第37話 冷徹
大阪に降り立って数カ月。十三人の生徒たちは、セリエ先生から聞かされた目撃情報を頼りに、道頓堀周辺の路地裏から繁華街、さらには河川沿いの倉庫街に至るまで、足を使っての探索を続けていた。
最初は一組ずつの行動。宵、咲弥、叶多、珠璃は同じ班として動き、他の生徒たちも四つほどの班に分かれて調査にあたっていた。
生徒は十三人で来ていたので、一つ3人の班が出来たが、一緒に来ていた教授陣から黒影教授をピックアップし、そこに加わってもらった。ちなみに大阪に来た教授は3人。
宵たちは、繁華街にある古びた喫茶店で情報を集めていた。
「赤褐色の瞳でスーツ姿……?」と店主の老人は首をかしげる。
「あぁ、確かに、そんな男がいた気が……妙に場違いな雰囲気でな。誰かを探してるような、いや、待っているような……そんな立ち居振る舞いだったかな」
咲弥がすぐさま身を乗り出す。
「で、その男はどっちに行ったんだ? どこの方向かわかるか?」
老人は記憶を辿るように眉間に皺を寄せ、
「……えっと、川沿いの地下へ向かう道を見て、それから見失ったよ。だが、あの辺は普段人が近づかん。何もないはずなんだがな」
叶多が低く呟く。
「……地下、か。怪しすぎるな」
他の班からも似たような証言が集まってきた。別の店の女将は「異様に冷たい目をした男だった」と震え声で語り、路地裏で出会った浮浪者は「アレは人間じゃない」と怯えた。誰もが、その赤褐色の瞳を強烈に印象として語る。
やがてバラけて調査していた十三人は合流し、情報を照合した結果、導き出される場所は一つに絞られた。
寝屋川北部地下河川讃良立坑と呼ばれる巨大地下空間。大阪の地下に張り巡らされた水路の奥に、その痕跡が繋がっているらしい。
珠璃が落ち着いた声で口を開く。
「ここまで証言が揃うとなると、偶然とは思えないよね。でも……罠である可能性もあるよね。誘きだしている、とか」
宵は頷く。
「それでも、行かなきゃならない。ここまで来たんだ。退く理由はない」
咲弥は双剣の柄に手をかけ、わざと軽口を叩いた。
「いいじゃん、罠でも。皆もいるしな」
叶多は肩をすくめる。
「……軽口叩く余裕があるのは君くらいだよ。でも、僕も賛成。ここで退いたら、学園に帰れない」
十三人はそれぞれの決意を胸に、地下へと足を運んだ。
***
寝屋川北部地下河川讃良立坑。一度だけ行ったことのある首都圏外郭放水路に近しいものを感じる。巨大な円筒状のコンクリート壁がそそり立つ深い地下空間は、まるで失われた文明の井戸を思わせる。冷たい湿気が肌に染み込み、底の闇から響く水の滴りが、静寂を微かに揺らす。湿気と冷気が肌を刺し、水音が遠くで響く。
生徒十三人と黒影教授は、懐中電灯の光を頼りに、広大な通路を進む。足音が反響し、耳に重く響く。
その時、黒影教授が足を止めた。
「来るぞ」
彼の言葉と同時に、地下空間に赤い光が瞬く。まるで血が燃えるような、赤褐色の輝き。
彼らの目前に男は立っていた。
黒髪をきっちりと撫でつけ、端正に整えられたスーツを身に纏った長身の男。その双眸は赤褐色に光り、冷え切った刃のような威圧を放つ。
「……皆さま、お待ちしておりました」
低く抑揚のない、しかし丁寧な敬語。その声は無機質なほどに冷たい。
宵たちの背筋に緊張が走る。男は一歩前に進み、視線を十三人の生徒たちにゆっくりと這わせた。
「早速ですが名乗っておきましょう。“冷徹”の紅燐、と呼ばれております」
その言葉に、ざわめきが広がる。
二つ名――正の七台筆頭だけが許される、特別な称号。だが、彼が誰からその名を授かったのかは学園側は一切分からない。
紅燐はしかし、表情を変えない。淡々と続ける。
「皆さまのご期待に沿えず恐縮ですが、正に関して私からお教えできる情報はございません」
咲弥が思わず腰に携えていた双剣を抜き放つ。
「ふざけんなよ……! ここまで探し回って来たんだ、口を割ってもらうぞ」
紅燐は一瞥しただけで、氷のような冷気を孕んだ気配を放った。
「……知りたいのであれば、簡単な方法がございます。――私に勝てばよろしい。それだけのことです」
宵は心臓を強く打たれるのを感じた。恐怖ではない。冷徹に見下ろすその瞳に、自分の存在を確かめられているような感覚。
十三人がそれぞれ武器を構え、導の気配を纏う。闇、水、雷、そして他の様々な力が一斉に膨れ上がり、地下神殿の空間に圧力を生み出す。
紅燐は淡々と、事務的に告げる。
「それでは皆さま。どうぞ退屈を紛らわせてください」
地下を震わせるほどの緊張が、次の瞬間に爆ぜようとしていた。




