十七話◇攻略ノートとヒロインの生い立ち
現実でこれは……
ふう……とひとつ息を吐くと、僕は新しいページの一行目にペンを走らせる。
次は五人目の攻略対象、隣国王子の"クラウス・キングズリー"。
グランディールの友好国である『キンダーガル王国』の王子であるクラウスは、側妃を母に持つ第五王子という立場の弱さから王権争いから完全に離脱したがっている。
そのため、中等部になる年齢からグランディールに遊学に訪れている、という設定だった。
ヒロインと結ばれるエンドでは、婿入りしてグランディールに完全に居住を移すことになる。
容姿は、セミロングの青色がかった銀髪に黄金色の瞳を持った見るからに穏やかな好青年だ。
クラウスの傍にはいつも錆色の髪に鋭い深紅の瞳を持つ少し年上の謎めいた従者が控えており、乙女ゲームでありながら薄い本界隈でもそれなりに人気の組み合わせなのだといつか妹が熱く語っていた。
クラウスとのイベントは、序盤では花の庭園と図書館に集中していて、中盤あたりからはデートイベントがメインになる。
幼少期から"従者のゼノ"以外を信じられずに当たり障りなく過ごしていたクラウスの心を解きほぐし、色んな場所へと連れ回していく内に惹かれ合うという筋書きだ。
必要なパラメータは慈愛の高数値と知力関連がそこそこ。
何故か半数以上のルートで妨害を行うアリシアの所業は王子繋がりでフェリクスにも届き、このルートでも婚約解消になってしまう。
(これほんと、なんで?……"ザマァ"ってそんなに必要なものなの……?)
そして最後の攻略対象は……。
隠しキャラと呼ばれ、パッケージにもキャラ絵が描かれていない六人目。
ヒロインの兄としてオープニングにも名前だけ登場する"ダリル・フローレス"だ。
他のキャラはいざとなれば攻略サイトを見ればどうにかなったけど、隠しキャラに関しては情報をネットに載せることも禁止事項にされていたらしい。
名前も姿も選択肢もわからないまま完全に手探りでルートを見つけるしかないと、妹が嘆いていた姿を思い出す。
嘆きながらも最後には完全クリアを果たした妹の執念は、本当に凄まじいな……。
そんなゲーマー泣かせの隠しルートに入るには、学園内ではパラメータ上げだけに専念することが必須条件だった。
移動場所を選ぶ際には常に『まっすぐ帰る』を選択し続け、休日にも『どこにも行かない』を選び続ける必要があるらしい。
リアル時間で一年近く模索し続けたことでようやく初めて兄の立ち絵が登場したと、妹が興奮の面持ちで語っていた。
その後の攻略についても耳にタコが出来そうなほど何度も何度も止まらないマシンガントークを繰り広げてくれたお陰で、今こうして攻略ノートを埋めることが出来るんだから、今となっては感謝してもしきれない程だ。
……ついつい思考が逸れてしまった。
ダリル(さん)のキャラグラフィックが現れるようになってからも、変わらずに『まっすぐ〜』『どこにも〜』を選び続けて兄との絆を深めていく。
その内に学園の描写が簡単な文章のみになり、家庭内でのシーンがメインになるという非常に変則的なルートらしい。
ルート確定時のイベントシーンで、実はクリスタが父親と思っていた"オスカー・フローレス"は『ダリルのみの父親』であり、逆に母"マリア"は『クリスタのみの母親』であったという事実を知る。
その後もダリルの実の母親である"メリンダ・ドローレンス"はオスカーの元妻であり、マリアの姉でもあること。
さらにクリスタの実の父親である"アラン・ドローレンス"が、父オスカーの弟であることなども明らかになっていく。
(うええ…………ドロ沼すぎぃ……)
ダリルの母メリンダはダリルがまだ幼い時に行方をくらましており、実際には不倫関係にあったアランの元で愛人として囲われながら暮らしていた。
兄の妻であり自身の妻の姉でもあるメリンダとの間に『クリスタよりも一歳年上の娘』まで儲けていたアランは、数年後に妻であったマリアと離縁すると三歳になったクリスタごとマリアを追い出してしまいそのままメリンダと再婚する。
その少し前にはオスカーの元にも情報と共に離縁状が届いており、こちらはすでに離縁していたのだ。
ちなみに『ドローレンス姓』は、アランが跡取りのいない伯爵家の養子になって得た姓だったかな……。どうでもいいけど……。
(……ねぇ。ほんと、ひとことだけ言いたい。……地獄か!?………………はぁ。続き書こ……)
行く当てのないヒロイン達を憐れに思い、また自身の弟や元妻の所業に胸を痛めたオスカーが、二人を屋敷へ保護して住まわせることに決めたことでマリアとクリスタは路頭に迷わずに済んだ。
共に暮らす内に惹かれ合い、本当の家族になろうとオスカーとマリアが再婚したことでクリスタ・フローレスとして人生を歩むことになったのだが、まだ幼かったクリスタには当時の記憶が曖昧だった。
幸いというべきか同じ色合いを持つ両親から産まれたダリルとクリスタは、色彩もほとんど同じで『本当の兄妹』にしか見えなかったため、家族はクリスタが受け入れられるような年齢になるまでは真実を伏せておくことにした……という話だった。
(なにこれ……。改めて書いていくと激重すぎて引くんだけど……)
もしゲームの世界説が真実だとしたら、こんなんライターさんが悪ノリしたか昼ドラ好きかのどっちかでしょ。
ていうかヒロインもだけどダリルさんの過去が悲惨過ぎない?
シナリオライターかこの世界の神か……どっちかは分かんないけどふざけんなって文句言っても許されるレベルだと思うんだけど。
えっ、こんな過去背負っててあんなに女神様なダリルさんって、比喩じゃなくてほんとに女神なのでは……?
あれ?それじゃあダリルさん自身がこんな世界にしちゃったって事にならない???どうして?女神様?
「……ぅぐっ…………」
「えっなに!?誰か居るの?」
突然聞こえたくぐもった様な呻き声に、慌ててノートを閉じて辺りを見回して探る。
「ぼ、坊ちゃんっ……めちゃくちゃ声に出てる…………くくっ…………うあー、わらいしぬ……」
「J……?」
姿は見えないものの、Jらしき声だけがすぐ近くから聞こえて少し安心する。
でもなんでここに居るの?
「………………はー。王家の影に声出させるなんて、坊ちゃんも相当な規格外だな」
なんとか落ち着いたらしいJに言われたけど、僕がどうってよりもJが影らしくないだけなんじゃないの?と思わなくもない。
けど、そんなことより。
「なんでJが居るの?」
「俺が戻るまではKがお嬢に付いてるから、坊ちゃんがあんま夜更かししねぇように見て来いって言われたんだよね。多分遅くまで机に向かってるだろうって、お嬢が」
「わあ。お見通しかー」
さすが片割れというべきか。僕のやりそうな事なんてアリシアには分かっちゃうってことだなぁ。
ていうか、さっきJは僕の心の声が漏れ出てたの聞いて笑ってたんだよね?
Jだから良かったものの、他の人に聞かれたらマズイ内容だったのでは……。
「…………ねぇ、僕どこから声に出てた?」
「んー?"なにこれ"、からだな」
あ、ノートに書いてる文章まで読み上げてるわけじゃなかったのか。
それなら良かっ……た、のか?
「もっと早く止めてよ……!」
「や、こっちも笑い堪えんのに必死だったんだよ。それにあんな小声の早口じゃ、俺らくらいにしか内容までは聞こえなかったと思うぜ」
「そうなの……?」
へぇ。こんなだけど王子妃候補の警護を任されてるくらいだし、やっぱりちゃんと影としても優秀なんだな。
こんなだけど。
「そうなの。そんで坊ちゃん、そろそろ寝とかない?」
年齢的には十は離れてそうだったんだけど、Jのあまりのフランクさにまるで友人と話している様な気持ちになってしまう。
僕Jのこと結構好きだなぁ。
「あともうちょっとで攻略対象……ヒロインと恋愛関係になるかもしれない人物達の情報が書き終わるから、少しだけ付き合ってよ」
気楽にそう言って、本当に友達にするみたいに笑ってみる。
「はは。しゃーねぇ、付き合ってやるかー」
姿は見えないけど、Jも笑っている様な声だった。
身分や立場なんかを考えたらきっと不敬なんだろうと思うけど、僕にとっては前世での気軽な友人関係を思わせるこの物言いがむしろ心地好く感じられた。
「しゃーねぇついでにさ、お友達ごっこにも付き合ってくんない?僕ら友達になっちゃおーよ」
既にノートに向かいながら声だけをかけると、もわりとまた結界が張られた感覚がした。
防音の中で思う存分吹き出したJの、おそらく了承の意ととって良さそうな笑い声を聞きながら、僕は攻略ノートに最後の数行を書き足したのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(あっ……作者がアシェルくんに呪われちゃうかも……?)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
⭐︎乙兄の更新は週2回(火・土 20:00)の予定です。




