: 3p.
「小僧、貴様の能力は、疳之虫を奪い、それを利用する力であろう?」
その疑問を霊弾で返事した。
僕の哭戎種は、疳之虫を払った際に発生する霊子を吸収し、分解された疳之虫を再生させ、我が物にする能力。
使い勝手の良い能力ではあるが、あまり使いすぎてしまうと霊圧が枯活してしまうなので、吸収した霊子のほとんどが貯蓄に回ってしまうのだ。
でも、基本的にこの能力を使わずとも、疳之虫だけでなんとかなってしまうので、エネルギー切れしたことは一度もないけどね。
奴が防戦に徹している中、チビとチャコは衝撃波を放ち、集中放火に加わる。
「ぐッ、おおおッ!!」
容赦ない猛攻に耐え続ける中、僕は、また呼びかける。
「ベンッ、聞こえてるんだろ!?
いつまで寝たフリをしてるんだ!!」
「はッ! 無駄だッ!! オレが出てきている時点で、いい加減諦めたらどうだ!?」
どうやら奴は、僕の狙いに気付いたようだ。
昔、両親が成し得られなかったことを、今、再び試みているということを――。
――深淵の奥、心層のさらに深い場所へと幽閉されたオレは、暗闇の中で横になっていた。
いや、正直なところ、寝てるのか立っているのかさえ自分の状況が把握できていない。
目が開いてるのかも、閉じているのかも、漆黒の空間にいたら理解できるわけがない。
何も聞こえないし、匂いさえも――。
ここまで感覚が機能しないとなると、もはや、自分が何者なのかも分からなくなり、どうでもよくなる。
いっその事、この闇と同化し、身を捧げた方が楽なのではないのだろうか。
何も感じず、何も考えぬまま、ただの無となって、このまま――。
――ッ。
…なんだ?
微かに、何か音が聞こえた気がした。
――ッ。
やはり、気のせいではない。
何かこもっているかのような、はっきりとしない“音”。
この無の世界に、音がどれだけ新鮮で、良い刺激であるか、ここまで有難みを感じたことはない。
興味が湧いているうちに、いつの間にか、その音の方へと近づいていった。
いや、その表現も正確なのかが分からない。
オレが近寄っているのか、向こうが近づいているのか、不思議な引力によって導かれていく。
「――ッ! ちッ」
防戦一方であった奴に変化があった。
奴の頭上に霊力の塊りが出現し、やがて円から三角形、多角形と、幾何学的な形へと変化していく。
そして、霊力の塊りが円環を作り、そこからさらに派生して同様の塊りを作り出した。
何か仕掛けてくると察した途端、犬達が僕の前に飛び出してきた。
すると、霊力の塊りから鋭利な槍が降ってきた。
その槍は派生した魂全てから伸びて、全方位無差別に壁や石柱を破壊していく。
僕を守るため、犬達は僕の盾となり、直撃を免がれたが、歴史的建造物の屋根に風穴が開いてしまった。
チャコが僕をかばって腹部を貫かれてしまい、チビが心配する声をあげる。
しかし、傷は、みるみる塞がっていき、すぐに復活を遂げ、奴に向けて殺気を放出させる。
そう、こういう事態に備えて、霊力を溜めておかないとね。
「ありがとう、チャコ。
助かったよ」
チャコの勇姿に感謝すると、一声吠えられた。
「12年の月日で、ここまで実力をつけたのは褒めてやろう。
己れの力を熟知し、再び俺に挑むその姿勢、評価に値する」
槍はゆっくり縮んでいき、霊力の塊りに収縮していく。
その際に瓦礫が崩れ、パイプオルガンから歪な音が放たれた。
「そして、貴様の能力まさかとは思うが、俺の片鱗も持っているのではないか?」
「…」
僕が黙り込むと、図星かと鼻で笑われた。
「やはりなッ!! 安心したぞッ!!
これでついに、俺は完全な存在になれるッ!!」
がなりの効いた笑い声が、教会内に響き渡った。
まるで、僕を倒したも同然みたいな、勝利確定みたいなことを言っているんだけど、果たして、思い通りになるかな?
「ベン、もう1つ教えてあげるよ」
僕は、ニッと笑みを浮かべ、ベンに語りかける。
「哭戎種には、真名があってね。
それが判明すれば、そいつを御することが出来る」
「無駄だと言っているだろうッ!!
もはや、この体は俺の――ッ!?」
すると、先ほどまでの余裕が一瞬で消え去った。
なぜなら僕の背後に大きな影が突如現れ、それは徐々に動き出し、長い首を上げて、奴に狙いを定めたからだ。
やがて、大きな口から熱気が込み上げ、火を吹き出した。
奴は、咄嗟に黒旗で防ぐと、霊力で出来た火炎を吸収しきれず、周囲に炎が広がり、暗かった教会内に明かりが灯った。
「――真名で疳之虫を制す。
それこそが齊辿体となる鍵だ」
黒旗で炎を薙ぎ払い、衝撃波で消火を済ませ、焼け跡から火の粉が舞う。
「きッ、きききッ、きッ――!!」
奴は声を震わせ、激しく動揺している。
それもそのはず、こいつは――。
「貴ッ様ァァァァァッ!!」
その姿に狂い、今まで見せたことのない怒りを露わにした。
「どこまで俺を愚弄する気だァァァァァッ!!」
姿を現したのは、紺色の鱗を纏った竜。
全長4m程ある巨体は、光沢を帯びており、鋭い爪や牙、強靭な四足に長い尾をうねらせる。
こいつは、元々、奴の一部だったのだ――。
僕は、我を忘れた奴に笑みがこぼれ、一気に流れが変わった。
あの時、犬達がベンの心臓を奪った際に、哭戎種の一部である虫の1匹も抜き取ったのである。
当時も今のように完全な堕辿体ではなかったため、まだ覚醒していないこの竜を奪うことができたのだ。
円陣が展開され、幾何学的な槍が一斉に襲いかかってきたが、今度は僕の足元から巨大な顎が出現し、丸ごと飲み込んだ。
犬に模した結界は、全ての槍を阻み、主人である僕を守った。
「ありがとう、“ジュン”。
頼りになるよ」
最後の一体、巨大な犬にお礼を言うと、喉の奥から太い低音の声が放たれ、結界内に轟く。
おお、響く響く。
チビとチャコが僕の安否を確認すると、奴に飛びかかる。
しかし、槍と黒旗に薙ぎ払われ、信者席を巻き込んでしまう。
そこへ竜の火炎放射が炸裂。
奴は、瞬時に幾何学的な結界を張り、業炎を耐え忍ぶ。
「我が竜よッ!! 本来守護すべき主君はオレだッ!!
オレの元へ戻り、完全な存在になろうぞッ!!」
竜に説得を試みるが、炎の威力はおさまらない。
「諦めなよ、もう僕のモノなんだから」
「貴ッ様ァァァァァッ!!」
奴の台詞をそのまま返し、更に激昂する。
奴が身動き取れない間に、結界の口がパカッと開き、そこから僕がベンに呼びかけた。
「ベンッ!! 君になら分かるはずだッ!!
疳之虫は鏡でありッ、自分の分身でもあるッ!!
君はどういう人間だッ!? 君のルーツはッ!?
君は一体――ッ」
――ッ。
声だ、声が聞こえる。
しかし、こもっていて何を言ってるのか聞き取れない。
ここには闇しかないというのに、分厚い壁がすぐそこにでもあるかのように、微かに音に近い声が耳に入ってくる。
何だろう? まるで、何かを訊かれているかのようなニュアンス。
――オ___、_二___?
あれ? この感じ、どこかで…。
――_マ__、__モ__?
ん?
――__エ_、___ノ_?
思い出そうとするたびに、少しずつではあるが、発音が感じ取れる。
――___ハ、____ダ?
だが、なぜか聞こえてくる声色は1つではなく、脳が困惑する。
――____、ナ____?
皆違う声、でも、前に会ったことのある気が…。
――___ハ、ナ___ダ?
そうだ…。
――__エハ、ナ__ノダ?
オレは…、ベン…。
――_マエハ、ナ_モノダ?
ベンジャミン•O•ボーンズ。
――オマエハ、ナニモノダ?
そして、お前は――。
「「アスモデウス」」
奴の口から真名が漏れ、本人もハッと何かを察した。
「まさか…ッ!?」
声を震わせているうちに、自身の体に異変が生じた。
黒旗を成していた霊力の繊維が急速に解けていき、みるみる体内に引き戻されていく。
「まッ、待てッ!! 俺はまだッ!!」
嘆いている間に、右腕は無くなり、肩の鎧、手足も見慣れた人の形となった。
それを見た僕は、安堵の息を吐く。
「くそッ! くそがッ!! クソがァァァァァッ!!」
断末魔の叫びをあげ、天を仰ぐ。
繊維状の霊力は、全て収束し、がなり声がやがて人の声帯へと変わると、宿主も本来の姿となった。
そしてベンは力尽き、その場に倒れ込んだ。
気絶した彼を見つめ、僕は長きに渡る戦いに終止符を打つことができたのだった。




