十八話◇気安い関係
黒猫みたい
魔物に遭遇し、クロードの未来を変え、秘密を共有し合ったという内容の濃すぎる一日が終わった次の日。
あんな事が起きても日常は変わらずやって来る……ということで、授業を含めいつも通りに過ごしていたわけなんだけど。
一日の予定を終え就寝まで暇を持て余していた僕が、ひとり自室で追加の筋トレをしていた時だった。
昨夜と同じ結界の感触がして、腕立ての態勢のまま顔を上げると……。
「なにやってんの?」
そこには三十センチくらいの近距離に、ヤンキー座りで呆けているJの顔があった。
「びっ………………くりしたぁ…………なにって筋トレだけど。あっ、筋力をつける鍛錬って言わないと通じないか。Jこそなにしてんの?」
普通に答えたつもりなのに、胡乱な目をするJ。
「俺は坊ちゃんとおしゃべりしに来たんだよ。したらまた変なことやってっからー」
「変、なこと、って……鍛錬、はっ、分かる、でしょっ」
あとほんのちょっとで一区切りだったので、腕立てを再開しながら言う。
「そりゃ分かるけど、なんで身体鍛えてんのって事」
そんなやりとりの間にキリの良い回数になったので、一度立ち上がってJにも手招きをしながらカウチに座る。
「だってさ、せっかく男の子に生まれたんだから虚弱って言われるよりカッコ良くなりたいじゃん?あ、ほらJもそこ座って」
向かいに座るように促すと、Jはちょっと変な顔をしたあと大人しくカウチに腰掛けた。
「坊ちゃんの思うカッコいいって、筋肉なの?つーか俺みたいなん席に座らせる貴族なんて普通居るか?」
「居るじゃんここに。んー、筋肉がカッコいいって言うよりか、大切な人を守れるようになりたいんだよね。自分すらままならないんじゃカッコ悪いよ……」
「なるほどなぁー」
なんとなくさっきからJの雰囲気が昨日と違う気がする。なんだろう?
「そういえば、Jさっき僕とお喋りしに来たって言ってたよね。何か話があるの?」
所在無さげに指を組み合わせているJに尋ねてみると、やっぱり微妙な顔のままじっと視線を合わせてきた。
「そうだよ坊ちゃん、オトモダチって本気なわけ?これを聞きに来たんだよ俺は」
「え。本気だけど……まあJがこんな子供に付き合うのも大変だって思うなら拒否ってくれて全然構わないよ」
「いや、ぶっ飛んでるけど正直ガキと話してる感じしねぇし、それは無い。けどさあ?」
どうにも歯切れが悪いな。やっぱり面倒なのかな?
それならそれで仕方ないし別に良いんだけどな。
「こんな素性の知れない影なんかに近付こうなんて、やめといた方が良いだろ?」
「えぇ……何言ってんの?JとKってバレたら死ぬくらいのリスク背負ってまで僕らに姿も晒して秘密まで守ってくれてるわけだよね。そこに出会う前の過去とか関係ある?ないよね。それに素性なんて言ったら僕の方こそ前世なんて、はたから見たら得体の知れないヤバいもの抱えてるんだけど……」
「…………ぶっ……たしかに」
あ、いまコイツ吹き出したな。
まじめに言ってるのに笑われたのはちょっと癪だけど、やっと笑ったと思えばまあいいか。
「頼むよー、今世とか前世とか言葉遣いだとか、何もかも気にせず楽に話せる友達が欲しいんだよー。ほら、そんなのJしか居なくない?あと坊ちゃんって呼ばれるのなんかむず痒いからアシェルって呼んでくんない?あ、マジでJが面倒だったらちゃんと諦めるから。それくらいの分別はあるから安心して断って」
言いたいことを全部捲し立てると、またしても大音量の笑い声が響いた。
Jってこんな笑い上戸なのによく影なんてやってられるなぁ。遮音結界があるから成り立つのか?
そんな事を考えている内に、好きなだけ笑って少し落ち着いたらしいJが片手で額をさするようにしながら長い息を吐いた。
「はぁぁあぁぁー……疲れるほど笑わせないでくれよ。そんで?俺のダチは俺にどうして欲しいわけ?」
「えっやだ、サラッと認めてくれちゃうなんてスマート過ぎか?……別に何か望んだりしてないかな。強いて言えば、今日みたいに気が向いた時に話しに来てよ」
「そんだけ?お嬢とKみたいに秘密の特訓とかして欲しいのかと思ったぜ」
ニヤリと口角を上げてみせたJに、今わざと知らない情報を与えてきたんだなと理解する。
「うっそ!アリシアってばそんな事してたの?だからあのフォーク投げかぁ…………」
昨日の事を思い出して、やや遠い目になってしまう。
Jはそんな僕をニヤニヤしながら眺めていた。
「えぇー。そんなの、僕だってJが良いんなら色々教えて欲しいよ。例えば遮音と人避けの結界とか……!」
「そっちなんだ?つーかアシュ坊、まだ魔法の初歩実技上手くいってないんだろ?複合結界なんかよりそっちが先だろ」
うう……ど正論パンチを喰らってしまった。
ていうかアシュ坊?坊ちゃんよりは全然マシだけど、やっぱりちょっとむず痒いなぁ。
「じゃあさ、Jくん。僕がちゃんと魔法使えるようになったら、その時は結界の魔法教えてくれる?」
「……なんなのそのJくんて……」
「なんか珍しい呼び方されちゃったから、お返しに僕も珍しい呼び方にしちゃおうかなって」
ダメだった?と笑いながら尋ねると、Jは片側だけ半目になりながら歪な笑みを浮かべた。
なにその顔、どういう感情?
「……お返しってか仕返しでしょ?…………ま、いいや。なんかムズムズするけど好きに呼んで」
Jは諦めたように言うと、いつも通りの顔に戻る。
「じゃあJくん、あらためてよろしくね」
「おう、アシュ坊」
わざわざ名前を呼び合って、なんとなくおかしくて笑ってしまう僕らだった。
一気に三人もの仲間が増えたし、しかもその内の二人は王家の影なんていうある意味最強のカードみたいなもので。
これからはゲームのストーリーについて、そんなに深刻に悩む必要なんてないのかもしれない。
そんな風に思いながら、新しく出来た友人と雑談に興じていた時だった。
突然Jが立ち上がり後方に振り返った。
「わりぃ、アシュ坊。お嬢の部屋の方から呼び出しだ」
「あ、もしかしてまたあの笛?」
やっぱり僕には笛らしき音なんて聞こえなかった。
音域の問題なのか、特別な魔道具なのか……一体どういう仕組みなんだろう。
「そんじゃ俺はお仕事してきますかね。またな?」
「うん、またね」
言い終わるや姿を消してしまったJに僕の言葉が聞こえていたかどうかは分からないけど、彼の方から「また」と言ってくれたことに妙な充足感が湧いてくる。
なんか、野良猫が懐いた、みたいな?
「ふふっ」
こんなこと考えてるのがバレたら、Jならデコピンの一発でもくらわせてきそうだ。
もう寝てもいいような時間だけどなんとなくこのまま眠る気にならなくて、僕は楽しい気持ちのまま自室に持ち込んだ読みかけの本を手に取ったのだった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
(自分で自分のヘキをなぐって、しにました……)
次回は『第一章の締め括り』である、第三者視点のおはなしとなります。
ぜひ、第一章の完結にお付き合いくださいませ!
⭐︎乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




