第25話 龍、天地を裂く
男の鎖剣が唸りを上げて空間を薙ぎ払うたび、石床が容易く砕け、土煙が戦場を覆った。黒影教授はその中を駆け、紙一重で鎖の刃を避けながら、鋭い銃撃を奴の懐へ叩き込む。しかし、その全ては分厚い骨の外殻と、異様にしなる鎖剣の間合いによって寸前で阻まれる。
――速い。しかも、範囲が広すぎる。
教授の額に一筋の汗が伝う。鎖剣の一撃は一度振るえば十数メートルを薙ぎ払い、遮る物を粉砕する。下手に受ければ即座に戦闘不能だ。それでも彼は、背後にいる生徒たちを一歩たりとも近づけまいと、奴の進路を塞ぎ続けた。
「教授、こっちは任せてください!」
遠くから宵の声が響く。しかし振り返らない。返事代わりに、黒影は鎖の軌道を踏み込みで逸らし、その一瞬に弾丸を打ち抜いた。骨と弾がぶつかる低い音。奴は微動だにせず、嗤うような眼窩の奥で光を瞬かせた。
背後、別の戦場では生徒たちが黒骨の竜――全長十メートルを超える骸骨の巨躯と相対していた。三体。翼の骨が風を裂き、空気が振動するたび、砂塵と冷たい圧が押し寄せる。
咲弥は双剣を握り、水の導を巡らせて竜の顎を受け止めた。剣と骨牙が衝突し、水飛沫が舞う。
「くっそ、硬ぇ!」
その横を、雷光が閃いた。叶多の雷の導が竜の首を焼き裂き、一瞬、動きを鈍らせる。
「今だ、咲弥!」
声と同時に水刃が骨の隙間へ突き込まれ、竜が低い咆哮をあげて後退する。
別の竜の尾が唸りを上げ、観客席の残骸をなぎ払った。宵は闇御津羽を構え、その軌道を読んで身を捻り、漆黒の刃を骨節へ滑り込ませる。しかし完全には砕けない。闇が骨を削ぐだけで、巨躯はなお迫る。
その間、珠璃は後衛で治癒の導を絶え間なく発動し、負傷者を即座に立たせていた。額に汗を浮かべ、唇を固く結びながら。
戦況は拮抗というにはあまりにも苛烈で、息つく暇など存在しなかった。
再び視線を奴へ戻す。黒影教授は鎖剣の連撃を銃で受け流しながら、足元を崩して動きを縛ろうとする。しかし、奴は自らの足場ごと鎖で薙ぎ払い、石片を散弾のように飛ばす。教授は腕で顔を庇い、数歩退いた。
――くそ、押し切られるか……。
その時だった。
大気が震えた。重く、深い圧が戦場全体を覆う。誰もが反射的に振り向く。遠方、瓦礫を巻き上げながら一直線に迫る影――否、龍の威厳を纏った一人の男。
「……あれは」
珠璃が息を呑む。
次の瞬間、轟音と共に黒骨の兵士たちが吹き飛ばされた。男が通った軌跡に、敵影は一体も残らない。三体の竜のうち一体が、その接近を察する間もなく首を吹き飛ばされ、骨片となって崩れ落ちた。
その歩みは迷いなく、奴のもとへ――。
龍の導。神宮寺 龍空。
背に立ち昇る龍気が空を裂き、戦場の空気を一変させた。生徒たちの胸に押し寄せたのは、圧倒的な安堵と、言葉にできぬほどの畏怖。
黒影教授は僅かに息を整え、その背を一瞥する。
「……遅いぞ、大黒柱さんよォ」
龍空は応えず、奴へ視線を向けた。その双眸は、戦場の全てを測り切っていた。




