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朝、時計の針は6時半を回っていた。
リビングのソファーで横になっていたベンは、両端の肘掛に頭と足を乗せ、寝息を立てていた。
すると、突如振動が起き、反射的に目が覚めた。
目の前にリアムが立っており、瞼が重いベンを見下ろしていた。
「起きろ、飯食いに行くぞ」
リアムがソファーの足を蹴ったことに、寝起きの頭で理解するのに少々時間がかかった。
ベンは、テーブルに置いてあるスマホを手に時間を目にする。
「3時間も寝れてない…」
ボソッと苦言を漏らすベンを気にすることなく支度するリアム。
「早くしろ。朝からやることが多いんだ」
彼に急かされ、仕方なく気怠い体に無理やり鞭を入れた。
――連れてこられたのは、古い喫茶店。
そこには貫禄のある中年男性がカウンターに立っていた。
目つきは悪く、坊主頭に濃い顎ひげ、Yシャツに黒の腰エプロンをしている。
店内に入った時から目をつけられ、早朝から気分が悪い。
2人はカウンターに座ると、すぐさまブラックコーヒーを出された。
「この店では、ミルクやシロップは厳禁、残すのもダメだ。
嫌でも飲めよ。
あッ、いつもの頼む」
リアムが代弁すると、店員はベンに声をかける。
「注文は?」
「じゃあ、同じものを…」
恐る恐る返答すると、強面の店員は奥の厨房に立ち、調理を始めた。
「今日の依頼をこなす前にまず武器の調達からだな。
特別お前の分を見繕ってやる」
「んッ? 依頼をこなす!?」
リアムの発言が引っかかり、ベンは、つい反応してしまう。
「もしかして、オレもやるのか?」
「そうだが?」
「話が違くないかッ!?」
思わず声を張り上げてしまい、念のため厨房に立つ店員に視線を向けると、彼の鋭い横目が合ってしまった。
そして、まな板の上には、腹を裂かれたイワシがあり、彼の持つ包丁の刃から血混じりの水滴がポタポタ垂れていた。
「…おいッ! オレを守るって話はどこ行ったんだよッ」
ベンは、萎縮しながらもリアムに抗議する。
「どこにも行ってないさ。
ローラを討伐するまでの間、お前を守る。
だが、お前は成り行きであれこの業界を知ってしまった以上、最低限の基礎知識くらいは学ばなければならないだろ?」
「命を狙われてるんだぞッ!?
なんでわざわざ危険を冒す必要があるッ!?」
「万が一、オレが殺されたとして、お前がローラと対峙することになったらどうする気だ?
護身用として武器を持っていたとしても、実践経験の無いお前が、ローラから逃げ延びられる確率は何パーセントだ?」
リアムに正論を解かれ、言葉が詰まる。
「自分の身を守るためにも、少しでも経験を積んだ方が良いとは思わないか?」
彼の理詰めに、苦し紛れの反論を示す。
「オレはッ、片腕がないんだぞ?
左腕が利き腕だったら、まだなんとかなったかもしれないけど――」
「だったら、この短期間でどうにかするしかない。
利き腕とまではいかなくても、片腕での対処法を身につけるしかない」
不安なベンをよそに、リアムは、コーヒーを一口含む。
ベンもつられてコーヒーを一口飲むが、苦い表情を浮かべる。
「…普通の銃じゃダメなのか?」
「もちろん、専用の武器ってのがある。
まあ銃の場合は弾なんだがね」
そう言って、リアムも更にコーヒーを口にし、厨房に立っている店員に目をやる。
「彼は、グレイソン•パルマー。
ここのオーナーであり、武器商人だ。
パルマーとは、長い付き合いでね。
よく贔屓にしてもらってる」
ベンは落ち着くために、タバコケースを取り出すが、慣れない左手に苦戦し、なかなかケースを開けることが出来ず、イライラし始める。
それを見かねたリアムが、代わりにケースを開けてみせる。
気を使ってくれたのかと思いきや、そこから1本取って口に咥えた。
「何、お安い御用だ」
ペンは、しばらく睨みつけるが、リアムは肩をすくめて、平気で火をつけた。
それにため息を漏らし、ベンは、諦めて自身もタバコを手に取る。
「心配するな。
オレの若い頃に比べれば、お前はまだ恵まれてる方だ。
お前の年頃の時なんて、誰も助けてくれなかったぞ」
そう言って煙を吐き、置いてあった灰皿に軽く灰を落とす。
すると、料理が出来上がり、パルマーが一品ずつカウンターに置いていく。
その料理を目にしたベンは絶句した。
4匹の魚の頭が生地から顔を出し、8つの白目が天井を見上げていたのだ。
「不安だと言うなら、目の前のことに夢中になれ。
先のことばかり気にしていてもどうにもならない」
人生の先輩がフォークで魚の頭を刺し、口に運ぶ。
「土壇場で自然に無意識で対処出来るようになるまで、技術や知識を備えておくしかない。
だから、今は飯を食うことに集中しろ」
骨を気にせず食す彼に、ベンは、開いた口が塞がらなかった。
食べながら淡々と語っている中、ベンは、白目の魚としばらく見つめ合っていたのだった。
――食事を済ませ、店の奥を通された2人は、ある一室に案内された。
金網のロッカーの中には、機銃が何丁も備わっており、部屋の中央にテーブルが設置されていた。
これだけの銃があれば、テロ組織に間違われてもおかしくない。
パルマーは、その中から一丁だけ手に取り、テーブルの上に置く。
「グロック。まあ、妥当だな」
リアムが呟いているうちに9mm弾ケース、ライトサプレッサー、胸部用ガンホルダー、篭手用の仕込みナイフ等々、次々と用意される。
「片手でも扱えるし、十分だろ」
ベンは、ケースから一発だけ取り出し、 まじまじと見つめる。
その弾丸は、先端が白くざらついており、見たことがなかったため、珍しく感じた。
「これが、特別性なのか?」
「その通り、こいつは“骨灰”でコーティングされたゴム弾だ」
「コツ…、えッ?」
「“人骨”だよ」
「はッ!?」
弾丸の秘密に驚愕し、つい指から落としてしまう。
「じッ、人骨ゥッ!?」
聞き間違いであってほしいと願い再度聞き返す。
「そうだよ――ッと」
リアムは、床に転がった弾丸を拾って話を続ける。
「どういう理屈か知らんが、疳之虫ってのは、人骨に触れると炎症反応を起こす。
これでダメージを与えて相手を追い込むんだ」
「人骨って、まさかッ、墓荒らし――」
「その通り、その他にも自殺スポットだったり、殺しの隠蔽だったりで死体を回収し、火葬する。
そして遺灰から炭素だけ抽出して、ダイヤモンドを生成するんだ」
「はッ!? ダイヤッ!?」
「そう、そのダイヤの原石を乖燠石と呼び、それを加工して武器を作るんだが、その際に出てきた粉末がこの弾丸となるわけだ」
リアムは、弾をケースに戻すと、武器の生成方法にベンはポカンとしていた。
「…よく公にならないで済んでるな」
「国が裏で容認してるからな。
土葬だと環境汚染になるし、感染症も引き起こす可能性がある。
宗教や倫理どうこう騒いでる場合じゃないんだよ」
「もしかして世の中に流通しているダイヤって…」
「あるぞ? 鉱山を掘るよりも墓を掘った方が早いし、コストもそんなにかからない。
中には、知っていて欲しがるコレクターもいるほどだしな」
驚きの連続中、あることに気づき、腕を組んで仁王立ちしているパルマーに目をやる。
「言っておくが、俺は商人であって職人じゃねえ」
ベンに対して、そんな目で見るなと、言わんとしていることを察し、寡黙な男が口を開いた。
「それに、このご時世だ。
当然のように情報統制されている。
都合の悪いことが防犯カメラに映ろうが、SNSにさらされようが、すぐになかったことにされるよ」
リアムは、そう言って置かれたグロックをベンに手渡す。
「だからこそ、オレ等エクソシストが動けるのさ」