第2話 神界と実技試験
――神界。
それは数多の神達が住む世界。その場所には様々な神が君臨している。
神は万物の頂点であり、全ての物の親でもある。そして、神の力を受け継ぐ者は“導“と呼ばれる能力を使うことが出来る。
この導という能力は、人間の中でも限られた者にしか使うことが出来ない。何故なら人間で言うところの“才能”という物が必要になるからだ。
導は神自らの力を他者に授けることが出来る力である。しかし、その力を使いこなすには先刻伝えた才能が必要である。
神々が直々に力を与えようとも、器としての才能がなければ、その力を授かることは出来ないのだ……
―――――――――――――――
「はぁ……今日は一段と疲れたなぁ」
そう呟きながら、俺は自宅のベッドへと勢いよく倒れ込んだ。柔らかい布団が背中を包み込んでいくと、ようやく体の力が抜けていくのを感じた。
教会での出来事、あの痛み、あの声――思い出そうとするたびに、頭の奥がぼんやりと霞んでしまう。
「……でも今日は……なんだか、いつもと違う気がするんだよな」
言葉にするのが難しい、胸の奥に引っかかるような感覚。何かが変わった。いや、何かが始まった。そんな漠然とした予感が、俺の心を落ち着かなくさせていた。
それでも、疲労には抗えず、瞼がどんどん重くなる。思考が薄れていく中、俺はその違和感を抱えたまま、静かに眠りについたのだった。
―翌朝。
まだ空気が冷たい時間、俺はゆっくりと目を覚ました。今日は学校で実技試験がある日だ。
この日を迎えるのは何度目だろう。けれど、俺の中にはいつもと違う緊張があった。それが昨日の出来事によるものなのか、それともただの気のせいなのか、自分でも分からなかった。
周囲の仲間たちはすでに皆、導を自在に使いこなしている。眩しいほどの力を持つ彼らの背中が、いつも遠く見えていた。
それでも俺は、諦めなかった。
俺にできるのはただ、剣を握ること。導が無いなら無いなりに、剣術を磨き続けるしかない。誰にも見向きされなくても、ただ一人、黙々と。
「よし……学校、行くか」
心の奥に少しだけ残る不安を振り切るように、俺は布団から体を起こした。眠気と疲労がまだ身体に残っていたが、それでも立ち上がらなければ今日という日は待ってくれない。
身支度を整え、家の扉を開ける。いつもの道。見慣れた風景。変わらないはずの朝のはずなのに、どこか、世界の空気がわずかに違って感じられた。
それでも俺は、何事もないような顔で歩き出す。心の奥に、何かが静かに動き始めているのを感じながら――。
「あれ? 宵、今日なんか元気なくね?」
いつもの通学路。俺の隣を歩きながら、親友の咲弥がふと俺の顔を覗き込んできた。
彼は俺より少し背が高く、濃い青が混じったコンマバングの髪を風に靡かせている。その軽やかな声と笑顔に、少しだけ心が和らいだ。
「いや、ちょっと寝不足ってだけ……かもな」
そう言いながらも、自分でも曖昧な答えだと分かっていた。昨日の出来事が頭から離れず、言葉にも出来ずで、うまく説明する気にもなれなかった。
「あっ、もしかして今日の実技試験のこと気にしてんのか?」
咲弥がニヤリと笑って俺の肩を軽く叩いてくる。
「心配すんなって! 俺だって導の扱いには、まだまだ慣れてねーしさ。それに宵、お前には剣術があるだろ? その剣の腕前、俺もちゃんと見てきたからな!」
その言葉は、気休めのようでいて本気だった。咲弥はいつもそうだ。俺のことを理解し、励まそうとしてくれる。その優しさが時に眩しくて、羨ましくもある。
「……ありがとな」
俺は小さく返事をしながら、ほんの少しだけ背筋を伸ばして歩いた。不安はまだ消えていない。でも、それでも――少なくとも、一人じゃない。そう思えたことが、少しだけ心を軽くしてくれた。
咲弥の言葉に少しだけ救われた俺は、肩の力を抜いて学校の門をくぐった。少し冷たい朝の風が頬をなでる。緊張と不安は完全には消えていないけれど、それでも先程よりは前を向けている気がした。
教室に入ると、既に多くのクラスメイトが集まっていた。この学園では実技試験が頻繁に行われるため、生徒の出席率は高い。みんな、それぞれの目標や期待、あるいはプレッシャーを胸に抱えて、ここに集まっているのだろう。
「……皆、早いな」
小さく呟いた俺の声に気づいたのか、数人のクラスメイトがこちらを振り返った。
「おっ、宵じゃん。おはよう!」
「「「おはよ~!」」」
明るく声をかけてくれる友達に、俺は少しだけ頬を緩めて応える。
「おはよう、みんな」
そう言いながら、自分の席へと向かい静かに腰を下ろす。窓の外には朝日が差し込み、教室の空気に柔らかな光が混じっていた。こんな日常が、これからどれだけ続いてくれるのだろうか――ふと、そんなことを思ってしまう。
数分後。教室の扉が開き、黒髪で長髪の、威厳ある佇まいの先生が入ってきた。
その瞬間、ざわついていた教室がピリッと引き締まる。
「席に着け。これよりホームルームを始める」
張りのある声が教室に響き渡り、俺は姿勢を正す。いよいよ、今日という日が本格的に動き始めた。
「えー、今日の実技試験についてだが……」
先生の低く落ち着いた声が、教室に静かに響き渡る。皆の視線が前へと集中する中、俺も息を呑んで先生の言葉を待った。
「試験内容は、抽選で決まった相手と“導”を使用した1対1の対戦だ。勝敗をもとに順位がつけられ、最終的に1位になった者には――あの審神者学園への即時入学が許される」
教室に一瞬、ざわめきが走った。あの審神者学園……神の寵愛を受けた者達が集う、憧れの学園。
名前を聞いただけで胸が熱くなる。そして同時に、焦燥が胸を締めつけた。
(……本当に、そんな場所に俺が行けるのか?)
導の才に見放されてきた自分にとって、それはまるで手の届かない光のように感じられた。
そして先生は続ける。
「ただし、1位を逃したからといって落ち込む必要はない。会場には、現・審神者学園の大黒柱とも言われる人物が視察に来ている。彼の目に留まれば、成績に関係なく入学が認められることもある」
「おおっ……!」
周囲から小さな驚きと希望の声が漏れる。
「――だからこそ、全力で挑むんだ。見せつけるつもりで戦え。分かったな?」
「「「はいっ!」」」
クラス全体の声が揃う。俺もその中に混じって返事をした。
(やるしかない……!)
剣術だけが、俺の誇りだ。導が無くとも、俺には鍛え上げてきた刃がある。それをこの場で証明してみせる。拳を強く握りしめ、俺は小さく息を吐いた。
ホームルームが終わると、俺達はぞろぞろと実技試験の会場へと向かった。廊下を歩く間も、周囲はそれぞれの導についての話で持ちきりだった。
「一昨日やっと制御できるようになってさ~」
「俺の導、火系だから草系相手ならワンチャンあるかも」
そんな会話が耳に入るたびに、胸の奥がひりつく。
(やっぱり皆、ちゃんと《《持ってる》》んだな……)
俺は一人、静かに歩いた。ただ剣を信じてきた。導が無い分、人一倍稽古してきた。でも――不安はどうしても拭えない。
やがて到着したのは、とてつもなく広大な運動場。そこには既に多くの生徒が集まり、緊張と興奮に包まれた空気が張り詰めていた。
先生が前に出て、皆に声をかける。
「対戦相手と試合の場所は、前日に配った紙で確認してくれ。人数が多いから、日が落ちてから戦うことになる者もいるだろうが……気にせず全力で挑め」
その言葉に生徒たちが一斉に紙を広げ、自分の対戦相手を確認し始める。俺もポケットから紙を取り出し、目を走らせた。
(俺の相手は……この人か)
名前は知っている。導を自在に操る、同学年の実力者だった。喉の奥がきゅっと締めつけられるような感覚。
(でも……やるしかない。俺の剣、俺の想い――全部ぶつけてやる)
そんな覚悟を固める中、先生が指令台に登ってマイクを手にした。
「――では、これより実技試験を開始する!!」
その一声と同時に、会場の空気が一変する。歓声、ざわめき、熱気。まるで戦場に放り込まれたような興奮が肌を打った。