第29話 暇人たちの談合
月を背に、黒衣の影が静かに降り立った。足音は砂を踏むように乾き、息遣いすら風に紛れる。
その男――夜刀は、任務の報告を終えるため、決して人目につかぬ地下の石室へと向かっていた。
厚い扉の前に立つと、内部から漏れる灯火の色が微かに変わる。招き入れるように、軋む音と共に扉が開いた。
中は広くはないが、妙な圧迫感があった。中央の円卓を囲む椅子には、既に三人が座している。
ただ、重々しい会議というよりは退屈しのぎの雑談のような空気が漂っていた。
最初に目に入ったのは、金髪で足を机に投げ出す長身の男。笑っているが、その瞳の奥には冷たい光が宿る。
七台筆頭の一人、別世界から来た元勇者。怨骸を学園へ差し向けた張本人だ。
「おー、夜刀じゃん。ご苦労さま。……で、どうだった?」
軽い声。まるで狩りの成果でも聞くような気楽さ。
夜刀は一礼し、感情を滲ませぬ声で告げた。
「……骸の導の継承者、怨骸は敗北しました」
金髪の口角が僅かに上がる。
「へぇ? やっぱりこうなったかぁ」
その笑みは愉快そうでいて、心底どうでもよさそうでもある。
隣の椅子から、低い吐息が洩れた。
和装の袖口から覗く指は節くれ立ち、刃を握るために鍛えられている。
炎を操る赤髪の侍。その眼差しは鋭く、言葉一つで空気を変える力を持つ。
「……敗北を予見していたような口ぶりだな」
「予見? いやいや、確信だよ」
金髪男は肩を竦めた。
円卓のもう一方。淡い緑の衣を纏った薬師の女が、指先で小瓶を回しながら静かに笑った。
「……あなたたち、随分と気楽なのね。怨骸は、素材としても面白い体だったのに。あれが壊れたとなれば、次を探すのが面倒だわ」
その声は柔らかくも、底に潜む毒が耳に残る。
夜刀は僅かに視線を伏せ、三人の間に流れる奇妙な均衡を感じていた。
威圧と軽薄、そして冷ややかな無関心。それらが混ざり合い、場の温度を一定に保っている。
「で、これからどうする?」
金髪が足を下ろし、身を乗り出す。
「怨骸が倒れたのは想定内。なら、次の一手は?」
侍は腕を組み、低く答えた。
「焦る必要はない。今回は掌で踊らせ、強さを観測するのが目的だったのだろう?」
薬師の女も同意するように頷き、小瓶の中の液体を光に透かす。
「……それに、少し時間を置けば、向こうの反応も変わるでしょう」
金髪はわざとらしく欠伸をした。
「ふーん……まあ、暇だし、しばらくは見物といこっか。暇人同士仲良くしよっ」
三人の視線が一瞬交差し、薄い笑みが広がった。それは、退屈を紛らわせる悪意の共有。
夜刀は言葉を挟まず、ただ静かに報告を終え、影へ溶けるようにその場を後にした。
残された円卓には、灯火の揺らめきと、底の知れぬ笑い声だけが残った。




