、良かったぁ…………ちゃんと、治ってきてるんだね……!」
ポロポロと、今度こそ本格的に泣き出してしまったダリルさん。
僕はどうしていいか分からずに焦りながらも、胸の奥がキュゥッとなって息が詰まってしまった。
「あしぇるくん……いきなり飛んできた訳わかんないお守りなのに、ちゃんと持っててくれて、ありがとうね……」
泣きながら笑うダリルさんに、なんだか僕までつられて鼻がツンとしてきてしまった。
なんで……どうして貴方がお礼を言うんだろう。
「何度お礼を言っても足りないのは僕の方でしょ?どうしてダリルさんが……」
「だって、アシェルくんに元気に生きていて欲しいから……だからありがとうで合ってるよ。ありがとうアシェルくん、だいすきだよ」
「ぴぎゃっ!」
(なん、な、なんでそんな……!いきなりだだだだだ、だいすき、だなんて)
突然の不意打ちにボフン!と脳が爆発した幻聴が聞こえるほどの衝撃を受ける。
「ぼっ僕も!ダリルさんのことが、だ、だ……大好きですっ!」
なんとかそれだけ叫ぶと、ダリルさんはようやく苦しさの抜けた顔で穏やかに笑った。
その顔を見た僕は、緊張や恥ずかしさも全部吹っ飛んで安堵の息を吐いた。
和らいだ空気の中で少しの間だけ心地の良い無言の時間を過ごしたけれど。
彼にちゃんと伝えておきたい事があった僕は、その沈黙を破った。
「…………ダリルさん」
「なぁに?アシェルくん」
「多分、というか絶対。クリスタ嬢は真実を知っても怒らないと思います」
「…………うん……そう、だね……」
話題を掘り返してしまった事で、またほんの少し表情が曇ってしまう。
うう……そんな顔をさせたい訳じゃないのに……。
「それに!もしも万が一……億が一かもしれないけどクリスタ嬢が怒ってしまったとしたら、僕のためにした事でダリルさんが怒られるのは嫌なのでその役目は僕が引き受けたいです」
「え?アシェルくん……?」
曇った顔では無くなったけど、ぽかんとしてしまったダリルさん。
え、ポカン顔すら素晴らしいとかなんなの。って今はそんな場合じゃないね?
「いつか僕が彼女に直接会うことがあったら、僕からちゃんとお話しします。もし怒られるんならその時はしっかり怒られますから」
「……ま、ちょっと待っ――」
「ダリルさんは何も悪くない。病気の僕を助けたかっただけだから、悪いのはダリルさんを心配させた僕だよ。だから罪悪感に苦しまないで。ダリルさんが苦しんでたら、元気にダリルさんと居られることがその苦しみの上に成り立ってるんだって僕まで悲しくなっちゃいます」
「そっ、そんなこと……!」
最後、少しズルい言い方をした事は自分でも分かってる。
でも、こうでも言わないと、きっと真面目で優しすぎるダリルさんはずっと引きずってしまうから。
「僕、ダリルさんとは嬉しい気持ちだけを抱えて会いたいです。……だからお願い。その罪悪感はいつか彼女に伝える日が来るまで僕に預けてくれませんか?」
まだ二人分の手が頬に添えられたまま、ダメ押しとばかりにこてりと首を傾げてみる。
まだ幼くてアリシアと顔の作りがほとんど変わらないままの僕は、自分で言うのもなんだけどかなり可愛いはずだから。
まったく子供らしくない言葉を吐きながら子供らしい仕草を武器にするなんて……。
と思わなくもないけど、なりふり構ってる場合じゃないから仕方ないよね?
「……っ…………わか、った。私もアシェルくんに悲しい気持ちになってほしくない、から。手紙の事は気にしないように頑張る……」
「わがまま言ってごめんなさい。でも、僕のために頑張って」
「うん…………って、ねぇ。アシェルくん、さっきからキャラ変わってない?」
言われてみるとそうかもしれない。
普段ならダリルさんが居るだけで女神圧に緊張してしまって、あまりまともに喋れていないから。
「そうかもですね……でも、どっちの僕も本物の僕だから。いつもの僕じゃないと……きらいになっちゃいますか……?」
いつものテンパりマックスな幼い言動しかできない僕を好いてくれているのなら、大人な部分に引っ張られ気味な"今の僕"を見て幻滅されてしまったかもしれない……。
不安はそのまま痛みとなって、僕の胸をじくりと突き刺した。
「そんな!……嫌いになんて、なるわけないよ。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
そう言って彼が笑ってくれただけで、不安から一転して温かい気持ちが胸を満たした。
僕って単純なんだな。でも、単純でよかったな。
「……ありがとうございます。ダリルさんに嫌われちゃったら、きっと僕立ち直れそうにないから……安心しました。僕も、どんなダリルさんだって、きっとずっと大好きです」
「ふふ。ありがとうね、アシェルくん」
「僕にも人には話せないような秘密があります。たぶんみんな一つくらいは秘密があるんじゃないかな?……でもそれを無理に暴かなくったって、大事な人は大事なままでいられます。ダリルさんに話せない事があっても、僕も、きっとクリスタ嬢だって、そんなの関係なくあなたを好きでいますよ」
僕の言葉に瞳を大きく見開いて、その後に何度か瞬きを繰り返すダリルさん。
意味合いを咀嚼し終えたのか、ほう……と息を吐いて穏やかな笑みを取り戻す。
「そう…………だね……。うん。私だってそう思う。大事な人の秘密を無理に暴きたくなんてない…………そっかぁ」
「重荷、軽くなりました?」
「うん。すっごく。ありがとうアシェルくん!…………でも、今日は何だかほんとに大人みたいなこと言うんだねぇ」
「あ、あはは……」
探るような感じではなくて本当にただの感想のように言われただけなのに、ちょっとドキッとしてしまった。
どう誤魔化そうかと考えあぐねていると、ガチャリと扉の開く音がした。
「あ、兄様……」
「カーティス」
同時に扉を見遣った僕とダリルさんの声が重なる。
そういえば二時間くらいしたら書庫に戻るって言ってたような。
(えっ!もう二時間も経ってたってこと!?)
「ダリル?」
コツコツと軽い靴音を響かせながらこちらへと近付いてくる兄様は、何故か威圧の笑みを浮かべていた。
なんで?なにか怒ってる?
「約束までしたのにその手はどういう…………って。なんだい?まさか君の方が泣いてるなんて…………予想外が過ぎて怒るに怒れないじゃないか……」
「ごっ……ごめん……」
ふうとため息をこぼし、威圧感を引っ込めた兄様は気遣わし気な表情でダリルさんを見つめる。
約束ってなんだろう。それにその手……?
(…………って、この手か……!)
意識してしまうと途端に熱を帯び始めた頬から、そっとダリルさんの手が離れていく。
解放されたばかりの頬を改めて自分の両手で押さえて、手のひらへと熱を逃そうと試みる。
頬に残る涙の跡と少し赤くなってしまった目元にそっとハンカチをあてがった兄様は、僕の方へ振り返ると、様子を窺うように見つめてきた。
「アシェルは…………まぁいつも通りだね」
アッハイ。いつも通り赤面しております。
「話は今度でいいから。今日は落ち着いたら馬車を呼ぶから、早めに帰ってゆっくり休むと良い」
「うん……ありがとう」
微妙な顔をしながらも優しく告げた兄様は、一番近くの書架から一冊の本を抜き取って。
僕の隣の席に腰掛けると、静かに読書を始めたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(種が芽吹いていく……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
⭐︎乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。
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※お知らせ※
次話には 一部 " R15 程度の性的描写 " が含まれております。
苦手な方はご注意ください。
また、該当箇所を読み飛ばしても、ストーリーが繋がるように構成しております。




