: Ep.
微かに物音が聞こえ、ペンを止めた。
振り向くと、ベッドで上体を起こすベンの姿があった。
「ああッ! 無理しないでッ、ゆっくり――!」
僕は目を見開き、慌ててソファーから立ち上がる。
ここは、僕が少し前から寝泊まりしているホテル。
あの戦いの後、気絶したベンを連れ帰り、ベッドに寝かせ、安静にさせていたのだ。
「アンタは…」
「あッ、えっと…」
恐れていた局面に、僕は戸惑い、言葉を失う。
一旦、落ち着こう。
一呼吸入れ、ベッドの前まで近づき、まず自己紹介をすることにした。
「僕の名は、コナー•O•ボーンズ」
「それって」
「そう、僕は、君の兄だ」
言ってしまった…、ついに言ってしまった…。
「ごめんッ、反応に困るよね。
急にそんなこと言われてもさッ。
でも…、事実、なんだ…」
気まずい空気に耐えきれず、動揺してしまい、声のトーンが徐々に小さくなっていく。
「もしかして…、ずっとオレに話しかけていたのは…」
「ああ、そう、僕だよ。
疳之虫の暴走を止めるためにね」
事情を説明すると、頭の中を整理しているのか、しばらく沈黙が続いた。
「なんで、オレを助けた?」
「それは、大切な弟だし、それに僕は、エクソシストだからね」
「エクソシスト…」
「人を救うのが、僕の役目さ」
そう言って、僕は限界を迎え、親指で部屋の入り口の方へと指し示す。
「何か食べに行こうか。
歩きながら話そう」
僕の提案に彼は小さく頷き、動揺しながら仕度した。
――道中、色んな話をした。
両親のこと、小さい頃のベンのこと、修行時代やエクソシストとしての活動。
喋るにつれ、少しずつ気が楽になり、ベンも肩の力が抜けて、ぎこちなさが薄れていった。
目的地に到着し、ドアベルを鳴らすと、パルマーがカウンターに立っていた。
パルマーは、僕らを見て一言挨拶を交わし、黙ってコーヒーを差し出す。
変わらず愛想の無い接客態度だったが、気にせず話を続けた。
その時、ベンがコーヒーを口にした途端、カップを見つめ、パルマーに視線をやるが、彼は何も言わず、厨房へと歩いていった。
ベンは笑みがこぼれ、またコーヒーを飲み、僕の言葉に耳を傾けたのだった。
スクランブルエッグとトーストサンドを出され、ベンは久しぶりの食事でフォークの進みが早く、僕より先に食べ終わってしまった。
これが若さかと、10以上もの歳の差を思い知らされる。
この辺で切り出すか。
僕は、タイミングを見計らい、ある話を持ち出した。
「ベン、僕と一緒にロンドン出ないか?」
「はッ?」
唐突な誘いに、ベンはポカンと口を開ける。
「どこに行くんだよ?」
僕は、ニッと笑みを浮かべ、ある国の名を告げる。
「…」
それを聞いたベンは、しばらく黙り込み、考え込んでしまった。
「嫌なら別に構わないんだ。
ロンドンでの暮らしが気に入っているなら、僕は別に――」
「いいよ」
「…」
聞き間違いか、一瞬、固まってしまった。
「…え?」
「だから、“いいよ”って、“構わない”って」
想定外の返事に、少し心が浮かれる。
「確かに思い入れあるし、住みやすい街だったけど、しばらくここを離れて、気持ちを整理したい。
特に、この約1ヶ月、色々あり過ぎた」
確かに、ベンはまだ10代だし、感情が繊細な時期でもある。
先ほどのベンの話からして、彼にとっては、落ち着きのない日々だったことだろう。
「それにさ――」
ベンの視線が、僕の胸に向いた。
「貴重品は、手の届く場所に置いとかないとだろ?」
そう言って鼻で笑い、僕もつられて微笑んだ。
そして、ベンはマグカップを手にし、僕と向き合う。
「これからよろしく、“兄貴”」
僕は胸が高なり、同様にマグカップを持った。
「こちらこそッ、ベンッ」
軽く乾杯し、互いにコーヒーを飲んだ。
こうして、僕達兄弟は家族になり、一緒に旅立つこととなったのだが――。
「にッがァ…」
兄弟の杯は、あまりにも奥深かった――。




