十話◇女神様との出会い
めがてん。
その人を初めて見たとき、なんて綺麗な人なんだろうとしばらく放心してしまった。
次いで、優しそうだなとか綺麗な色の瞳だなとか、そんな感想を抱いた。
それは、まるで――
「アシェル、アリシア。彼が友人のダリルだよ」
カーティス兄様の声で、意識を呼び戻される。
そんな兄様の言葉に続いて、その人は口を開いた。
「はじめまして、ダリル・フローレスです。今日は突然の来訪を許してくれてありがとう」
ふわりと柔らかく微笑む彼は、その声も発声も、言葉の紡ぎ方さえも柔らかくて。
この世界は創世の女神が信仰されているけれど。
もしも本当に女神様が存在するのなら、この人は特別愛されていて、自身の姿形をそのまま模して造られたのではないだろうか……。
そんな空想をしてしまう程に、全てが美しく感じられた。
「アリシア・ガルブレイスと申します、お会い出来て光栄ですわ」
淑女らしく挨拶をするアリシアの声に我に帰る。
そうだ、今は僕も続けてご挨拶をしなくちゃ。
「アシェル・ガルブレイスです。今日はカーティス兄様のご友人にお会い出来るのを楽しみにしておりました。どうか気兼ねなくごゆっくりお過ごし下さいね」
妙にそわそわと落ち着かない気持ちのまま、僕は今ちゃんと喋れてるだろうか……と心配になる。
「アシェルくんとアリシアちゃ……ん、は……さすがに失礼かな。アシェル公子、アリシア嬢。こちらこそお会い出来て光栄です」
「大事な友人と弟妹だ。大切な者同士が仲良くしてくれると僕もうれしいよ」
兄様がなんだか嬉しそうに笑っていたけど。
女神様に名前を呼ばれたことに気を取られていた僕にはあまり聞こえていなかった。
「さて。これからダリルを書庫へ案内しようと思うんだけど、君たちはどうしたい?」
「わたくしはここで失礼致しますわ。フローレス様、ぜひ当家の蔵書を堪能なさってくださいませ」
他所行きの礼を尽くし退出を告げたアリシアに、靴のつま先同士をコツンとぶつけられて意識を呼び戻される。
「さっきからお客様の前でぼーっとしすぎよ……シャンとしなさい。これから書庫に行くらしいわよ」
早口の小声で僕にだけ聞こえるように囁くと、最後に兄様たちにニコリと微笑んでからその場を去っていった。
ありがとうアリシア……。
「あの、ご迷惑でなければ書庫までご一緒してもいいでしょうか?」
「ダリルは構わないかな?」
「もちろん。むしろ大歓迎、かな」
そう言って微笑むダリルさんは控えめに言っても天使……いや、やっぱり女神様だった。
書庫までは、時折り穏やかに言葉を交わす二人を眺めていたら、あっという間に着いてしまった。
「ここからここまでの書架の本は好きに読んでくれて構わないよ」
兄様が軽く説明を済ませたあとは、各自で思い思いの本を読んで過ごす流れになった。
目を輝かせて本を選ぶ女神をぼんやり眺めていたら、ふいに兄様に声をかけられた。
「さっきは僕達だけで話してしまって退屈しなかったかい?……と聞こうと思っていたんだけど……」
けど?
「けど、なんですか兄様」
きょとんと尋ねた僕だったけど、次の瞬間兄様の口から出た言葉に心臓が飛び出しそうになってしまった。
「アシェルはダリルに見惚れて、どうやら退屈なんて感じていないようだね?」
「みゃっ!?…………に、に……にいさま?」
図星をつかれて一気に顔が熱くなる。
なんで、どうして、バレている。そんなに露骨に見惚れていたのか僕は……。
「…………好きになっちゃった?うーん、確かにダリルのファンは男子生徒の方が多いし分からなくもないけど……いくら美人だとしても、彼は男性だよ」
まあ本気なら応援はするけど……と、冗談か本気か分からない笑顔の兄様に慌てて言い募る。
「すっ好きだなんてそんなっ!いや確かに好きか嫌いかで言えば一目で好きになってしまいましたけど、それは人として?というか、女神様を崇拝する様な気持ちに近くてですね。性別とかもはや関係ないと言いますか、そんなもの超越してる存在なんじゃないかと思うわけで、つまりただ純粋に素敵な人だなぁと思っているだけですっ……」
途中から自分でも何を言っているのかいまいちよく分からなくなってしまったけど、とにかくそんな大それた感情ではないことを必死になって捲し立てる。
兄様は僕の勢いに驚いたのか、呆然とした表情になり何度も瞬きを繰り返していた。
「ちょっと全部は聞き取れなかったんだけど……まあ、うん。なんか……変なこと言ってごめんね?」
「いえ……僕の方こそ、戸惑わせてしまい申し訳ありません……」
なんとなく気まずい雰囲気になってしまい視線を泳がせると。
至近距離に、なぜか口元を手で隠して顔を赤くしたダリルさんが立っていた。
まさか、聞かれて……。
「えぇと、ダリル。ちなみにどこから聞こえて?」
「あの……ア、アシェルくんが、猫みたいな声を出したところ……かな?」
猫みたい、だったかは分からないけど!ほとんど最初からじゃないですかぁ!
ひーっはずか死ぬぅぅうっ!
「えと、ありが、とう?……でも、アシェルくんまで女神様はやめてほしい、かな」
えへへ……と照れ笑いをするダリルさんは、ちょっと意識が行方不明になりそうなほど可愛らし……って!そうじゃなくて。
僕まで、というのは何なんだろうか……。
「ダリルはね、一部の生徒たちに女神様って呼ばれているんだよ」
疑問が顔に出ていたみたいで兄様が教えてくれる。
なるほど……やはり他の人から見ても女神なのか……。
「できれば私は普通に呼んでもらいたいんだけどなぁ。アシェルくんも……あっ。さっきも呼んじゃってたね……ごめんね、アシェル公子もよければダリルって呼んで欲しいな」
「だ……ダリルさんもっ、気軽に呼んでください……」
「ありがとう、アシェルくん」
「二人が仲良くなれそうで安心したよ。それじゃあ僕は、伝記の本でも調べてこようかな」
照れ合う僕達を微笑ましそうに見ながら、兄様はそんな事を言って本棚へと向かってしまった。
まって、この状況でふたりにするの?兄様ぁ!
同じ部屋には居るけどぉ!
(……やばい、これ、熱……出るかも)
なんだかぼんやりしてきて、少しだけ発作の心配をしてしまう。
ちらりと左手首を確認したら、まだそんなに濃い赤色にはなっていなくてホッとした――
のも、つかの間。
「アシェルくんも本を選びに行くのかな。それとも、もう少し私とお話ししてくれる?」
「ぴゃっ……」
ねぇ、そんなこと言われてお話ししないなんて選択肢ある?なくない?
なんか心臓がぎゅっとして変な声出ちゃった……。
「ぴゃ?」
「おっ、おは、おはなししたいです、ダリルさんがイヤじゃなければ……」
噛み噛みでなんとか告げると、彼はまたふんわり微笑んでくれた。
(……お願いだから今だけは苦しくならないで……!初めましてでいきなり倒れたりなんか…………絶対やだ!)
僕は、火照ったほっぺたに手を当てて冷やしながら、体温を逃すように静かに細い息をはく。
ちょっとだけ耳鳴りがしたけど、これくらいならまだ大丈夫。
「ふふ、うれしいな。そういえば、アシェルくん達は来年学園に入学するんだよね?」
「はい。少し緊張するけど……ふぅ…………それより楽しみな方が強いです」
うっかり勘付かれないように、慎重に呼吸を整えていく。
(よかった……だんだん落ち着いてきた……)
「その気持ち分かるなぁ。……あのね、実は私にもアシェルくん達と同じ歳の妹がいるんだ。クリスタ・フローレスって言うんだけど、もし顔を合わせることがあったら…………その時はよろしくね」
「そうなんですね!それは……もち、ろ……ん…………え?」
ダリルさんの口にしたその名前がちゃんと脳まで届いたとき……。
それまでの浮ついた気持ちはどこかへ消え去り。
僕はただ……目の前の綺麗な瞳を見つめることしか出来なくなった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
(ちなみに創世神の名前は"エターニア"ですよアシェルくん……)
よければまたアシェルに会いに来てくださいね!
冬休み" まったり乙兄企画 " 3日目です☆
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