第7話『さようなら、ありがとう』
希万里と仲直りした陽菜。
陽菜が見た、『サヤ』と『アヤ』という謎の人物が会話している奇妙な記憶。
陽菜たちが居酒屋で食事をしている時、視線を感じた。その女の子は自分を天門沙耶と名乗り───!?
「結局、陽菜ちゃんも歌恋ちゃんも怨霊の話を聞いてしまったね。」
和室の扉を開ける芭那。
「陽菜ちゃんは恐らく霊媒体質だ。だからもうこの件には関わるな。それは陽葵の意思でもあるからな………」
「姉さんの意思?陽菜を危険な目に合わせたくないって言う?」
「そうだ。まあそれはともかく、ひとつ懸念点があって………陽菜ちゃんが怨みの対象だとしたら、有象無象の怨霊の攻撃が陽菜ちゃんに行きやすくなるんだ。あの時の怨霊が陽菜ちゃんを見つけた時点でそっちにターゲットしていたのなら攻撃対象になっている可能性が高いからな………逆に沙耶ちゃんは怨みの対象になる可能性はほぼ無いから安全かもしれない。だから危険な場所………山には近づかないこと。」
「はい。」
3人が返事をした。
「わたしは別の仕事があるからな………何かあったら逃げることと、渡した御札を肌身離さず持っていること。そうだな………沙耶ちゃんは綾ちゃんに狙われることは無───」
そこまで言ったところで、陽菜のスマホから着信の音。
「ん、姉さんからだ。もしもし姉さん?」
『陽菜!逃げて!』
陽葵が発したのは、逃げてという言葉。
「んん?なになに?逃げてって何?」
陽菜はその言葉を理解できずにいた。一体何から逃げるというのか。
「おい。スピーカーをオンにして音量を上げろ。」
芭那の指示で陽菜はスピーカーをオンにして音量を上げた。
『もしもし!?聞こえてる!?』
「姉さん?落ち着いて説明して!」
『日陽ちゃんがボロを出して陽菜が帰ってきてるのがバレた!もし祭りの屋台、いつもの居酒屋、公民館とかのどれかにいたらいますぐ逃げて!』
陽葵から聞こえてくる声は相当焦っている。
「もしもし陽葵か?わたしだ、芭那だ!陽菜ちゃんに何があったんだ!?」
『芭那!?そういえば陽菜は芭那に会ったんだった。匿えそうならいますぐ匿ってあげて!』
「なんだ?誰に追われてるんだ?」
『ママによ!なんで帰ってきてんだって怒られるの!』
「………なんか訳ありだな。わかった。」
『頼んだわよ芭那!』
通話が切れた。
「視線で悟られる可能性があるから沙耶ちゃんと歌恋ちゃんは外に出ていて適当に歩いていろ!誰かに会ってなにか聞かれたら沙耶ちゃんが陰陽師に依頼していることを言えばいい!」
和室の中に案内され、陽菜は部屋の中の隠れられる場所に隠れた。
「聞く限りじゃ相当な毒親じゃないか?陽菜ちゃんは確か大阪で暮らしているんだったよな。」
「高校からですね。バイトはしてますよ。ただ一人暮らしは難しかったのでこっそり父さんや知り合いから仕送りをしてもらってたんです。」
「ちっ………」
舌打ちをする芭那。
「藤吉さん………?」
「陽菜ちゃんの母親が腹立つってだけだ。なぜなら、負の感情が生まれて怨霊の原因になるかもしれないからな………仕事のためだ。」
「………本当はわたしを気遣ってくれているんじゃないですか?」
「陽菜ちゃんを?」
「藤吉さんは姉さんと仲がいいんでしょう?姉さんの大切なわたしを守りたいって言ってませんでしたっけ?」
「………そう思いたいのならそれでも構わん。」
「はい!えへへ………」
少し照れたような表情になる陽菜。
「!!!藤吉さん!外に誰か…この歩幅とリズム………………母さんだ!」
突然陽菜は険しい顔になった。陽菜は耳がいいのだ。
「何!?じゃあいいと言うまで絶対外に出るんじゃないぞ!」
いくつかあるクローゼット隠れる陽菜。芭那は急いで外に出た。
「あ、恵子さんじゃあないですか。藤吉芭那です。」
「………芭那?金髪になってたから気づかなかった。」
「久しぶりですね。先日新しい呪物を見つけて、登録と保管の手続きを頼んでいたところなんです。何か用ですか?」
「陽葵が修行してた頃、芭那の話はよく聞いてた。芭那は陰陽師として忙しかったんだってね。ほんの数回会ったかどうかってくらいだったね。ところで………」
(どうせ陽菜ちゃんを探しに来たんだろ。)
「陽菜を知らない?あの子医者の勉強するって言って出て行った。勉強終わるまで帰ってくるなと言っておいたのに何やってんだか………はぁ。」
(こいつ………)
芭那は微かな怒りを感じていた。
「そんな話おっぼえてないですねぇ〜。なにしろ忙しかったので!」
「一応写真あるけど。」
恵子が陽菜の写真を芭那に見せた。
(中学の写真か?メッシュ以外は今と殆ど変わっていないな、かわいらしい。身長は165程度と言ったところか。)
「………もしかして会ったりしてない?」
「知りません。」
芭那ははっきりと「知らない」と口にした。
「そう、それじゃまた。」
「あ、恵子さん………恵子さんに聞きたいことが。恵子さんにとって、子供とは何ですか?」
「………ん?何を聞きたいのかは分からないけど、子供は子供。」
「そうですか。以上です。」
「………?まあいいや。じゃあね。」
「それではお元気で。」
挨拶を交わし、恵子が陰陽省の敷地から立ち去った。
「もう大丈夫だ。」
芭那は室内のクローゼットに隠れていた陽菜に声をかけ、陽菜がクローゼットから出てきた。歌恋と沙耶も室内に戻って座った。
「クローゼットに隠れるってなんかゲームみたい………でも全然楽しくないッ………やるならもっと仲良いみんなと隠れんぼがしたいっ!」
軽く机を叩く陽菜。
「もうあんなのと一緒にいてもつらいだけだろ。あんなのでも一応陰陽省の手伝いをしているから、そうなってるうちに見つからないようにこの件から手を引いて隠れるんだ。そうでなくとも陰陽師の力が無く霊媒体質の陽菜ちゃんに怨霊と関わらせるわけにはいかないがな。」
芭那は一呼吸置き、
「何かあったら連絡してくれ。寂しいのならぬいぐるみを肌身離さず持っていることだ。沙耶ちゃんは大丈夫だと思うが、気をつけて帰るんだ。」
「はい………」
返事をする陽菜。芭那は部屋を出て仕事に戻り、沙耶も部屋を出た。
「うーん………今なら帰………いや、旅館に戻るか?歌恋はどう思う?」
歌恋の方を向く陽菜。
「これは陽菜の意思を尊重すべきことだから、陽菜が決めていいよ。」
「まだ近くにいると思う………でも今ならうまく逃げて旅館に戻れるかな………旅館は校外学習で学校がいくらか部屋を取ってるしわざわざそのエリアに学校外の人が近づくかって言われるとそうじゃない………」
「陽菜ちゃん………悲しいよわたし………」
歌恋は悲しそうな顔をしている。
「なんで陽菜ちゃんばっかりそんなに苦労しなきゃいけないの………陽菜ちゃんは頑張ってみんなに良くしてくれてるのに、その陽菜ちゃんばっかり苦労しちゃうの………?」
「歌恋、わたしはみんなに良くしてるわけじゃないよ。わたしはね………みんなと仲良くしたいから仲良くしてる。良くしてくれてると思うなら、それは慈善事業でも奉仕でも無くてわたしのやりたいことなの。だから気にしなくていいの。」
「………」
「大丈夫、何かあったら頼るからさ。」
「陽菜ちゃん………約束だよ?」
「うん!」
その陽菜の言葉を聞き、歌恋に笑顔が戻る。
「陽葵。陽菜の居場所を教えて。」
恵子が陽葵に居場所を聞き出そうとしている。
「信じて欲しいけど、本当に何してるのか知らない。たまたま戻ってきてるのを知っただけで校外学習に参加してる友達と行動してるから。あたしは本当に校外学習のこも何も知らない。」
「陽葵!」
恵子が陽葵の左腕を掴む。
「いだっ!」
怪我をしている部分を掴まれ、激痛を感じる陽葵。
「恵子、やりすぎ。」
照彦が止める。
「痛いよ、ママ………もしかしたらまともに動かなくなるかもしれないんだから。」
「とりあえず旅館に戻ろう。」
建物の敷地を出た2人。
歩いていると、途中で公民館の傍を通りかかった。
「そういやここにビー玉落ちてたんだよねぇ。」
「あれ、8年前に陰陽師が回収したって話じゃなかったっけ?」
「真相は分からないけどどこかで落としたんでしょ………ん?」
陽菜は公民館を見て違和感を覚えた。
(人がいなさそうなのに扉が開いてる?)
「陽菜ちゃん、どうしたの?」
「なにか違和感がある………なんで人がいないのに扉が開いてるんだろ?」
その時。
「助けて!」
公民館の中から女の子の声が聞こえた。この距離では聞こえる声は小さいが、確実に助けを求めているのだと直感した。
「歌恋!たぶん危険だから外にいて!わたしが助けに行く!」
「うん、わかった!死なないでね!」
歌恋は、巻き添えになって欲しくないと思われていることと自分の力では誘拐犯をなんとかできないことを理解していた。だから足でまといにならないよう陽菜1人に任せることが最善だと判断した。
「大丈夫だよ。わたし、強いから。」
陽菜はもしもの時のために芭那にメッセージを送りながら、一目散に公民館の中に向かって走る。
(どこ?どこの部屋!?女の子の悲鳴、誘拐犯、悲鳴から何秒で殺される!?)
公民館の中に入り、走る。走る。走る。
陽菜が必死に高速で思考をめぐらせていたその時───
「!?」
陽菜は一瞬で見知らぬ場所に移動していた。
(さっきまで公民館の中にいたはず………なのにここはどこ?暗い空間。あれは何?)
そこには、神社のような空間が広がっていた。暗い空間だったが視界は明瞭で、地面は反射するほど綺麗だった。
(ふぅーっ───落ち着けわたし。)
「あまり驚かないね?」
後ろから女の子の声が聞こえてきた。それは、さっき聞いた悲鳴と同じ声であった。
振り向くと、小学校高学年くらいの女の子がそこにいた。
(しまった!わたしがおびき出されたのか!)
「ここ出身だよね?」
「………え?」
女の子の言葉に陽菜は一瞬反応が遅れた。
「あなたここ出身だよね!!!」
小学生ではあったがその声は怒気をはらんでいる。
(どうする?質問に答える?でもなにかヤバイ………!答えにミスればどうなるか!)
直感で死の危険を感じ取っていた。陽菜は身体能力だけでなく危機回避能力も高い。熊と戦って勝ったこともある。
そんな陽菜が死の危険を感じたのは、直感力。
「わたしは大阪に家がある。わたしの学校は数日前から、ここに校外学習に来てた。」
「そうなの?」
「うん………」
陽菜が選択したのは、正直に答えてかつ誤解させる方法。陽菜はこの女の子が村人に対して怨みがあることを感じ取り、この方法をとることで答えをはぐらかそうとした。1度のはぐらかし程度ならばもう1度同じ質問を繰り返されるだけで即死は無いと踏んだ。
(頭が痛い………この感覚、あの時と同じ………この子は)
萌果と美結が襲われた時と似たような感覚。
「数日前ここに人が来てた時結構人数来てたけど………外の人も混じっててまとめて殺す手段が取れなかった。」
女の子は怒りの表情を浮かべながら喋っている。
(外の人も混じって………てことはこの子、村人に怨みが。そして疑う余地もない。この子は怨霊………)
「質問には正直に答えて欲しいの。答えなければ殺す………逃げても無駄だよ。この空間のルールで嘘を答えると死ぬってことになってるから。もう1度聞くよ………あなたはここの出身だよね?」
陽菜に睨みつけるような視線を向ける女の子。
(まずいな………これ以上はぐらかすと怒らせて殺されそう。ここは………)
陽菜は呼吸を落ち着かせ、
「わたしの出身地はきみの思ってる通り、梧村。わたしは中学の終わりに、高校から大阪で一人暮らしすることに決めた。わたしは母さんが嫌いだったから逃げてきた。だけど、わたしには心の支えがいたの………」
「………え?」
「わたしが寂しくてもずっと傍にいてくれた、大切な人。でも村………いや、母さんが怖いって理由だけで帰ってくるの躊躇ってた。母さんを憎んでるの?って聞かれると否定できな。」
自分の過去を話し始めた。
「あなたを殺そうと思ってたのに………あなたも村人を憎んでるの?あなたもわたしと同じなの?」
(………この子は今、わたしが『村人』を憎んでいると思っている。実際は母さんだけなのに………そしてこの子は)
死の恐怖と戦いながら慎重に言葉を選ぶ。
「きみ、自分の名前はわかる?」
「………わたしに協力してくれるの?」
「そもそも何すればいいかわかんないから。まず名前を教えてくれないと。(そう、この子の名前は………)」
「高橋綾。」
(やっぱりね………)