第19話 七台筆頭の会議
部屋の中央に鎮座する楕円の石卓には、七つの椅子があった。ただし、その全てが埋まることは滅多にない。今日もまた、姿を現したのは三人のみ。それでも、空席が不安を孕むことはない。
ここに集う者たちは、七台筆頭。正という影の巨体を動かす中枢である。
静寂を破ったのは、椅子の背に身を預けた金髪男の少し高い声だった。
「……あの気配を感じた者は?」
しばし応答はなかった。だが、やがて赤髪の一人が短く答える。
「ああ。北の方角からだな」
「凄いオーラだったよね。心が踊ったよ」
「神之片鱗……だろうな」
三人の視線が重く交わる。それが確証を得たわけではない。ただ、あの瞬間に周辺の空気が変わった。それだけで彼らにとっては充分すぎた。
先ほどの二人とは違う白銀の髪の女性が口を開く。
「使い手は分かっているの?」
「い~や。そもそも闇を扱う人は数百年であんまり会ったことないし」
「……北の方角とならば審神者学園の生徒、という線が高いんじゃないのか?」
沈黙が訪れる。地下の灯は脈打つように明滅し、まるで何かが呼吸しているかのようだった。
「私達の計画に支障は?」
「ないよ。誤差でしかない。でも放置はしたくないよね。」
「……そうだな。闇の導ともなると神々の頂に近い存在の力だ。利用しない手はないだろう。」
「そうだね。じゃあ、どうしようか。」
「……お望みならば俺が向かうが」
赤髪の男がそう言い、口元に薄く笑みを刻んだ。だがその笑みは冗談めいた軽さではなく、獣が狩りを前に喉奥で鳴らすような、殺気すら孕んだものだった。
金髪の男が、興味深そうにその様子を眺めながらも、首を横に振る。
「君が動くには、まだ舞台が整っていないと思うよ。……それに、君は今の学園の子供達にとっては強すぎる」
「……そうか、それもそうだな。」
肩を竦めて赤髪の男は退いた。だが、その瞳にはなおも愉悦が灯っている。
代わって、白銀の髪の女性が椅子の背から身を起こす。彼女の動きは静かで、だがそれでいて周囲の温度が一度下がったような錯覚を与えるほど冷ややかだった。
「……観測が先ね。接触はその後。あくまで誤差だと、そう言ったでしょう?」
「ああ。まだ芽の段階だし引っこ抜くには早いよね。けど……掌で転がすくらいは良いんじゃない?」
金髪の男が、指先で机の上でなぞるようにしながら呟く。そこには何もない。ただ、その仕草の中には見えない未来を撫でるような思索が滲んでいた。
「誰か送り込むの?」
白銀の髪の女性が、卓上に組んだ指をほどきながら問うた。その声音は冷静で、だが確かな警戒の色を帯びていた。
「う~ん、その辺のそこそこできる奴とか送っとく?今のあっちの戦力も確かめたいし」
金髪の男が気軽な調子で応じる。言葉こそ軽いが、その目は笑っていなかった。
「でも昔から居る兄弟である龍使いは厄介よ。」
白銀の髪の女が言うと、赤髪の男が口を開いた。
「彼らか……そもそもの龍の導の出力がおかしいのだがな」
「そんな導を極めてるあの二人も化け物だと思うよ。あぁ、また殺り合いたいなぁ」
「それに、《《あの時》》の青年が学園長っていう情報も来てるし」
白銀の髪の女性が口にしたその言葉に、場の空気が一瞬、張り詰めた。
「へぇ……あの青年が、ねぇ」
金髪の男が椅子にもたれ直し、腕を組む。
「あの時もヤバかったよねぇ。彼が中心なら……あの学園、やっぱ侮れないね」
「ならば、余計にそこそこの奴では駄目ではないか?」
赤髪の男の言葉に、沈黙が落ちた。それは同意の合図でもあり、慎重な選択を求める間でもある。
金髪の男は指先を石卓に軽く打ちつけながら、思案するように宙を仰いだ。
「どうしようかな……あっ。怨骸とかどう?僕ら七台筆頭とまでは行かないけど、強いよね」
赤髪の男が眉をひそめた。
「怨骸、か。良いんじゃないか?奴の闘い方はまぁ厄介だしな」
「じゃあ決まり~」
金髪の男は口角をわずかに上げた。
「……龍使いと学園長、そしてあの気配を放った誰か、ね」
白銀の髪の女性が呟くように言った。その指先が石卓の縁をなぞる。まるで、思考をなぞるかのように。
「向こうはまだこちらの全体像を掴めていない。」
「だからこそ、今のうちだよね。分断して、揺らして、焦らせて──」
金髪の男は、卓に置かれた砂時計を逆さにした。さらさらと音を立てて落ちる砂粒は、静寂の中でやけに大きく響いた。
七つの椅子は、今日も四つが空席のまま。だが、集った三人だけで充分だった。
神の片鱗。闇の導。その周囲にいる者たち。全ては正の掌にある。次の一手は既に打たれた。歯車は確実に狂い始めていた。




