四話◆手紙の真実
だから、僕は……
馬車の中では、改めてお互いに入学や進学についてのお祝いの言葉を交わし合ったり……。
あとはクラスメイトのことや、中等部から始まるという選択授業についての話なんかをしながらのんびりとした雰囲気で過ごした。
僕にとっては至近距離にダリルさんがいるだけで緊張したりなんだかふわふわしたりで、わりと忙しない時間だったけれど。
ガルブレイスの屋敷に着いてからは、まずみんなで遅めの昼食を摂って。
その後はアリシアだけが部屋へと戻っていった。
僕とカーティス兄様とダリルさんの三人は、もはや恒例になっている書庫へと向かう事になったんだけど。
通い慣れた書庫までの道のりを歩きながら、僕はなんとか雑念を追い払おうと必死になっていた。
……というのも、さっきの食事中のダリルさんの姿が頭から離れなくて、なんだかモヤモヤしてしまっていたんだ。
なんなんだろう。今まで家族との食事や、クロードやフェリクスとのお茶の席ではこんな事を感じたことはないのに……。
ただ食べ物を口へ含むだけの動作や、少し長めの耳の横あたりの髪を掻き上げるようにする仕草、カトラリーを操る指先ですらなんだかドキドキしてしまうというか……。
まるで見てはいけないものを見ているような気分になってしまって、食事の味もまったく分からなかった。
学園ではいつも食堂であんな無防備な姿を不特定多数に晒してしまってるんですか、女神様!
なんて……そんなことばかり考えてしまって。
僕は何度目か分からないけどぶんぶんと頭を振って邪念を追い払おうと試みるのだった。
ようやく少し落ち着いてきた頃には書庫へと辿り着いていて、中に入るや否や振り返った兄様が意味深に咳払いをした。
「アシェル。今日はダリルが君に何か話したいことがあるらしいんだ。僕はしばらく席を外すけど、困ったことがあったら部屋にいるからね?」
「えっ……?」
寝耳に水な僕は、ろくな返事も出来ず瞬きながら二人の顔を交互に見ることしか出来なかった。
「カーティス、ありがとう」
どうやら二人の間ではもう決まっていたことらしくて、兄様にお礼を言うダリルさん。
二人だけで話なんて一体どんな話なんだろう……。
「いいよ。ただ、あまりアシェルに触らないこと。これだけ約束してくれ」
「ええ?なあにそれ……」
「分からなくても約束だけはしてね。もう手遅れかもしれないけど」
「う……うん?わかったよ」
「それじゃまたあとで。二時間くらい経ったらここに戻るから」
なんだか不思議なやりとりをして、兄様は書庫から出ていってしまった。
残された僕らはなんとなく顔を見合わせる。
「…………とりあえず、座りましょうか?」
「そうだね」
このままぼーっと立っていても仕方ないので、書庫にある簡易的な読書スペースへと移動する。
本棚が並べられた場所から少し離れた所にこの部屋唯一の窓があり、その窓際に小さめの机と椅子が何脚か置かれていた。
前世での一般的なダイニングテーブルのサイズくらいしかない机を挟んで向かい合って座った僕ら。
濃い蜂蜜色の瞳が正面から僕だけに向けられていて。
何か言いたげに開いては閉じてを繰り返す唇に、ダリルさんの葛藤が見て取れた。
「おはなし、言いにくいことなんですか……?」
「え…………いや、そんなに……かもしれない。けど、やっぱりちょっと、聞き辛い……かも」
聞き辛い?
話したい事と言うよりも、僕に何か聞きたい事があるんだろうか。
「えと。どんなことかは分からないけど……何でも聞いてくれて大丈夫、ですよ……?」
さすがに前世の話は出来ないけど、ダリルさんからそんな事を聞かれる可能性は極めて低い。
それ以外なら特に聞かれて困るような話はないはずだし。
「ありがとう。あの、さ。数日前、アシェルくんのところに手紙が届いたと思うんだ」
「て……がみ?って、まさか」
暫定ヒロインからのあの手紙のこと?やっぱりアレは偶然届いたものじゃないのか?
「うん……私の妹からの手紙。ちゃんとアシェルくんに届いたかな?」
「ちゃんと、って…………あれって知らない誰かに向けたような手紙だったんですけど……僕宛てだったの……?え、なんで……」
現状では僕とヒロインには直接的な接点は無い。
もしダリルさんを経由して話を聞いて興味を持ったのだとしたら、手紙にもそんな内容が書いてあるはずだし、そもそも配送手段がおかしいような……。
「クリスタ自身は、特定の誰かに宛てて書いたわけじゃないんだ。私が……あの子の純粋な気持ちを利用してしまっただけで……」
「利用……ですか?」
どこか苦し気に顔を歪めるダリルさん。
どうしてか分からないけど、ダリルさんは彼女の手紙を僕に届ける事を決めて。
それによって罪悪感に苛まれているようだった。
なぜ、どうして自分が苦しんでまで僕に手紙を届けたかったんだろう……。
辛そうなダリルさんを見ていると僕まで胸が痛くなってしまった。
「…………きみに……アシェルくんにお守りを持っていてほしくて」
「……え……」
「前に体質の話をしてくれたでしょ?アシェルくんのそれは、おそらく回路奇形っていう難病で………ええと。生まれつきの魔力回路の歪みや一部の欠損が原因で。今は命の危険まではないみたいだけど、いつ何が起こるか分からないし……」
回路奇形?
ただの体質だと思っていたけど、僕って難病だったの?
というか、どうしてダリルさんはこんなに詳しいんだろうか……。
今まで僕は回路の一部が詰まりやすいという認識しかなかったし、両親や治療を試みてくれた高位の神官達だってそう言っていた。まさか病名があるものだったなんて。
「生まれつきの、歪み……」
「回路が歪んでいたり欠損していると、血液のように流れるはずの魔力が詰まって上手く循環出来ないだけじゃなくて、酷い時は逆流を起こして生命活動にまで支障をきたしてしまう……。いま君が生きている事だって、きっと奇跡に近いことだと思うんだ。本当なら……産まれて間もない頃に…………」
綺麗な色の瞳を時折り揺らしながらも僕を真っ直ぐに見据えていたダリルさんだったけど、最後は言葉を途切れさせ顔を伏せてしまった。
「……そう……だったんだ」
だから物語の中にアシェルはいなかったんだ。双子として産まれたけれど、病気ですぐに死んでしまったから……。
ゲームの中に描写すらされないほどに呆気なく。
「せっかくこの世界で出会えたアシェルくんに、生きていてほしくて、わたし……」
「ダリルさん……?」
そろりと伸ばされたダリルさんの両手に、僕は抗う術も持たずにただされるがまま両側から頬を包まれる。
「クリ、スタの、聖魔法の治癒魔石ならっ、アシェルくんのこと、治せるって、わかってたから……」
「……うん」
ぽろり……と、美しい雫を頬に伝わせながら言葉を紡ぐダリルさんに、僕は相槌を返すことしか出来なかった。
「あの子が、どこか遠くの……知らない人に手紙を飛ばしたいって、聞いて。これだって、おもっ……ちゃって…………」
「……うん」
「なんで、そんなこと知ってるのって、聞かれたら……答えられないから、正直に話すことも出来なくて……お守りも入れてあげようって、わたしが風魔法で飛ばしてあげるからって、まるで騙すみたいに提案して」
「騙すだなんて……」
「ううん。騙したんだよ……私がお守りを届けたいからって、あの子を利用したんだ……」
涙で潤んだ瞳のまま無理に笑顔を作るダリルさん。
わざと自分で自分を苦しめるような言葉を選び、罰のように傷を作っているかのようで。
あまりにも痛々しい笑みは、それでもどうしようもなく美しかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(謎の多いダリルさんの真実は、三章以降で……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
⭐︎乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




