【幕間】お嬢様と忍べない影
――影から影へ
その人物はおもに日中から就寝前までの時間、ある御令嬢の警護を務めていた。
ただし姿は決して現さず、隠匿の魔法を駆使しながら、時には屋根裏に身を潜めながら。
常にその身が危険に晒されないよう立ち回り、あるいは監視をしていた。
いわゆる影というものである。
警護対象の名は、アリシア・ガルブレイス侯爵令嬢。
彼女が八歳を過ぎて正式に第二王子の婚約者となった時、王家の影が付けられた。
年齢の割に大人びた少女は、今後自身に影が付けられると聞かされた時もさして反応を示さなかった。
日中時間を担当することになったKも、不用意に走り回ったりしないこの御令嬢のことは存外気に入っていた。
…………はずだった。
ある日のこと、普段突飛な行動をしないお嬢様が通路の曲がり角付近で突然走り出したのだ。
猛スピードで通路を曲がって視界から消える警護対象に、Kは意表を突かれ息を呑んだあと自身も慌てて走り出した。
角から顔を覗かせて辺りを視認しようとしたその時。
――グイッ
隠匿魔法で見えないはずの腕を掴まれ思わず声をあげそうになるも、なんとか抑え込む。
触れられた先を見ると、そこにはにんまりと笑みを浮かべる御令嬢。
「ふふ、捕まえましたわ」
ひく……と喉が引き攣る。
御令嬢はそんなKに構わず捉えた腕をぎゅっと抱き込み、にこやかに告げた。
「ねぇ影さん?わたくしに身を守る術を教えてくださらない?」
振り払うことも出来ず立ち尽くすKに、焦れた様子もなくそのまま言葉を続けるアリシア。
「まずはわたくし、貴方の名前が知りたいわ。それと、姿も見せて欲しいの。ここでは都合が悪いなら秘密の場所まで案内してさしあげてよ?」
まぁ影さんならすでにご存知でしょうけれど……。
そう言って微笑むアリシアは流石ガルブレイス侯爵夫妻の血を引いているだけのことはある、と思わせるような……有無を言わせない何かがあった。
果たしてKは手を取られたまま秘密の場所とやらへと連行されるしかなかったのであった。
「まあ。わたくしの影さんはこんなお顔をしてらしたのね!やっとお会い出来てうれしいわ。喋れないのでなければ声も聞きたいのだけど、お名前を教えてくださる?」
例の場所でようやく隠匿を解いたKを見て、少女は嬉しそうに小さな両の手を合わせた。
期待に満ちた瞳で見つめられ、Kは観念したように呟く。
「K、と……」
「K?やっぱり通常の名は捨てているのね……」
独り言のように呟いた囁きは常人には聞き取れなかったかもしれないが、影の耳にはしっかりと届いていた。
やはり歳の割に聡過ぎる。影がそんな風に思っていると、改めて少女に手を取られた。
「K、貴方にはわたくしの先生になって頂きたいの。……ダメだなんて言わないでね?わたくし、自分とアシェルを守るための力と手段が欲しいの」
その瞳には確かに意志の光が宿っていて、Kはさらに困惑する。
この少女は何を思っているのだろうか。
今までだって特に危険な目に晒した覚えなどないし、今後もそんなつもりは更々ない。
一体その幼い身にどんな恐れを抱いていると言うのか……。
「…………我々が御守りします」
「そうね……きっとそうよ。Kたちの力を疑っているわけじゃないわ。わたくし自身が術を得て、安心したいだけなの……心の問題と言うのかしら?」
だからお願い……と、か弱い幼子に真摯に見つめられて。
感情を殺す教育でも特に問題は見られなかったはずのKは、なぜか頷いてしまっていた。
「…………私に出来るのは、主に暗殺術の類いですが」
「っ、ええ。うれしいわ、K!引き受けてくれるのね」
そう言った御令嬢は、珍しく年相応の笑顔を浮かべていた。
それを見たKは何となく胸の奥がざわざわとして、ほんの少し首を傾げた。
それから。
空き時間になれば、たびたび屋敷裏の木陰で二人だけの秘密の特訓が行われる事となった。
「ねぇK、わたくし次はあれをやってみたいわ!この間Kが大きな蜘蛛を仕留めた時の……!」
「…………仕方ありませんね。ではまずはこれで練習しましょう」
差し出されたのは、木を削って作られたKの暗器をそのまま小さくしたような模型だった。
丁寧にヤスリ掛けまでされた滑らかな手触りのそれを受け取ると、アリシアは花が開くように笑った。
訓練中以外でも、アリシアが姿の見えないKに話しかけることが増えた。
「ねぇわたくしの影さん。最近アシェルの様子が前よりもっと変な時があるのだけど、貴方なにか知っていて?」
言葉の代わりに、机から二回ノックのような音が鳴る。
「そう、貴方も知らないの……。もし原因が分かったら、教えてくれる?」
今度は一回。それだけで伝わる、影と御令嬢の少し変わった語らい。
そんなささやかなやり取りを続ける日々……。
二人の間には確かな絆が結ばれていったのだが、それを知るのも今はまだ二人だけだった。
◇ ◇ ◇
遮音結界が張られた感覚にKは振り返る。
そこに居たのは予想通りの人物だった。
「交代の時間だ」
「ああ、お嬢さんもさっき寝た」
アリシアの寝室の天井裏で、交代要員であるJと言葉を交わすK。
それぞれが影にのみ伝わる特殊な隠匿魔法を使用しているが、影同士が視認できるように魔道具を持たされているので二人にはお互いの姿が見えていた。
「どうしたよ」
その場を去ろうとしないKにJが小首を傾げる。
「…………お嬢さんが、近々良からぬ事が起こるのではとやけに身構えているんだが……知っている事はあるか?」
「ん?……ああ、アレか」
「何を知っている」
自身の知らない情報を持っているらしいJに、僅かに不快を滲ませるK。
その些細な変化に気付いたJは多少意外に感じたものの、向けられた感情を受け流す。
「お嬢サマ、二日毎くらいに夜中抜け出して坊ちゃんの様子見にいくんだよ」
「…………聞いてないが」
「たかだかほんの十数分程度の事だ。しかも決まったルート歩いて帰ってくるだけ。んなの報告するまでも無いだろ」
淡々と告げる男に更なる苛立ちを感じるが、自身も警護対象との交流について告げていない事を思い出す。
「………………で?」
「で、だ。たまに坊ちゃんがうなされてんだ。破滅がどうとか魔物が出るとか」
「詳細を」
「…………はぁ。しゃーねえな……」
その後しばらく、面倒そうに話すJに事の仔細を報告させる。
聞けば少々信じがたい話であった。
おそらくアリシアの双子の兄アシェルは、眠っている間に未来視をしているようである、と。
内容は多岐に渡るが、特に繰り返し見ている未来は『アリシアが悪女化して婚約破棄される』こと。
そして『事前交流会に魔物が乱入して幼馴染が負傷する』ことだという。
「つまり、坊ちゃんの夢が未来視であると信じて、お嬢さんはそれらの事象が起こると思っているのか」
「まあそーなんじゃねぇの」
「今後は些細な事でも報告しろ」
「お前さあ。自分だって報告してない事あんだろーが…………上には黙っててやってるんだぜ?」
呆れたように半目で告げるJに、Kは驚き身を固くした。
やれやれとわざとらしくため息をこぼす男に、頭を下げる代わりに目礼をする。
「……すまない……感謝する」
そう言って、ようやくKはその場を立ち去った。
あんまり肩入れし過ぎんなよ、と背後から最後にかけられた声に言葉を返す事はしなかった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます。
(だんだんやりたい放題になってきました……)
よければ次回はまたアシェルくんに会いに来てくださいね!
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