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: 2p.

――夜が更ける頃。


「ちょっと散歩してくる」


アパートの3階の一室からベンがドアを開ける。


外に一歩踏み出した途端、後ろから両腕が伸び、腹部を抱きつかれる。


「子供が出歩いちゃいけないんだぞ〜」


下着姿の女性が、甘い声でベンを部屋に引き止めようとするが、彼は穏やかに対応する。


「私も行こっかな〜」


「それこそ良い女が出ちゃまずいだろ」


そう言って腕をほどき、ふてくされてる彼女を置いて部屋を出た。


雨は止んでおり、白い濃霧が夜の都を覆う。


視界の悪い中、怪しい影が通りすがりの人々を霧に誘うため手招きする。


近寄れば最後引きずり込まれてしまい、二度と姿を現すことはない。


そういう意味も込めて“霧の都”と呼ばれている所以である。


そんな湿気の海を躊躇いなく進む一つの影。


ベンは、道中買い物を済ませ、紙袋に包まれた酒を抱えては、水たまりを臆さず踏みつける。


向かった先は、教会。


ドアを開けると長座席の列がずらっと並んでおり、その先は祭壇と無数の蝋燭に囲まれた十字架が飾られていた。


蝋燭の火で教会内を照らし、マリア像の表情も不気味さが増している。


前から3列目まで行き、座ってしばらく祭壇を見つめていると、老いた修道女が近寄ってきた。


「また来たのかい…」


溜息混じりの呆れ口調で話しかけられるが、彼は微動だにしない。


「だって懺悔すりゃ許してくれんだろ?」


「信仰心のないガキに救いなどないわ」


正論にベンはつい窃笑してしまう。


「スリ、喧嘩、喫煙に飲酒、罪を犯す度にここに来ても罪が帳消しになるわけじゃないんだけどね」


「いや〜、少しでも天国に行ける可能性を上げときたいじゃん?」


「罪悪感無い奴は何やっても無駄だよ」


修道女は、ベンの隣に座り、隠し持っていたスキットルを取り出しては、喉を鳴らしながら水分補給する。


「神の前で堂々と酒飲んで良いもんなのか?」


「信者は何やっても許されんだよ」


「チートやん。俺もなろっかな」


「無神論者が何言ってんだい」


微かにアルコールの匂いが鼻に伝わったので指摘するが、修道女は悪びれた様子はなかった。


それどころか、彼にスキットルを差し出され、彼女が何を求めているのかすぐに察し、紙袋からウイスキーを取り出しては、栓を抜いてこぼれぬよう少しずつ注いでいく。


「お前さん、すっかりこの町に染まったね」


()()()()というより()()()()()()()って感じかな」


ベンは瓶をラッパ飲みし、一息吐く。


「お前さんがロンドンに来て、そろそろ1年経つのか。

田舎から出てきたクソガキは、決まって良いように利用されて使い捨てされるのが定番だが――」


「そりゃコミュ力高いからね」


「コミュ力でどうにかなるもんじゃないだろ」


修道女は彼の呑気さにやれやれと首を振る。


「裏社会で教会に訪れるやつは、大抵野心のあるやつなんだが…、お前さん、何しにロンドンに来た?」


アルコールが頭に巡り、頬が火照ってきた彼は、十字架を見上げる。


「特に理由はないけど、ロンドンがオレを呼んでいた的な?」


「自惚れんなよ」


ドヤ顔の彼に突っ込むとベンは窃笑し、ウイスキーを口に運ぶ。


すると、背後からドアが開く音が鳴り響いた。


修道女が振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。


スレンダーで見窄らしい格好、靴を履いておらず、足元は泥水で汚れている。


その姿に気訝しく舌打ちし、重い腰を上げて少女に近寄る。


「どこから逃げてきたんだい? 面倒事は――」


ベンは気にせず、十字架を見つめていると、修道女の声が途絶えたことに気がつく。


気になって入り口の方へ目をやると奇妙な光景を目の当たりにした。


修道女は膝をつき、少女が抱きついていたのだ。


一見、少女が修道女に泣きついてるように見えたが、彼女の背中は痙攣しており、明らかに様子がおかしい。


まるで、締め付けられてるような――。


やがて、少女は修道女を放すと、老体が人形のように床に倒れてしまった。


ベンは目を見開き、一気に酔いが覚めては、すぐに腰に隠し持っていたトカレフを握る。


すると、少女は修道女の足を掴んでは、ベンに目掛けて豪速で投げ飛ばしてきた。


「なッ!?」


ベンは、避けきれずに直撃し、勢いを殺しきれず座席もろとも破壊され、祭壇まで吹き飛ばされてしまった。


「あッがッ…」


背中を強打したベンは、苦悶の表情で痛みに耐えながら腹部に乗っている修道女を退かす際、ベールで隠れていた顔が露わになっていた。


修道女は白目を向いており、開いた口からは唾液が垂れていた。


吐息は感じられず、その上、枯れた肌が青白くなっていたが、首筋の辺りだけ深紅に染まっており、肉が深くえぐれていたのだ。


すると、すぐそばに小さな足が現れ、いつの間にか少女がベンを見下ろしていた。


「うわッ!?」


ベンは驚いた拍子に死体を退かし、後退りする。


間近で見た彼女は、十代にも満たない幼さと同時に、どこか疲労感も感じる。


口の周りは、血によって白い肌が化粧されており、くちゃくちゃと咀嚼している。


そして何より印象的だったのが瞳だった。


黒いモヤがかった中に青白いモヤが見える。


まるで、青と白の染料の入った水に、黒い染料が周りを覆っているような――。


べちッ。


その時、少女が彼に向けて口から何か吐き捨てた。


それは、唾液まじりの血肉だった。


ベンは服にかかったそれをとっさに払い除け、右手に持つトカレフを少女に向けるが、すぐさまその腕を蹴られて照準をそらされてしまう。


だが、ベンはトカレフを離さず再度試みるが、少女からもう一蹴りお見舞いされる。


そして、その一撃は、先ほどとは威力が段違いだった。


「ギャァァァァァッ!!」


右腕は折られ、骨が肉を突き破ってしまったのだ。


今までに経験したことのない激痛にベンは絶叫し、床に倒れ込む。


少女は、そんな彼に容赦なく突き出た骨の箇所を何度も踏み潰し始める。


「がァァァァァッ!!」


喉が避けるほどの悲鳴を上げる。


「やッ、やめッ! あ"ァァァァァッ!!」


しかし、彼の望みに耳を傾けることなく、顔色を一つ変えることなどなく、ただ、虫を潰すように骨を砕き続けた。


ベンは彼女から離れるため、必死に抵抗するが、痛みに耐えきれず、力が入らない。


やがて青黒くなった骨折箇所を獣物のごとくかぶりつき、強引に筋がブチブチと切れていく。


そして、ついに彼の右腕は食いちぎられた。


少女の皮を被った怪物は、完全に分断された右腕を手に持ち、しばらく見つめる。


「あ"ッ…、ああ…」


ベンは、あまりの痛みに空いた口が塞がらず、二の腕から先のない現実に絶望していると、少女に胸ぐらを掴まれ、無理やり上体を起こされる。


少女は首をかしげ、なめ回すように彼を観察し始める。


彼女の口から漂う血生臭さが相まって、人外な瞳がより一層恐ろしさを増していく。


チュンッ!!


次の瞬間、彼女の肩に穴が開いた。


少女は咄嗟に入り口の方へ視線を送ると、そこには、ある青年が立っていた。


その青年は、中折れのハットにスカーフ、ロングコートの中にはベストを着ていた。


手袋をはめ、MK23サプレッサーの銃口がこちらを向いている。


少女は眉間にシワを寄せ、威嚇してみせるが、青年は臆することなく引き金を引く。


彼女は、瞬時にベンから離れ、銃弾を素早く避ける。


その際に、彼の腕を咥えて壁をよじ登り、銃弾から逃れるため、ステンドガラスを破って外へと退散していった。


脅威は去り、ベンは天井を見上げ、気が緩んだせいか、意識が一気に遠いていく。


腕を失い、出血多量で体温が下がっていく一方――。


止血しようが、もう手遅れである。


自分の人生は、ここで幕を閉じるのだと悟ったのであった。



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