第5話 神之片鱗 天叢雲
「はぁぁッ!!」
そんな静寂を切り裂くように咲弥が先に仕掛けてきた。咲弥は地面を強く踏み込み、双剣が唸りを上げて俺に迫った。
(来る――!)
俺はその攻撃を避けようと再び踏み込み、咲弥の後ろへまわり込み、剣を振る。
咲弥はそれすらも読んでいた。俺の動きを察知し、体勢を切り替えて俺の一撃を受け止める。そのまま彼は畳みかけるように連撃を繰り出してくるが、俺も応戦し、何とか防ぎきる。
互いの攻防は一瞬の油断も許さない。だが――
「やっぱ力で押すしかないか…」
そう咲弥が呟いた瞬間、咲弥の纏う空気が変わった。
(……!?)
思わず息を呑む。凪の時に感じたものと同様の気配だが圧倒的に濃度が違う。圧力すら感じるほどの気配に、俺の全身が緊張で強張る。
***
会場の上段、試験を一言も発さずに見守っていた審神者学園の関係者の一人が、咲弥の変化を察知したのか、ふと顔を上げた。
「ほう……面白い……」
呟いた声はかすかでありながら、その奥には明確な興味と、期待が滲んでいた。
***
「宵!今から使うのは手加減が出来ない、だからこそ簡単にやられてくれるなよッ!」
咲弥はそう俺に告げながら、双剣を地面に突き刺した。そしてフッ、と何も無い空間に両手を突き出した。
「――神《かみ》之片鱗 天叢雲ッ!」
刹那。
空間が軋み、咲弥の手の先に亀裂が走る。そこから溢れ出すように現れたのは、全てが水で創られた美しく幻想的な双剣。輝きと冷気を纏いながら、静かに空間に舞い降りた。
「こ、これは……」
俺は思わずその光景に目を奪われる。咲弥は亀裂から出てきた双剣を手に取り構える。
【神之片鱗】
天賦の才を持ち神との繋がりが一定以上ある者だけが使える、神の力の一部を具象化した武器である。
使用者の精神力を使って生み出し、己の導の効果を何倍にも引き上げてくれる代物だ。
精神力を消費するため、一度に2,3本出すことは普通は出来ない。過剰に精神力を消費してしまうと眩暈や吐き気、意識混濁……と様々な症状が使用者を襲う。
***
そんな咲弥の姿を見つめる、審神者学園の大黒柱とも呼ばれている神宮寺 龍空は、内心で呟く。
「もう会得しているのか……これは、将来が楽しみだな。……さて、相手の青年の方はどう応じるたろうか」
神宮寺は2人の試合をただ黙って観ていた。その目は誰よりも厳しいものだった。
***
「――フゥゥゥゥゥゥ……行くぞ、宵」
咲弥は深く息を吐き精神を統一する。そして、水で創られた双剣を持つ手に力を入れる。それと同時に禍々《まがまが》しくも清々《すがすが》しい、自然と身の毛がよだつ程の気配が辺りを支配し、辺りに水による僅かな冷気が立ち込める。
そして次の瞬間には、咲弥は俺の背後にいた。
「――ッ!?」
反射的に振り返り、咄嗟に剣を振るって防ぐ。が、咲弥の攻撃はそこで終わらない。一撃を防いだ瞬間を見逃さず、矢継ぎ早に斬撃を繰り出してくる。
(くそっ……重いッ!)
先程とは桁違いの速さと重さで繰り出される攻撃に俺は防戦一方となる。ただ一つ一つの攻撃が粗いお陰で、かろうじて受け流し出来たり、避けたりが出来る状態だった。
「どうした、宵!避けるだけか?」
咲弥の挑発も、今の俺には応じる余裕など無かった。全神経を防御に集中してなお、じわじわと追い詰められていく。俺の体力は徐々に削られて、身体の芯から冷えていくような感覚に襲われる。呼吸も乱れ始めてきた。
「はぁッ!」
俺は何とかして反撃をしようと試みるが、咲弥の攻撃に押されるばかりで何も出来ない。
『このままじゃ……負ける』
そう悟った瞬間だった。ふと俺の脳裏に浮かんだ言葉があった。《《全く知らない言葉》》だったが何故か俺の脳裏にこびりついて、離れてくれない。
俺はその謎の言葉を口にしようと脳内で再生させる。すると、自身の身体から何かが溢れ出すような感覚がした。とてつもなく深く、暗い何かが。
■補足
神《かみ》之片鱗 天叢雲は双剣ですが、1本扱い。作中に記載されていた「一度に2,3本出すことは普通は出来ない」というところで言っているのは、種類の同じ神《かみ》之片鱗を同時に2,3本出すことが難しいってこと。
水の導の神《かみ》之片鱗は天叢雲だけではなく、他にもあります。それらを同時に出すのは難しい、ということになります。