十一話◇隠しキャラに出会っていた
ざわめき
「ええと……ダリルさんの妹……」
「うん」
おそるおそる言葉を紡ぐ僕に、ダリルさんもどこか神妙な面持ちで頷く。
さっきまでとは違った意味で、鼓動が音を立てていた。
「僕とアリシアと、同い年で……」
「そう、来年の四月で九歳になるんだ」
どこか神秘的に感じられる、濃い蜂蜜のような琥珀色の輝きと見つめ合う。
「名前が……」
「クリスタ・フローレス、だよ」
まるで真意を探るようにも感じられるまっすぐなその瞳の色も、一つに束ねた柔らかそうな薄桃色の髪も。
それは僕が記憶しているこの世界のヒロインであろう彼女とほぼ同じ色をしていた。
(記憶の中のヒロインより、ダリルさんの方が落ち着いた色味の桃色だけど…………確かに、似てる……)
そうだ。ダリル・フローレス……。
いま僕の目に映るその人は、ヒロインの義兄であり隠しルートの攻略対象であるとゲーム好きの妹が語っていた名前と確かに同じだった。
「アシェルくん?大丈夫?」
ぽかりと口を開いたまま黙り込んでしまった僕に、ダリルさんが気遣わしげに声をかける。
「いえ……ダリルさんの妹さんなら、きっととても良い子だろうなぁって思っただけなので、平気です。ぼーっとしちゃってごめんなさい」
内心の動揺を抑え込んで、へらりと笑ってみせる。
つられたのかダリルさんも笑ってくれて、なんとなく張り詰めかけていた空気が和らいだ。
「うん。兄馬鹿って思われるかもしれないけど、本当に良い子なんだ……」
「そうなんですね。ダリルさんのところもうちと同じで仲が良いんですね」
「ふふっ、そうだね」
その後は少しの間だけ他愛のない会話をして、ダリルさんは今日の本題である読書タイムを過ごすことになった。
いつのまにか、発作の兆候は完全に消えていた。
いつもの図書室とは違って、より貴重な本が集められた書庫に来たんだからと、本を選んでみたものの。
色んなことが頭に浮かんであまり集中出来そうになかった。
ヒロインは生い立ちが複雑で、ヒロイン母子を捨てた"実父とその後妻"との間に"異母姉"がいる。
(…………妹じゃなくて姉なあたりが、本当に救いようがないよね……)
クリスタと、あまりにも歳が近い"不貞の末の異母姉"……。
幼いうちから二人が接触してしまうことを避けるために、学園ではなく中等部の歳までは女子学習院に通っていたはずだ。
その後、高等部から学園に編入するという設定だったけど。
これも今思えば、年頃になってから初めて攻略対象たちと関わり始める方が"それっぽい"という、ゲームの都合なんじゃないだろうか……。
なんでこんなに乙女ゲーの設定に詳しいの?と思わなくもないけど。
スチル集め周回を手伝わされたり、何度も何度も妹の話に付き合わされたせいだろうなぁ……。
いや、結果的にいま色々と役に立ってるんだから、おかげと言うべきか。
まあそれは置いておいて。
ダリルさんがはっきりと『来年入園する』とは言わずに『会うことがあったらよろしく』というような言い方をしたのも、やっぱりこの現実でも、ヒロインは学園ではなく学習院に入学する予定なんだろう。
うーん、あれこれ悩むのは一人になってからでいいか……。
折角の機会なんだから、今は僕も気になる本をとことん読んでみよう。
一旦そう結論付けて、まずは手元の本に集中することにした。
その後は魔法理論や偉人の伝記、ご先祖様の日誌などを読んでいるうちにずいぶん時間が経ってしまったらしい。
何度か兄様が近くまで様子を見に来てくれていたらしいけど、全然気がつかなかった。
「アシェルはすごい集中力だね。そんなに本が好きだなんて知らなかったな」
感心したように言われて照れてしまう。
「いえ……僕もこんなに読書が楽しいなんて、最近知ったばかりです」
他人事っぽくても記憶だけは確かな"前世の日本"とは違って、携帯端末もゲームもテレビさえない世界だ。
そんな中での本……しかも前世にはない魔法や知識。
僕にとっての読書は、今では素晴らしい娯楽になっていた。
「ダリルも楽しめたようで良かったよ」
「うんっ。カーティス、今日は本当にありがとう」
にこりと微笑み合うふたり。なにこれスマホがあったら待ち受けにしたい……!
えっ写真の魔道具ってまだないのかな?なければスミス氏に頼むべきでは?
「……アシェルは本当に雄弁な目をしているね」
「可愛いなぁアシェルくん……」
いやでも今はカフス型防護魔道具が最優先だから、頼むとしてもその後だよね。
よしっ、もし既存でなければ次の依頼はカメラだ!
「あげないよ?」
「わかってるよ。でもほんとに可愛い」
「純粋で素直なのはアシェルの愛すべき長所だからね。ただ……高位貴族としては考えものなんだけど」
ポン……と頭に手を置かれ、我に帰るとなぜか兄様に撫でられていた。
(……えっ!なにこの状況……)
「あ、いいなぁ。私も撫でていいかな?」
「え、え、え、えっ?あ、あっあの。ど……どうぞ……」
訳がわからないまま思わず頷く。
すると嬉しそうなダリルさんの手が伸びてきて……。
「ふふっ。かぁわいいなあ、アシェルくん……」
「ふぎゃっ!?ほっ、ほっぺ……!」
人差し指で優しく頬を撫でられて、思考が爆発四散する。
一瞬にして茹で上がってしまった僕は、目を回しそうになりながらほっぺをスリスリ撫でられるのを受け入れていた……。
(ど、どうしよう…………二度目はさすがに、だめかもしれない……)
再び乱れ始めた魔力と脈拍に、今度こそ発作が起きてしまうんじゃないかと気が気じゃなかったんだけど。
うれしそうなダリルさんに、やっぱりやめてほしいだなんて言えそうにもないし、体調さえなければそもそもやめてほしくもない……。
そんな僕の内心の焦りに気付くはずもないダリルさんは、手加減なしに僕の頬を愛で続ける。
「はゎぁ……ふわすべほっぺ、癒される……」
恍惚としたような表情でため息をこぼすダリルさん。
ああ、だめだ。なんだか普段の症状とは違うけど、このまま意識が遠のきそうだ……。
「………………ダリル?可愛い弟の純情を弄ぶのはやめてくれないかな?」
「えええっ!?ひっ、人聞きの悪いこと言わないでよ……!」
兄様が胡乱げな目でダリルさんに低く告げた。
うわあ、兄様のジト目なんて激レアじゃん……やっぱりカメラ……。
あまりまともに働かない頭でそんなことを思う。
「無自覚とはタチが悪いな……。もしもが有ったら責任取ってもらうからね?」
「えっ、なに?怖いんだけど……」
「ほら、もう手を離して。これ以上は色々と危険だから」
言いながら兄様はダリルさんの手を掴んで、すりすりを強制終了させた。
僕はなんだか、ホッとしたような名残惜しいような不思議な気分になった。
危険って……やっぱり兄様には、ギリギリなのがバレちゃったのかな。
(色々と?っていうのはどういう意味なのか分からないけど……)
「最近じゃクリスタも頭しか撫でさせてくれなくなったし、もっとすべすべほっぺを堪能したかったのに……」
ちょっぴり恨みがましく呟くダリルさんに、兄様は口元だけを笑みの形にして圧をかけるような顔をしていた。
その姿はちょっと父上に似ていた。
「アシェルは僕の弟だよ。妹御の代わりにしたいのなら、もううちには招かないことにするからね?」
やや冷たく告げた兄様の声に、僕とダリルさんの悲鳴が重なった。
「えええええっ!ダリルさんもう遊びに来ないんですか!?」
「そんなあ!ごめんっ、アシェルくんもごめん!そんなつもりじゃ……」
「…………はぁ」
少しの沈黙のあと兄様は小さくため息を吐くと、僕の目を覗き込むようにして身をかがめた。
「アシェルはまたうちにダリルが来たら嬉しい?」
「……はい」
「もし、もう遊びに来ないとしたら悲しいの?」
「………………はい……」
兄様の問いに、正直な気持ちを答える。
また来てくれたら嬉しいし、もう会えないのは淋しい。
たった半日足らずで、僕はずいぶんこの人を好きになってしまったみたいだ。
「そう。アシェル……君はまだ分かっていないみたいだけど、きっとそんな日が来るんだろうね……」
「兄様?」
カーティス兄様が何を言っているのか、僕にはよく分からなかった。
兄様にしか分からない何かがあるのだろうか。
「ダリル・フローレス。よかったね、晴れてお咎め無しだよ。変わらず僕の良い友人としてまた遊びに来るといい」
今度は口元だけじゃなく、ちゃんと笑って言う兄様。
「ありが、とう?」
「さて。遅くなってもいけないし、そろそろ馬車までお見送りしようか」
疑問符を浮かべた僕らに構わず兄様は、つとめて明るくそう告げた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回はなんと、初の**第三者視点**のお話になります。
アシェル視点とは違った雰囲気をお楽しみください。
冬休み" まったり乙兄企画 " 4日目です☆
**12/26〜1/4まで毎日20時に更新します!**
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