第8話 魔物フェスティバル前夜は、てんやわんやの大騒ぎですわ!
「クラリス嬢、本気で言っているのか? 我らが『王都魔物ペット保護団体(仮)』の出し物として、プクプクの『涙の早貯め選手権』を王太子殿下にご提案するなど……」
ラミロは、クラリスが意気揚々と掲げた企画書(表紙にはキラキラした星のシールが貼ってある)を見て、こめかみを抑えた。アンドリューの後援(という名の全面的な巻き込まれ)により、クラリスたちの団体は、なんと年に一度の「王都魔物フェスティバル」に特別枠で参加できる運びとなったのだ。しかし、その知らせは、王都の伝統ある魔物使いや貴族コレクターたちの間で、大きな波紋を呼んでいた。
「まあ、ローゼンフェルトのお嬢様の道楽も、いよいよここまできたか」
「魔物の品位を貶めるおつもりかしら」
そんな陰口が聞こえてきても、クラリスはどこ吹く風。「見てらっしゃいな、わたくしたちの魔物こそ、真のスターですわ!」と、逆に闘志を燃やしている。
そして現在、活動拠点である納屋(アンドリューが手配した少し広めのもの)では、フェスティバルで披露する演目の企画会議が、熱気とカオスの中で行われていた。
「ラミロ様、プクプクの涙は、それはそれは美しいのですわよ! まるで朝露に濡れた宝石のよう! きっと観客の心を打ち、募金箱も潤いますわ!」
「涙で金銭を要求するのはいかがなものかと……それに、プクプクは最近、ラミロ特製のおやつのおかげでご機嫌な日が多いので、泣かせるのに苦労するかもしれません」文官アルフレッドが冷静に指摘する。
「ならば、モフの『マッスル魔狼・障害物食い競争』はいかがでしょう! 障害物の代わりに、最高級の骨付き肉を配置するのです!」
「それはただの早食い競争では…あと、予算が…」アルフレッドが再び頭を抱える。
結局、アンドリュー(「あくまで王都の治安維持のため、出し物の内容を事前に把握しておくだけだ」と視察に来ていた)の鶴の一声(という名の「却下!」の連発)と、ラミロの現実的な調整により、演目は以下のラインナップに落ち着きつつあった。
オープニングアクト:オンチーヌの『愛と勇気のテーマソング』(ただし、アンドリューの強硬な主張により、美しいBGMを流し、オンチーヌは口パクで情熱的に歌い上げるフリをする、という斬新な演出に)
チマチマの『イリュージョン・スリリング・アワー』(観客から借りたハンカチから鳩を出す…はずが、練習では毎回なぜかラミロの靴下が出てくる。本番では成功するのか!?)
グリまるの『勇気のファーストフライト・チャレンジ』(地上50センチの平均台を、ラミロと騎士コンラッドが両側から「飛んでる飛んでる!」と煽てながら渡り切る、手に汗握るスペクタクル!)
モフ&プクプクの『仲良しアニマル玉乗りサーカス』(巨大な玉の上で、モフがプクプクを背負ってバランスを取る…練習では9割方転げ落ち、クラリスの悲鳴が響き渡る)
フィナーレ:クラリスと魔物たちによる『心はひとつ!友情のダンスパフォーマンス』(クラリスが考案した独創的すぎる振り付けに、魔物も騎士も文官も必死でついていく)
衣装作りは、クラリスの「もっとキラキラ!もっとフリフリ!魔物の可愛さが最大限に引き立つデザイン!」という指示のもと、アルフレッドが不眠不休で(そして時折、前世の記憶から飛び出すクラリスの専門用語に首を傾げながら)デザイン画を描き、街の仕立て屋に「これは一体何の衣装ですか」と訝しがられながら発注された。小道具作りは、チマチマの盗癖…もとい、手先の器用さが遺憾なく発揮され、ガラクタ同然の素材から次々とユニークな品々が生み出されていく。
しかし、そんな彼らの前向きな努力を嘲笑うかのように、不穏な影も忍び寄っていた。ゲンドーの手下らしき男たちが、練習場所の周囲をうろつき、時にはモフの餌にこっそり何かを混ぜようとしたり(ラミロが即座に見破り事なきを得た)、ピュリファイア教団の信者たちが「魔物の祭典は神への冒涜!」と書かれたビラを撒いたり、練習の音にかき消されるような小さな声で呪詛を唱えたりするようになったのだ。
「ふん、あんな素人芸、フェスティバルの恥さらしだぜ。当日、せいぜい笑いものになるがいい」
ゲンドーのそんな声が、風の噂でクラリスの耳にも届いた。
「負けませんわ!」クラリスは拳を握りしめた。「わたくしたちの活動は、決して道楽なんかじゃありませんもの。魔物だって、人と心を通わせ、共に笑い、共に生きることができる。それを、このフェスティバルで証明してみせるのです!」
その言葉に、ラミロは静かに頷き、騎士たちは「お嬢様のためなら!」と力こぶを作り、アルフレッドは(また無茶なことを…でも、やり遂げてしまうんだろうな、このお方は)と遠い目をした。そして、モフはクラリスの足元にすり寄り、プクプクは彼女のドレスの裾をぎゅっと握りしめ、チマチマはどこからか見つけてきた綺麗なガラス玉をクラリスに差し出し、オンチーヌは(音程は外れているが)励ますように高らかに歌い、グリまるはクラリスの肩にそっと頭を乗せた。
アンドリューは、そんな彼らの様子を、少し離れた場所から複雑な表情で見守っていた。最初はただの厄介事だと思っていたクラリスの「趣味」が、いつの間にか多くの人間と魔物を巻き込み、一つの大きなうねりを生み出そうとしている。その中心にいるクラリスの、太陽のような笑顔と、決して諦めない強い意志に、彼は知らず知らずのうちに惹きつけられている自分を、まだ認めたくはなかったが。
フェスティバル前夜。準備はギリギリまで続き、納屋内は興奮と寝不足と、そして魔物たちの様々な匂いで満たされていた。
「モフ、明日は一番カッコいいところを見せるのよ!」
「プクプク、もし泣きたくなったら、わたくしの胸で思いっきり泣いていいからね!」
「チマチマ、お客様の懐中時計は、絶対に消しちゃダメよ!」
「オンチーヌ、口パクでも魂を込めて歌うのよ!」
「グリまる、明日はきっと、ほんの少しだけ高く飛べるわ!」
クラリスは、一匹一匹に声をかけ、その頭を優しく撫でた。
ラミロが最終的な魔物たちの健康チェックを終え、アルフレッドが小道具のリストを手にため息をつき、騎士たちが持ち場の警備計画を再確認している。アンドリューも、騎士団長としてフェスティバル全体の警備体制について、部下たちと詰めの協議を行っていた。
誰もが、期待と不安で胸を高鳴らせている。
その頃、王都の暗がりでは、ゲンドーが手下たちに何やら不敵な指示を出し、ピュリファイア教団の秘密の集会所では、教祖エルピスの狂信的な声が響いていた。
「明日は、魔物とその信奉者どもに、神の鉄槌を下す聖なる日となろう……!」
決戦の朝は、もうすぐそこまで迫っていた。