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「おい、 起きろ」
意識がはっきりしない中、反響したその声は、微かに耳に入ってきた。
冷水をかぶせられ、ビクッと反応し、目が覚めるが、まだ袋をかぶせられたままの状態で、周囲を確認できない。
「ぶふゥーッ、ぶふゥーッ」
その上、袋が湿ったおかげで呼吸が困難になり、今にも酸欠になりつつある。
手足も固定されているみたいで、自由がきかず、ひどく動揺してしまう。
すると、袋を乱暴に剥がされ、目に強い刺激を受けて反射的にひるんだ。
「よくもまあ、やってくれたな。
クソガキ」
その声の主は、すぐ目の前にいた。
視界が徐々に正常に戻り、椅子に座っているフレドリックが、ベンのグロックを持って話しかけていた。
「うちの店のブレーカーにタイマー式の発火装置なんか取り付けやがって…、おかげで後始末大変だろうが」
愚痴をこぼしている間に、ベンは冷静さを取り戻し、自分の置かれた状況を整理する。
ここは、どこかの工場のだろうか、埃をかぶった重機や機械があり、フレドリックの背後に3名の護衛がいる。
ベンは椅子に座り、手足を拘束されていいただけでなく、先ほど冷水をかけられたせいで、あまりの寒さに震えが止まらなくなっていった。
そして、両側には屈強な2人の護衛が立っており、凍えかけているベンを見下ろしていた。
「しかも用意周到ことで、逃走経路だけじゃなく、しっかり変装の準備までしてたとはな。
お前、スパイか何かか?」
彼の冗談に周囲はクスクス笑うが、ベンは、その問いに口を開かず。
「だとすると、こうも考えているはずだ。
“なぜ、見つかった?”ってな」
フレドリックは、グロックのカートリッジを外し、弾倉を確認しては再度装填する。
これはある意味、ちょっとした威圧だと察し、多少の反応はした方がいいと姿勢を改めた。
「残念なことに、うちには霊圧を感知できるやつがいてな。
半径50m圏内なら居場所を察知できんだよ」
おそらく銃弾が乖燠製だと気づいたのだろう。
霊圧という単語が出てきた時点で、ベンが疳之虫の存在を知っていると判断されたようだ。
「…なるほど、オレを待ち伏せすることができたのも、そのおかげか」
折られた骨の部分から痛みが徐々に引いてきており、完全復活まで少々時間がかかる。
この驚異的な再生能力がなければ、この状況で余裕など生まれなかった。
しぶしぶ発言し、慎重に言葉を選び、気をつけながら様子を見ることにした。
「そういうことだ。
次は、お前の番だ」
余裕が生まれたのか、鼻で笑い、質問してきた。
「お前もしかして、前潰した人身売買グループの残党か?」
「…は?」
心当たりのある事件を振られ、わずかに眉が動いてしまう。
バシュッ。
「ッ!!」
突然フレドリックが引き金を引き、ベンの足元を狙った。
ベンは、反射的に足を引っ込み、あざ笑うフレドリックに視線を戻す。
「とぼけるなよ。
顔に出てるぞ」
フレドリックは、図星かと言わんばかりにドヤ顔で話を進める。
「ってことは、復讐にでも来たか?」
まさか、前回訪れたアジト、犯罪グループを襲撃したと言われるギャングが彼らだったことに唖然とし、ベンは最近の運の悪さに絶望したのであった。
「…」
少しの間、黙秘しているとしびれを切らしたのか、ベンの右足にゴム弾をお見舞いする。
「ッ痛ェ!!」
「訊いてんだから答えろよ」
フレドリックは冷静を保っているが、苛立ちが漏れ出していた。
ゴム弾とはいえ、生身での衝撃はあまりにも強く、激痛に悶え苦しむ。
ベンは、そのおかげでこの緊張感の中どう脱するか思考を巡らせて模索する。
奴に食らわせるつもりが、まさか自分が食らうはめになるとは想定外だった。
「ぐッ!!」
今度は左足を狙われ、短い悲鳴を上げる。
「おい返事ィッ!!」
「ちッ、違うッ!!
復讐じゃねェッ!!」
拷問に耐え切れず、つい返答する。
「あ? んじゃなんだよオメェは?」
「そッ、れは…」
その時、ふとリアムの顔が頭に浮かび、開いた口をゆっくり閉ざした。
「この期に及んでだんまり決め込む気か? なあッ――」
「がッ!!」
フレドリックは、またベンの足に向けて引き金を引く。
「なあッ!」
バシュッ。
「づッ!!」
「なあッ!!」
バシュッ。
「ッ!!」
追及していく毎に足を撃ち続けていると、両足を縛っていた結束バンドに当たってしまい、切れてしまった。
「くッ…、くッ…」
ベンは歯を食い縛り、膝から下の痛みをやり過ごそうと必死にこらえる。
そこで、フレドリックは、ふと気づいた。
「もしかして、“帳簿”か?」
「ッ!!」
俯いていたらとんでもないものまで耳にしてしまった。
帳簿――、誘拐した少女達を買っていた者の名義が記載されている。
あのキャンベル警部補が血眼で探し求めていた帳簿を彼らが所持していたのだ。
「なぜ、それを…」
「おッ! ビンゴッ!!」
フレドリックは、言い当てたと同時にベンの胸部を撃つ。
「かはッ!!」
「実はな、あの帳簿を利用して、このロンドン占めようと考えてんだよ」
機嫌良く説明する中、ベンに対してテンポ良くグロックの引き金を引いていく。
――ロンドンは、悪党が溢れ返っているの知ってるだろ?
中でもオレ達が生まれ育った南地区は治安が最悪でな。
弱肉強食、舐められたら一貫の終わりなんだよ。
特に女、子供を泣かせるようなやつは、絶対に許さない。
将来ある子供たちを女は支え、それをオレ達が守らなくてはならない。
悪党から身を守るためには、力を得て、ロンドンを平和な街にしなくちゃならねェんだ。
「――そのためには、活動資金も人材も必須でな。
今、地道に集めてるとこなんだ――よッ!!」
「がッ!!」
話してる最中、グロックが弾切れとなったので、投げてベンの顔面に直撃させる。
ベンは、左眉が切れて血が流れ出てきた。
すると、部下の1人がフレドリックのそばまで来て尋ねてきた。
「始末しますか?」
「いや待て、まだこいつから得られる情報があるはずだ」
そう言って、彼は立ち上がり、ベンの前で屈んだ途端、右目がたちまち黒く染まっていった。
やがて、見覚えのある瞳へと変わっていった。
「がッ、艾肯眼ッ!?」
「そう、この目は非常に便利だよな。
霊力も心も読め――んッ!?
お前、なんで心臓が無ェんだ!?」
ベンの秘密がバレてしまい、部下達も顔を見合わせ、動揺している。
「しかもお前――!?」
さらに、眉の傷口も下がっていくのを間の当たりにし、ますますベンに興味が湧いてきた。
「はッ、ハハッ。
お前、只者じゃねェとは思っていたが…、面白ェ、こいつは見応えがありそうだ」
不気味な笑みを浮かべ、右目に揺らめく青白い靄は、ベンの心を透視し始めた。
彼の記憶が見えてくるはずなのだが、一向に出てこず、それどころか予想外のものが目に入ってきた。
心層を深く潜れば潜るほど、黒い霊子が溢れて出てきたのだ。
その霊子に触れると、大勢の少女や若い女性の記憶が流れ込んできた。
これは、自分たちが襲撃した犯罪グループの被害者であると判明した。
なぜ、これほどの死人の霊力を――ッ!?
疑問を抱きながら潜り続けていくと、急に悪寒が走った。
鳥肌が一気に立ち、冷や汗もぶわっと吹き出した。
何か、ヤバいのがいる…。
フレドリックは身の危険を察知し、一旦止まって、しばらく奥の深淵を凝視する。
姿形は確認できないが、尋常ではない霊圧が伝わってくる。
その時だった。
――ッ。
怒声が響いた途端、心層の淵から衝撃波が放たれ、フレドリックは免がれることが出来ず、その身は激しく燃えていった。
フレドリックは、少年に宿る悪魔の機嫌を損ねてしまったのだ。




