第二章-3
「ミャオーーー!!」
俺は、ミャオの前に飛び出し、自分の体を盾にするように、両腕をクロスして構えた! 迫りくる巨大な鉄槌! 恐怖よりも、彼女を守らなければという想いだけが、俺を突き動かしていた!
ゴッ!!!
世界が、白く染まった。
左腕に、骨が砕け、肉が潰れる、想像を絶する激痛と衝撃。全身の神経が焼き切れるかのような感覚。
「ぐっ……ぁあああああっ……!!」
立っていられない。意識が飛びそうだ。それでも、俺は倒れるわけにはいかなかった。俺が倒れれば、ミャオが……!
「ジョージ……!?」
俺の後ろで、突き飛ばされて倒れていたミャオが、信じられないものを見るような目で、俺を見上げていた。血を流し、左腕をだらりとさせ、それでもなお、自分を庇って立ちはだかろうとする、俺の姿を。
「あんた……なんで……バカ……!」
その声が、妙にクリアに聞こえた。
(……バカ、か……本当に、そうかもな……)
だが、後悔はなかった。プロデューサーとして、いや、一人の人間として、仲間を見捨てることなんてできなかった。
(……ミャオ……無事か……? あいつのダンスには……特別な力が……)
ふと、以前のレッスンの光景が脳裏をよぎった。俺が彼女のダンスに「何か特別な、原始的なエネルギーを感じる。まるで古代の儀式みたいだ」と感想を漏らした時のことだ。
『フン、ウチの一族に伝わる古い舞の名残りだ! 戦巫女だかなんだか知らねーが、古臭くてくだらねぇ! あんなもん、アタシのダンスじゃねぇ!』
そう、珍しく吐き捨てるように言っていた、あの時のミャオの少し寂しそうな、そして何かを否定するような強い眼差しを、なぜか今、鮮明に思い出した。あれは、ただの強がりじゃなかったのか? 本当に、彼女の中には、彼女自身が「くだらない」と切り捨てるような、特別な力が眠っているというのか……?
その時だった。
ミャオの中で、何かが激しく燃え上がり、そして弾け飛ぶような感覚があった。
「ジョォォージィィィィッ!!」
それは、今まで聞いたこともないような、魂からの絶叫だった。怒りか、悲しみか、後悔か、それとも……。
ミャオの全身から、オレンジ色のオーラが、制御不能なほどの奔流となって爆発的に噴き出した! そのオーラは、燃え盛る炎のようであり、荒れ狂う獣のようでもあった。彼女の金色の瞳は、人間離れした光を宿し、爛々と輝いている。髪は逆立ち、指先からは鋭い爪が伸び、口元からは鋭い牙が覗いていた。それはもはや、いつもの勝気な猫娘ではない。古より伝わる、爪牙族の「戦巫女」が、その身に宿したかのような、圧倒的な気迫と力!
「テメェェェェ!!!!」ミャオは、地を這うような低い声で、ゴーレムを睨みつけた。「よくも……よくも、ジョージをォォォォォ!!!!」
覚醒した戦巫女が、守護者に牙を剥く!
「ミャオちゃん……!?」
「あれが……あの子の、本当の力……!?」
リリアとセレネも、ミャオの豹変ぶりに息を呑む。だが、今は驚いている場合ではない。ジョージは瀕死だ。ミャオも、あの状態が長く続くとは思えない。
「リリア! 俺の手当てを!」「セレネ! ミャオの援護を頼む!」
俺は、朦朧とする意識の中で、最後の力を振り絞って指示を飛ばした。
「は、はいっ!」「……承知しましたわ!」
リリアとセレネも、覚悟を決めた表情で頷く。
リリアは涙ながらにジョージに駆け寄り、癒しの力を歌に乗せようとする。セレネも杖を構え直し、覚醒したミャオを援護すべく、再び魔法の詠唱を開始する。
そして、覚醒したミャオは、もはや言葉を発することも忘れ、ただ本能のままに、復讐の獣と化して、巨大なゴーレムへと再び襲いかかった!
「グルルル……オオオォォォッ!!」
もはや人間の言葉ではない、獣の咆哮を上げながら、ミャオが巨大な魔法ゴーレムへと襲いかかる! 全身から噴き出すオレンジ色のオーラは、まるで彼女自身が燃え盛る炎の塊となったかのようだ。そのスピードは目で追えず、金色の閃光が遺跡の暗闇を切り裂く!
これが……『戦巫女覚醒・爪牙乱舞』! 彼女の中の古の力が解き放たれた姿!
ガギン! バキィッ! ゴンッ!
覚醒したミャオの攻撃は、先ほどまでとは比較にならない破壊力を持っていた。鋭い爪(に見えるオーラの斬撃)がゴーレムの硬い装甲を切り裂き、重い蹴りが鈍い音を立てて装甲を凹ませる! 嵐のような猛攻! ゴーレムも巨大な腕を振り回し反撃するが、ミャオはその全てを獣のような勘と反射神経で回避し、さらに激しく攻撃を叩き込んでいく!
「ミャオちゃん……!」
リリア・ヴィリディエルは、俺の手当てをしようと駆け寄ってきていたが、ミャオの壮絶な戦いぶりに息を呑み、そして、涙ながらに歌い始めた! それは、第一次審査で見せた『銀葉の子守唄』のメロディをベースにしながらも、もっと力強く、仲間を鼓舞し、守護するような、祈りの歌だった!
「♪~~~!」
不思議なことに、リリアの歌声が響くと、ミャオの動きがさらに鋭さを増し、オレンジ色のオーラが一層強く輝きだす! 同時に、ゴーレムの動きがわずかに鈍り、赤い瞳の光が揺らいだように見えた! リリアの歌には、やはり特別な力が宿っているのだ!
「わたくしも、いつまでも下僕に頼ってはいられませんわね……!」
セレネ・フォン・アビスゲートも、覚悟を決めた表情で杖を構え直し、最大級の攻撃魔法の詠唱を開始していた! 彼女の周囲に、深紅と漆黒の魔力が渦巻き始める!
「深淵の炎よ、我が声に応えよ! 敵対する愚者を焼き尽くせ! 『アビス・フレア』!!」
セレネの杖先から放たれたのは、全てを飲み込まんばかりの巨大な漆黒の炎の奔流! それはゴーレムの巨体を真正面から捉え、凄まじい熱量でその動きを完全に封じ込めた!
「今だ! ミャオーーー!!」俺は、残った力で叫んだ!
「うおおおおおっ!!」
ミャオは、リリアの歌声による力の増幅と、セレネが作り出した最大のチャンスを逃さなかった! ゴーレムの胸部、わずかに露出していたコアめがけて、最後の力を振り絞った飛び蹴りを叩き込む!
ズガァァァァァン!!!
遺跡全体が揺れるほどの轟音と共に、巨大なゴーレムは内部から爆発するように砕け散り、その残骸は鈍い音を立てて床に崩れ落ちた。そして、動きを完全に止めた。
「……はぁ……はぁ……やった……ぜ……」
覚醒が解け、オレンジ色のオーラが収まると同時に、ミャオはその場にへたり込んだ。全身の力が抜けきり、荒い息を繰り返している。リリアも歌い終えて膝をつき、セレネも魔力を消耗しきったのか、杖を支えに肩で息をしていた。
そして俺は……激痛と安堵感で、意識が遠のきかけていた。
だが、その時。
ゴーレムが守っていた巨大な石の扉が、ゴゴゴ……と地響きのような音を立てて、ゆっくりと開き始めたのだ。扉の向こうからは、これまでとは比較にならないほど清浄で、そして力強いマナの奔流と共に、柔らかな光が漏れ出してくる。
「…祭壇……!」セレネが呟く。
扉の奥には、広大なドーム状の空間が広がっていた。天井からは月光が差し込み、空間の中央には、複雑な模様が刻まれ、淡い光を放つ巨大な円形の祭壇が鎮座していた。ここが、第二次審査の最終目的地だ。
しかし、俺たちの状態は最悪だった。俺は左腕が使い物にならず、意識も朦朧。ミャオは消耗しきって立つのがやっと。リリアとセレネも、体力・魔力共に限界に近い。
しかも、祭壇のある広間に足を踏み入れた瞬間、対面に設置されていた複数の魔法水晶が起動し、淡い光を放ち始めた。遠隔監視装置だ。水晶の表面には、険しい表情をした審査員たちの顔がぼんやりと映っている。
『……チーム『セレスティアル・ノート』。制限時間ギリギリでの到着、確認した。しかし、その有様は何だ? 特にリーダーの負傷は深刻と見えるが……』
水晶から、冷たく、非難するような響きを持った声が聞こえてきた。『その状態で、本当にパフォーマンスを行うつもりかね? 棄権するなら今のうちだぞ?』
絶望的な状況。誰もがそう思っただろう。リリアは俯き、ミャオは悔しそうに唇を噛み、セレネも厳しい表情で押し黙る。
だが……。
「……やります」
俺は、残った右手で体を支え、リリアとセレネに肩を借りながら、なんとか立ち上がった。左腕の激痛で視界が明滅する。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
「俺たちは……やります。必ず……!」




