第8話『さようなら、あなたを見つめるありがとうの視線』
第1章、最終話。
高橋綾の過去。そして、陽菜に降りかかるこれから待ち受ける試練とは───
「村人を殺せば満足なの?わたしまだ死にたくないし、犯罪者になりたくない………なんとかならない?」
「だめ。協力を約束してくれなきゃ死んでもらうから。」
陽菜は交渉しようとするが、綾には陽菜の要求を聞き入れてもらえそうにない。
(困った………ここから抜け出すにはどうしたらいいんだろう………そもそもこの謎空間は一体何?時間稼ぎができなきゃ、死ぬ………お願い藤吉さん、早く来てください───!)
「あなた強いでしょ。だから、村人を殺す契約を結んでもらうよ………さあ───」
「陽菜ちゃんから連絡があって来てみれば………どうしてこんなところに禁足域が!?まずい、急がないと陽菜ちゃんが危ない!!!」
芭那は2本の指を顔の前に構えた。
「陽菜ちゃん!!!」
芭那が術を発動すると、さっきまで陽菜がいた神社のような空間が、花畑のような空間に変わった。
「藤吉さん………」
「ああよかったか無事だったか!」
芭那が陽菜のもとに駆け寄る。が───
「え───」
陽菜の顔は恐怖と悲哀に染まっていた。何かにおびえているような顔と悲しんでいるような顔。
「藤吉さん………間に合わなかった………わたし、村人を殺さないと村から出られない呪いをかけられて………村を出ると死んじゃうって………」
「くそっ!間に合わなかったか!」
「この子、高橋綾………」
「っ!そうか、この子が………」
芭那は綾の方を見た。
「さてと、高橋綾ちゃん。きみはもう詰んでいる。どちらか選べ。呪いを解いて今後一切人間に関わらないと誓うか、わたしに祓われるか………!」
綾を睨みつける芭那。
「お前………陰陽師だな!殺す!」
綾が強烈な邪気を放つが、
「無駄だ。」
「くッ!」
芭那が手をかざすとその邪気、怨念の力は霧散した。
「………わたしは、沙耶ちゃんから話を聞いている。」
「なら話は早いね!陰陽師が沙耶ちゃんを攫ったんだ!」
「違う。綾ちゃんはその時暴れてて気づいてなかったのかも知れないけど、沙耶ちゃんは攫われてなどいない、無事家に返された。」
芭那と綾の会話。
「じゃあ!沙耶ちゃんがわたしにプレゼントしてくれたのにおまえらが怒って沙耶ちゃんは泣いて帰ったって言うの!?ちょっとの出来心が何か重大な結果を招いたとでも言うの!?」
これは、高橋綾が小学3年生の頃の話。
梧村、小中合同の学校。月城陽菜が小中と通っていた学校も同じ学校である。富豪と企業の投資により、設備は都会ほどに整っていた。
その日は、転入生が綾のクラスに来る日。
「どんな子が来るのかな〜?」
綾は、小学生らしく転入生にわくわくしていた。
「イケメン男子だといいよね〜!」
「おれはかわいい女子の方がいいし〜!」
「あ〜男子またも〜!」
同級生たちの会話。
「はーいみなさん席に着いて〜!」
教室に先生が入ってきた。
「聞いてるとは思うけど今日からこのクラスに新しい子が来ます。入っておいで〜!」
教室に入ってきたのは、エプロンドレスに三つ編みの格好をした可愛い子。
「あ………」
その子は恥ずかしそうに自分の名前「天門沙耶」を黒板に書く。
「よ、よろしくお願いします………!」
沙耶はお辞儀をした。
「おおお!可愛いじゃんか!」
「へえ、可愛いね。」
沙耶の可愛さはクラスメイトたちに好感触。
「はいはい!好みのタイプはどんな男子ですか?」
「ちょおま、抜け駆けはずるいぞ!」
「そういうお前だって!」
あまりにも可愛い見た目のため既に誰が沙耶と付き合うかの争いの一端がはじまっていた。
「あ、あまり質問責めはやめてあげてね………」
先生が慌ててフォローを入れる。
「はいはい!わたしの隣!」
そう立候補したのは、綾だった。男子の隣だと緊張するかもという配慮から。
差はあれど、人は出会いを『何億分の1の運命』というような言い方をする。綾は思っていた。
『運命とは偶然に意味を見いだしたものなんだ』と───
「沙耶ちゃんかわいーねー!ねっ、こんど服教えてよ!」
綾は沙耶と仲良くなった。
とある日の体育の授業。
「今日は隣のクラスと合同でドッジボールを行います!先生たちはこっちのクラスに入りますね!」
先生がジャージ姿でボールを持ちながら生徒たちに授業の説明をしている。
「ね!わたしたちのクラスに先生入ってくれるならきっと勝てるよね!」
と、沙耶。
「ふふ。でも先生ふたりともこっちに来たよ?なんで?」
綾は不思議そうにしている。
そして、体育の授業が始まった。最初から綾のクラスがボールだと決まっていた。
「ほらいけ、沙耶ちゃん!」
綾が声を出す。
「っ───えいっ!」
沙耶がボールを山なりに投げた。
(ごめん!ぼく運動苦手だから───)
外野担当の2人にボールをパスしようとした沙耶だったが
「ほっ。」
向こうのチームの女子が跳び、両手でボールをキャッチした。勢いよく跳んだため、結んだ長髪が大きく靡く。
しかし、その髪の毛の重さをものともせずジャンプした女子。
(うわ!女の子なのに飛びすぎ!?ぼくの球が低かったのかな………)
「よっし、ナイスキャッチわたし!それで、誰か投げる?」
結び髪の女子が聞くが、
「お前が投げた方が強いじゃん。お前がいたら俺らのチームは勝てるっしょ?」
そう言われ、結局結び髪の女子が投げることになった。
「ジュン!もしわたしが先生ぜーんぶ倒したら白玉団子奢りね!」
結び髪の女子がすこし振りかぶる動作をする。それと同時に、先生たちがガチの構えをした。
「え───」
綾はボールの軌道がほとんど見えなかった。どちらに飛んだか程度しか理解できなかった。
「え、先生が2人ともアウト………?」
沙耶も驚いた。先生は手際よくすぐ外野に出ていた。
「ぼくもアウトだよ。」
同じクラスの男子が当たったことを自己申告した。
「す、スリーアウト!!!?」
「この場合はトリプルアウトだから。それ野球よ。」
「ていうかアイツやべえぞおい!」
綾のチームが徐々にざわざわとしてくる。
3年1組と2組でおよそ7人ずつ。綾たちのクラスは2組。 先生が両方とも2組に入った理由を、2組はなんとなく理解していた。
ただの田舎に、その才能───鬼才は眠っていたのだ。
「いえー!白玉団子奢り〜!」
結び髪の女子は純粋な子供のようにはしゃいで喜んでいる。
「ねえみんな………もっと追いつけないくらい斜めに投げないとだめかな。流石に向こうも斜めに飛んでコート外の反則は取りづらいだろうし。やっぱり内から外の時は外野に取ってもらって向こうが取るチャンスを減らすのは、どう?」
沙耶がチームに提案を出す。普通このような体育の授業では試合中に作戦会議など殆どしないのだが、沙耶たちは作戦会議をしていた。
それを実行し、少しずつアウトを重ねていった。しかし、綾たちの相手である1組の人数が残り3人ほどになった頃………
「うわ、取られた!」
結び髪の女子がボールを取った。
1組が採った方法とは、当てるために投げられたボールを確実に取る方法。1組は残り3人になった時点で1人の後ろに2人が固まるように隠れた。こうすることで誰を狙おうと前に出た結び髪の女子がボールを取ることができる。
人数が多い時は選択肢の多さやその他の要因ゆえにチームメイトを守りきることができないが、3人まで減ってしまえばなんとかなると1組はそう踏んでいた。
そこからの結果は、結び髪の女子の無双だった。
1組の勝利。
それからは自由時間で、鬼ごっこなどをしていた。
「あっ!」
綾は、歩いていると誰かの足につまずいた。結び髪の女子の足だ。
「大丈夫?」
結び髪の女子が綾の腕を優しく素早く掴み、元の体勢に立て直す。
「今日の体育楽しかったね、また遊ぼうね〜!ね、こんど白玉団子パーティーやるんだけど、そっちのクラスの子たちも誘ってよ!」
結び髪の女子は綾に近づく。
「ちょ、近いってば。早く着替えないと授業間に合わないよ。」
「おっとごめん、白玉団子パーティーが楽しみすぎて………えへへ。」
結び髪の女子はその場を走り去った。
「わっ速………」
綾も着替えて次の授業の準備をする。
昼休み。
「ね、1組が言ってた白玉団子パーティーは行くの?」
沙耶が綾に質問する。今は昼休みということもあり、雑談をしている。
「さあ?行ってもいいかも。」
「あ、綾ちゃん………今日さ、放課後に体育館裏のあそこ、人がいないところに来て欲しいの………」
「いいよ〜!」
そして放課後。
「で、沙耶ちゃん何?」
「あ、あの………ぼく、男………………なの。」
必死に言葉を絞り出す沙耶。
「………………ええぇぇぇぇぇっ!?」
綾は驚いた。
(そういえば沙耶ちゃんの着替えとか見たこと無かった………いつもどこか別の場所で着替えてたんだ。)
「ぼ、ぼく女の子みたいな格好が好きだから………いじめられないかって怖くて言い出せなくて………ごめん、ごめんね………学校通うのも小学3年が初めてなんだ………ぼく………」
「あ、そうなん………だ。でも、謝ることなんて無いのに。」
驚きつつも寄り添う綾。
「それでさ。ぼく………綾ちゃんのことが、その………………」
「わたしが何?」
「………………好きなの。」
「………………………………………」
沈黙。
「い、いい答えじゃなきゃ返事は聞きたくないの!それで、その………もしだめでも、友達………いて………」
「沙耶ちゃ………」
「ごめんね………わがままだよね………」
ぽろぽろと涙を流す沙耶。
「あの、さ。勇気出して言ってくれたんだからさ。泣かないで沙耶ちゃん。ちょっとびっくりしちゃったけど………その、ね。これからも、よろしく!」
「ッ〜〜〜!!!」
綾と沙耶は付き合うことになった。
「何をお願いしたの?」
村にある神社でお参りをしていた2人。
「それはね、沙耶とずっと一緒にいれますように、だよ!かわいいかわいい沙耶とね!」
「う、ありがとう………ぼくはね、もっと綾ちゃんに好かれたいってお願いした。」
「えへへ………嬉しい。」
とても仲が深まった感じがしている2人。
そして、しばらくの月日が流れ。
2人でお泊まり会をしたり、白玉団子パーティーに参加したり、楽しく過ごした。
「これ、綾ちゃんにプレゼントしたいな………」
神社にきれいなガラス玉が落ちていた。それを沙耶はプレゼントしたいと考えた。そして綾にプレゼントした。
しかし───
「は、離して!離してよ!」
綾がガラス玉を持っているところを陰陽師に見られてしまった。それは陰陽師の所有物であり、公民館の内部で綾は怒られていたのだ。途中で綾が暴れたため、羽交い締めにされていた。
「離せ!沙耶を返せ!」
羽交い締めにされながら叫ぶ綾。綾にとって、沙耶からの贈り物は沙耶も同然だったのだ。
陰陽師の関係者と見られる者たちが10人ほどいた。
「ごめんね………痛いよね。ごめんね………」
真後ろから声がした。綾を羽交い締めにしていたのは、体育で無双していた結び髪の女子だった。
「ちゃんと持ってなさいよ。暴れられると困るんだから。」
「ママ………わたしが、こうしてないとだめなの?」
「そうしてなさい。それで………あなたねぇ。なんでこれ盗んだの?早く答えなさいよ!」
女が綾に問う。
「おいお前!お前、クソババアだよ!お前だけは許さない!卑怯者!」
綾は、自分を羽交い締めにしろと命令した女に対して激怒している。
「大人に向かってなんだその口の利き方は!そこに座れ!!!」
女が綾を無理やり座らせた。
「死ね!死ねクソババア!」
大乱闘。しかし、1人に対し大人10人ほどが相手では勝負にならなかった───
ではなく、母親の命令で結び髪の女子1人の力で抑え込まれてしまっていた。
「このクソガキ!」
パンッ───
女が綾に平手打ちした。
「ママ、もうやめてあげて………怖いよママ………」
「今の話でわかった!?沙耶は純粋な心でわたしにプレゼントを贈ってくれたの!しかも道端に落ちてたからそんな誰かのものだったなんてわかりっこなかったはずなのに!」
綾は激怒しながら芭那たちに過去を話していた。
「わたしはあのクソババアを許さない!梧村の村人を許さない!わたしと沙耶が村人なのはわかってる!そんなのどうでもいい!憎い!あのクソババアもお前たち陰陽師も殺さなきゃ終わらない!」
(綾ちゃん………悲しんでる?)
陽菜は、綾の声に悲しみを感じ取っていた。
「そっちの女だけは陰陽師じゃないし利用価値がありそうだから残してお………………はっ、まさか………もしかして、あの時の………?」
何かを言いかけたところで綾は止まった。
「綾ちゃん。きみに聞きたいことがある。きみはなんで公民館にいる?」
芭那が聞いた。
「少しどころではなく不自然なのさ、きみの怨霊がここにいるのが。地縛霊を知っているかな。きみはわたしが見る限り地縛霊なんだ。それなら死んだ場所、本人に縁のある場所、思い出の品のどこかにいるはずなんだ。話を聞く限りでは公民館にきみの怨霊はいないはず。地縛霊とはそういうものなんだ。」
「そんなのわたしも覚えてない!!!」
綾は自分が死んだ時のことは覚えていないようだ。
「………そうか。綾ちゃんは公民館の中で殺されたんだ。」
「え!?そうなんですか!?」
芭那の言葉に陽菜が驚く。
「偶然か意図的か、綾ちゃんは殺された。そして山から転落したかのように偽装されたんだ。」
「そんな………」
陽菜は呆然としていた。
「そんなことで殺されるなんて………沙耶ちゃんもほんの出来心で悪気は無くて、そこまで重大なやばいことも起こってないのに………あまりにも可哀想すぎるよ………藤吉さん………」
「もういいだろ。結界を解く。」
芭那がそう言うと、元いた公民館の中だった。
そして、外に出る陽菜、芭那、綾。
「綾ちゃん。わたしはきみを祓わなければならない。だがしかし、最期に頼みを聞いてやることは可能だ。」
「藤吉さん、それってどういう………」
振り向くと、沙耶がいた。
「こんなことだろうと思って沙耶ちゃんを呼んでおいた。話したいことがあるなら話すといい。それと沙耶ちゃん。これから綾ちゃんを祓わなければならないから見たくないなら今すぐ立ち去れ。」
少し厳しい顔になる芭那。
「あ………や?」
沙耶が呆然としたような表情で綾のもとに歩く。
「ずっと、綾の声が聞こえてきてた。死んだはずの綾の思いがずっとさ………」
「沙耶!なんでここにいるの!」
「ぼくが依頼したの。綾をなんとかしてほしいって。やっと、やっと会えた………でも、あんまり話してると別れる時に寂しくなっちゃうね………綾………」
「沙耶!わたしを殺したやつらも陰陽師も村人も!みんな殺してよ!」
「ぼくには………そんなことできない。怖いよ。陰陽師さん、お願いします………優しく、優しくやってあげてください………」
沙耶は涙を流していた。
「綾ちゃん。今までそんな感情に支配されてつらかったろう。しかし依頼は不可能と決まらない限り必ず最後まで諦めないと決めている。」
芭那が綾に向かって手をかざす。
「………あなた、名前は?」
綾が聞いた。
「わたし?」
陽菜に。
「わたしの名前?月城陽菜………」
「そう………わたしがこんなことにならなければ、もう一度………また食べたいな………………」
陽菜は母、恵子がいないと聞き、実家に帰ってきていた。歌恋ももちろん一緒だ。
「もっといい結末は無かったのかな………」
村に帰省してから色々なことがあった。
陽菜は人と人とのつながりを大切にしたい。そう思っている。だからこそ、綾のあの結末は残念だと思った。
「でも、綾ちゃんの最期の言葉、あれどういう意味だったんだろ?いや、そんなこと今のわたしにはどうでもよくて………村出れないってもしかしてやばい?」
「陽菜ちゃん………」
歌恋は心配そうに陽菜を見つめる。
「ちっ。先を越されたか………」
白い着物を着た女は、LINEのグループトークを見ながら舌打ちをした。
「わたしがその件に関われれば良かったんだけど………でもひとつ見逃したくらい問題は無い───」
そう言うと、女はにやりと笑った。
みなさんご愛読ありがとうございます。これは打ち切りではなく第2章以降も書きますので安心してください。