【幕間】お嬢様とよく笑う影【第一章◇完結】
【1/20追記】
後書きに、作中に登場した『うた』の歌詞全文ページへのリンクを追加しました。
(※本編のストーリーには変更はありません)
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――光は影を
「時間前なのに呼び出してごめんなさいね、J。昨日のアシェルについて聞きたくて」
昨夜Jが戻った時にはすでに眠っていた御令嬢が、影が接触した時だけ生じる遮音結界のかすかな揺らぎを肌で感じ取り、口を開いた。
定まっている交代時間には幾分早いがもう一人の影により笛で呼ばれたJは、幼い友人との談話を切り上げて本来の警護対象の元へと馳せ参じたのだった。
Jに任せず自ら結界を張ったKは、隠匿状態ではあるもののこのまま同席するつもりらしい。
そう結論付けたJはチラリと相棒を見遣ってからお嬢様へと視線を移した。
「いや〜。お嬢も大概だけど、坊ちゃんも相当面白いね?なんか俺らオトモダチになっちゃったよ」
隠匿は解かないままケラケラと笑うJに、アリシアどころかKまで驚愕に目を見開いていた。
「お、オトモダチってあなた……。えぇ?そんなことってある……?」
困惑も露わに呆然と呟くお嬢様に、Jは笑みを深めながら言葉を重ねる。
「そんなこともあって良いんじゃない?どのみち隠し事がバレた時点で俺ら影なんてあっさり消されかねないんだし、ちょっとくらい好き勝手に生きたってもうあんま変わらんでしょ」
「……ッ…………」
男の口から語られる内容の重さと口調の軽さのギャップに、アリシアの表情が引き攣る。
影というものを全く理解していなかった訳ではないが、まさか知らずに命すらも賭けさせてしまっていた事実に今更気が付いて言葉を無くしてしまったようだった。
オロオロと視線を彷徨わせる青い顔の令嬢を前に、先に行動に移したのはKだった。
「最終的に選んだのは我々です。お嬢様が責任を感じる必要はありません」
跪いた姿を晒しアリシアの右手を取ると、淡々とした口調で告げる。
同じくらいの高さにあるKの黒い瞳を泣きそうな顔でじっと見つめたアリシアは、空いた左手をそろりと伸ばし、Kの頭をその小さな身体に抱き込んだ。
「……ごめ、なさぃ……わたしっ…………そこまで、かんがっ、えら、れなかっ…………」
ポロリポロリとアメジストの瞳から透明な雫がこぼれ落ちる。
胸に抱かれたKには見えなかったが、幼い声が途切れ途切れに震えていた為、どんな表情をしているかは想像に難くなかった。
「はー…………俺らみてぇな使い捨て同然な影の事でここまで本気になって泣いちまうなんて、こりゃヤベェな?」
Kが持っていかれるわけだ、と胸の中だけで呟いたJはひときわ明るい声色でこの場を茶化す事にした。
「お嬢サマ、あんま泣くと目がパンパンに腫れちまうぜ?まあ俺はお嬢のそんな面白い顔も見てみたいけどさ」
「……貴様!」
戯ける男に反応したのはKの方だった。
まだ少女に抱かれたまま器用にJの方にだけ殺気を飛ばして来るKに呆れながら、Jは珍しく真面目な声色で言葉を続けた。
「本気で責任なんか感じる必要ねぇぜ。いつか使い潰される日まで暗闇の中で生きてんのか死んでんのか分かんないまま過ごすんだろーなって思ってたのに、こんな面白くて訳わかんねー事に関われるなんて、いま俺お嬢の担当になれて良かったなーって心底思ってるから」
「J…………」
短い時間だがすでにいつもヘラヘラと笑っている印象しかなかったJに思いのほか真摯な態度で告げられたアリシアは、相当に面食らったようだった。
驚いて涙の止まったアリシアに、やんわりと腕から抜け出したKが向き直る。
壊れ物を扱うかのような手つきで涙の痕を拭うと、真っ直ぐに少女と目を合わせた。
「例え時間が戻せたとして、お嬢様に出会わず生き永らえるより、私は貴女と共に在ることを選びます」
「あ、おいK!せっかく止まったのにまた泣かすんじゃねーぞ?」
「バカを言え。誰が好き好んでお嬢様を泣かせるか」
「分かってねえなぁ…………」
実際のところKの言葉に感極まって再び泣きそうになってしまったアリシアだが、続く二人のやり取りがなんだか可笑しくて涙が引っ込んだのだった。
「ほら見ろ、泣いていらっしゃらないだろうが」
フンと鼻を鳴らすKに自身に見せる姿との違いを感じながらも、どちらのKも好きだわと心で呟くアリシア。
「あーはいはい。お嬢も大丈夫そうだし、もう寝る時間なんだから昼番は帰った帰った」
手で追い払う仕草をする男をひと睨みしたKは最後にアリシアに声をかける。
「お嬢様。それではまた」
「ええ、また明日。本当にありがとう、K……おやすみなさい」
「良い夢を」
言葉と同時に姿を消したK。
次いで結界の消失を感じ、彼女が立ち去ったらしい事を知ったアリシアは、今日はまだ一度も姿を目視していないもののこの場に残っているはずの男に声をかけた。
「J、眠るまでアシュとの話でも聞かせてくれる?」
「…………まぁた結界張れっての?」
小声で抗議をしてくるJに笑ってしまうアリシア。
「ふふっ。ごめんなさい。ところで遮音の結界って、魔力消費が多いのかしら」
「いや。それほど?人避けと合わせると結構魔力食うけどな」
そう言いながら結局は遮音をかけてくれたJに、アリシアはまたおかしそうにクスクスと笑った。
「とりあえず寝ようっていう姿勢くらいは見せてくんなきゃ困るよ、お嬢?寝不足にでもなられたらKに怒られんのは俺なんだからね」
「あら、わたくしのせいでJが怒られるのは困るわね」
呆れを乗せた声で言われ、アリシアは明かりを消して大人しくベッドに横になった。
自身の言葉に不快を示すどころか素直に従うお嬢様に、Jは何とも言えない面映さを感じて鼻頭を掻いたが、平時よりやや血色の良い顔を誰かに見られる事はなかった。
「……それじゃ、よいこのお嬢サマには子守唄でも歌ってあげましょうかねぇ」
「アシュの話が聞きたいって言ったのに…………って、J子守唄なんて歌えるの?」
一瞬ぷすりと膨れたアリシアだったが、それよりも興味を惹かれたらしく眠るように閉じていたはずの瞼がパチリと開かれた。
「坊ちゃんの話なんて絶対面白いんだから寝られなくなるでしょ。それより子供寝かすんならやっぱり子守唄かなって」
Jの中ではすでに寝かしつけは始まっているらしい。
アリシアは赤ちゃん扱いしないでと抗議しようとしたものの、Jの宥めるように穏やかな囁き声の心地良さに自然と瞼が下りていった。
アリシアが目を閉じた事を確認すると、Jはすぅ……と息を吸い込んだ。
『たいせつな話をするよ
少し大人になれば知ってくれればいい
ああ 今は泣かなくてもいいよ
少し片隅で覚えてくれてればいいんだ』
語学の授業で聞いた覚えはあるものの、意味までは分からない。
そんな異国の言語で紡がれた初めて聴くメロディに、どこの国の歌なんだろう……とアリシアはぼんやりとした頭で思う。
少女が想像していたよりも遥かに優しい歌声に、歌詞は分からなくてもじんわりと胸の奥から温まっていくようだった。
『素敵なおはなしをしよう
君が眠るまで この子守り歌にのせて
ねえ 無理に起きてないでいいよ
おはなしよりも素敵な夢をみてほしいから』
柔らかな歌声が二番の歌詞を紡ぎはじめた頃には、アリシアの意識はとっくにとろけて夢の世界へと旅立っていた。
安らかな寝息に気付いたJは、歌うのをやめてほんの小さな息を吐く。
「…………まさかまたこの唄をうたう日が来るなんてな……」
誰に向けるでもない呟きをこぼすと、男はそろりと定位置である屋根裏へと移動していった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
これにて第一章は完結となります。
次回からは 第二章◆初等部編 が
**ある人物の視点** のおはなしから始まります。
よろしければ引き続きお付き合いくださいませ!
(またしてもアシェルくんはお休みですが……笑)
⭐︎更新予定:週2回(火・土 20:00)
【お知らせ】
第一章の完結祝いとして、
【画像付きのキャラクター紹介】の別部屋を作成しました!
みんなのビジュアルが気になる方は、『シリーズ』一覧から覗いてみてくださいませ☆
(※画像なしの簡易版キャラ紹介は、本編の次話として1/15の定期外にて投稿予定です)
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※追伸(という名の補足)
本編中でJが歌っていたのは、過去に作者が自作した楽曲から引用したものです。
紛らわしかったかもしれませんが、"前世の匂わせ"などではありませんので、純粋に雰囲気としてお楽しみください。
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※2026/01/20 追記
本編内の子守唄の「歌詞全文」を掲載したページが出来ました。
もしご興味のある方がいらしたら、ご覧になってみてください☆(そのうち黒歴史も掲載予定です。笑)
タイトル:ポエム・作詞集【いつかの言葉たち】
Nコード:N2774LQ
該当歌詞のURL:https://ncode.syosetu.com/n2774lq/1/
(後書きの追加のみで、本編には手を加えていません)
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