第10話 和風イケメンとふわふわ天使
扉を開けた瞬間、教室のざわめきが一瞬だけ止まり、全員の視線がこちらに集まった。その数秒間が、妙に長く感じられる。
俺たちは軽く頭を下げて、空いている席を探す。どうやらまだ始業前の自由時間らしく、あちこちで話し声が飛び交っていた。
(それにしても……教室の作りが、まるで大学みたいだな)
横に広がった空間に、階段状に配置された机と椅子。黒板ではなく、前方の壁には大きなホワイトボードが設置されていた。一つ一つの机はゆったりしていて、個人スペースが広めに取られているのも印象的だ。
咲弥と並んで後方の空席に腰を下ろすと、隣の席から声がかかった。
「……あれ、君たち、同じ学校の子だよね? たしか、あの闇を出した人と、双剣の子」
声の主は、白い髪と淡い水色の瞳で和風の羽織をさらりと着こなす印象的な青年だった。彼は好奇心に満ちた表情でこちらを見ている。
「僕は白斂 叶多。よろしくね。あの闇、正直凄く怖かったけど、同時にすごく綺麗だった。君、あれ自分で制御してるの?」
「いや……まだ完全には」
少しだけ困ったように笑って答えると、叶多は興味津々といった様子で何度も頷いた。
「そっかそっか。まあ、制御できるようになったらぜひ見せてね。僕、そういうの研究するの好きなんだ」
「あ、ああ……機会があれば」
和風な雰囲気で物静かな見た目と反して、やたらと距離感が近いタイプのようだ。
「ふふっ……みんな仲良しなんだね」
そのとき、前方の席からふわりと振り向いた少女がいた。教室の光が、その姿をやわらかく照らし出す。
透き通るようなラベンダー色の瞳が、やさしくこちらを見つめていた。彼女の長い髪はふわふわとしたウェーブがかかっていて、淡い桜色。サイドには小さな編み込みが施され、そこに花と羽根の飾りがそっと添えられている。
一目見ただけで、まるで童話の中にいるような錯覚に陥る。
白とパステルピンクの色合いを基調とした、巫女風のドレス。花びらのように広がるスカート、袖口のベルスリーブ、腰元の光る宝石の飾り……そのどれもが、彼女の幻想的な雰囲気を引き立てていた。
その少女は、常に微笑んでいるかのような柔らかな表情で、囁くように続けた。
「私は小鳥遊 珠璃、よろしくね♪」
その声は鈴の音のようにやさしく響いて、教室のざわめきの中でもはっきりと耳に残った。
俺は思わず姿勢を正しながら、小さく会釈する。
「よろしく。俺は、天帝 宵。こっちは…」
「咲弥だ。これからよろしくな」
「宵くんに咲弥くんね」
珠璃の目が、まっすぐに俺たちを見つめてくる。その視線には、探るような鋭さも、詮索じみた興味もない。ただ、穏やかで、温かくて、だからこそ逆に心を見透かされているような、不思議な感覚になった。
「ふたりとも、今日は制服なんだね。懐かしい感じ」
「ああ……うん。今日は一応、初日ってことで」
俺が答えると、珠璃は小さく「なるほど」と頷く。彼女自身は、さっきから見惚れてしまいそうになるような巫女風の私服姿だ。よく見れば、隣の叶多も和風の羽織に緩い袴風のパンツという、個性的な格好をしていた。
(そういえば、この学園って制服ないんだっけ……)
周囲を見渡しても、生徒たちの服装は様々だった。ラフな私服からフォーマルな装いまで、まるで文化祭の日の教室のような自由な雰囲気。
「この学園ではね、自分らしくあることが大切なんだって。だから服装も自由なんだよ」
珠璃がそう補足するように微笑む。
和やかなやり取りの最中、教室のドアが開いた。足音が一つ、教室の奥へと進んでくる。
「……あ、先生来たみたいだね」
珠璃がそっと前を向き直る。
視線の先に現れたのは、一人の女性教師だった。グレーベージュのスーツに黒色のカットソーで、長い髪を後ろで緩く結っている。年齢は二十代後半ほどだろうか。柔らかくも芯のある佇まいで、教室の空気がすっと引き締まっていくのがわかった。
彼女は教壇の中央に立つと、生徒たちを一瞥し、静かに口を開いた。
「皆さん、おはようございます」
その声は澄んでいて、けれど芯がある。自然と生徒たちの喧騒が収まり、静けさが教室を包んだ。女性教師は、前に進み出て微笑む。
「私は今日から皆さんの担当となる、セリエ・ミルフィリアです。呼び方はセリエ先生で構いません。ちなみに生まれは西欧の方です」
その口調は穏やかだったが、どこか緊張感をはらんでいた。それが伝染したのか、教室の空気に一瞬、ぴりりとした張りが走る。
「さて、皆さん」
セリエ先生はゆっくりと教壇に手をつき、全員を見渡す。その瞳は、ただ優しいだけではない。何かを見極めようとするような、鋭い光を帯びていた。
「この学園には、さまざまな才能が集まります。そして同じ導でも系統や出力が違う。だからこそ、私はまず……」
一拍、言葉を区切って、口元を引き締める。
「――あなたたち自身の力を、この目で直接見せてもらいます」
教室の空気が凍った。
「見せるって……え、まさか……」
ざわめきが走る。隣の咲弥が、小さく眉を上げた。
「具体的には、今から実技試験を行います。個人戦、あるいはペアによる模擬戦闘。実力をはかるには、実戦が最も効率的で正確ですから」
「ちょ、ちょっと待ってください先生、初日からって……!」
前方の女子が声を上げるが、セリエ先生は微笑を崩さない。
「心配はいりません。もちろん、命に関わるような戦いは許可しませんし、必要に応じて結界や安全措置は施されます。大怪我を覆いそうな場合は私が防ぎます。けれども――」
彼女の視線が、ひときわ鋭くなった。
「この学園に来たということは、それだけの力と覚悟を持っているという証。私はそれを、信じています」
静まり返る教室の中、誰もが息を飲んでいた。
(実戦形式……初日からか)
宵は、自然と拳を握る。隣では、咲弥がふっと笑った。
「宵。面白くなってきたな」
「……ああ。逃げ道はなさそうだ」
教室のあちこちで、生徒たちがざわつき始める。緊張、期待、不安、そして高ぶり――それぞれの想いが、ひしひしと空気に滲んでいた。
「あぁ。それと、非戦闘系の人は実戦ではない別の方法で実力を見させてもらいます」
セリエ先生は一歩下がり、静かに言葉を締めくくる。
「さあ――ようこそ審神者学園へ」
新たな試練の幕が、静かに、だが確実に上がろうとしていた。
■今話から第2章の幕開けとなります。「戦闘多くね」と思う人沢山いると思いますが、僕はバトルシーンを書くのが大好きなので、読者の皆さんもついて来てくれると嬉しいです