第2話『わたしの青春(やりたいこと)』
8月6日。陽菜たちは村の掲示板の告知で、学生たちに村の話をするイベントの存在を知った。
それに参加することに決めた陽菜たち。道中で帰省の挨拶をして駄菓子屋でお菓子を買う。
そしてついた先の洋館で出会ったのは───
「そろそろ今年も儀式の時期、か。ふぅ………」
希万里は、小さな額縁に収めてある写真を取り出して見つめる。
「日陽………」
写真の裏にはこう書いてある。
【日陽と茉希へ。紅炎、結菜とは仲良くできた?ママは、血が繋がってなくても紅炎ちゃんと結菜ちゃんはかけがえのない家族だと思ってる。突然のことで驚くかもしれないね。でも、家族として迎え入れたからには、母親として、みんなに仲良くして欲しいって思うの。だから、紅炎ちゃんと結菜ちゃんと仲良くしてあげてね。
大好きだよ、ママのかわいい子供たち。ママより】
「あの時のトラウマを引きずってるんじゃないだろうか?」
雲ひとつなく綺麗な星が見える夜。神社の境内を見つめ、希万里は心配そうな表情をしながら写真をしまった。
ここはどこだろう。
あてもない暗闇の中、歩いていた。どこからか声が聞こえる。寂しさと悲しみが混じった声。
それには何か重要な意味があった気がする。そう思い、記憶の視界を開けようとした。
(!!!)
記憶の中で、嘔吐しそうなくらい気持ち悪い匂いとべとべとした何かの感触があった。
「あぁぁぁぁっ!」
2022年8月6日、午前7時35分。陽菜は勢いよく布団を剥がし、起きた。
「うーん………うわ、なんか汗かいてるなあ。」
ぬいぐるみを抱きかかえて眠りについたにも関わらず、寝起きの気分は最悪。横を見ても誰もいなかった。陽菜以外は既に起床していた。
頭に寝癖を作った陽菜は目を擦りながら寝室を出る。
ぬいぐるみを肩に乗せたまま洗面所に行き、持ってきた歯ブラシで歯を磨く。
「陽菜ちゃん、おはよう。」
歌恋は朝の歯磨きを終わり、陽菜に挨拶をする。
陽菜と歌恋が歯を磨き終わって居間に行くと、陽葵と日陽が朝食を目の前の机に置いて待っていた。
「おはよ、陽菜。ご飯できてるよ。」
と、陽葵が言った。
「陽菜姉陽菜姉〜!えへへへへ………」
いつにも増して、日陽が陽菜に甘え抱きつく。
「………かわ………っ!」
陽菜の母性本能がくすぐられるほど日陽は陽菜にべったりと甘えている。
「ほら日陽ちゃん、ご飯食べよ?」
陽菜は日陽を撫でた後、自分の食事が用意された場所に移動した。
「「「「いただきます。」」」」
目玉焼き、ウインナー、キャベツ、トマト、白米。ザ・朝食と言った感じの朝食で、陽菜の好きな料理のひとつ。味が好きなのでは無く、この料理は食べると心が暖かくなるから好きなのだ。
味ならもっと唐揚げやカレー、お好み焼き、ラーメンなど好きなものはいくらでもあるが、それとは根本から違う。
「ごはんこれだけ〜?」
陽菜はほか2人より早く食べ終わっていた。
「こらっ!いくらなんでも陽菜にぜんぶあげるのは無理よ〜!」
「ごめ〜ん!」
陽菜は自分の代わりにぬいぐるみに頭を下げさせる。
「陽菜姉〜!大阪ってどんなとこだった?」
日陽が目をきらきらさせながら聞いてきた。
「ひとことで言うと都会だった!」
「あははっ。陽菜。それじゃ何もわかんないよ!」
陽菜の言葉に陽葵が笑う。
「思ってたよりすぐ慣れたよ、都会。マンガとかゲームとか売ってて超楽しかった。」
「陽菜。ゲームって言うと、マリオとかドラクエとか?」
「そ!」
全員が朝食を食べ終わり、皿を片付けた。
「陽菜姉〜!」
「日陽ちゃん、なんかいつにも増してわたしにくっついてくるね。」
「陽菜姉大好き〜!」
「はいはい、いくらでも陽菜おねえさんに甘えていいのよ。」
陽菜がそう言うと、ぬいぐるみのモフモフと日陽を一緒に抱きしめた。
(はわわ………幸せ………)
ふたつのカワイイに挟まれ、陽菜は顔がでろーんとなってしまう。
「歌恋も!歌恋も来て!姉さんも!」
「う、うん………!」
4人で抱き合って温もりを感じている。
「………あれ、姉さん………左腕、怪我したの?」
「あ、うん!心配してくれてありがと、あたしは大丈夫だよ………」
(でも、これって………)
陽葵は大丈夫だと言う。しかし陽菜は陽葵の腕を見て心配そうな表情を浮かべる。
「あ、そうだ。姉さん。今日はどっか行く?それとも家にいる?」
儀式まではあと4日あるので、母親が帰ってくるのも時間の問題だ。陽菜にとっては、いつまでも家にいられるというわけではなかった。
「せっかくだし、村のみんなに挨拶して回ろっか。」
陽葵がそう言うと、
「お菓子!お菓子!駄菓子屋にお菓子買いに行こ!」
日陽が陽葵の服をきゅっとつまんだ。
「それいいね!いつものとこに買いに行こうよ!」
陽菜も日陽の提案に乗り気だ。
「はいはい。」
負けたわ、と言った感じで陽葵が言った。
「そうだ陽菜。きのう村の掲示板に新しい情報があったんだけどね、」
「お!!!?なになに?お祭りの通知?毎年この時期になると」
「ううん。外から学生が来て校外学習をやるんだって。村の話をしてくれる人を集めてるって。」
「ふーん。こんな村にわざわざ来る学校とかあるんだ。集まらなかったら?」
「まあ最低限人数の用意はあるんでしょ。」
「そっか。んー、景品無いなら行かない。」
陽菜は、ほんの少し気乗りしていなかった。村の話をしなければならなかったからだ。
「お菓子貰えるって。」
「じゃあ行く!!!」
「陽菜ならそう言うと思ったよ。」
陽菜の多少気乗りしていない気持ちも、物で釣られてしまう。
「陽菜姉っ!」
出かけることになり、着替える。着替えの時もそばにいる日陽。
「さ、まずは駄菓子屋連れてってよね、姉さん!」
「駄菓子屋駄菓子屋〜!」
「陽菜、そっちがメインなの?とにかく、忘れないうちに挨拶しにいくわよ。」
結局、知り合いへの挨拶を先にすることになった。陽菜は帰省の時に持っていたキャリーケースを荷物を入れて持ち、陽葵と日陽はほぼ手ぶらで、今までなんとなく関係があった家のところにもひとこと挨拶に伺った。
いろいろなところに挨拶に周った後、駄菓子屋の前に来た。
「陽菜ちゃん………お菓子は何が好きなの?」
「つまようじでつつくお菓子………懐かしいなあ………何年ぶりだろ?」
陽菜は駄菓子屋の外装をじっと見つめる。
(………あの頃は楽しかったなあ。)
「おじゃましま〜す!」
陽葵が元気よく挨拶をする。中にはおじさんと言うべき年齢の人がいた。
「いらっしゃい、ああ陽葵ちゃんと日陽ちゃんか。それとそっちの子2人は………」
「陽菜ですよ。こっちはわたしの友達の歌恋です(恋人って言うといろいろ面倒そうだからわたしたち2人以外は知らない)。」
「あぁ、陽菜ちゃんか!陽葵ちゃんが言ってたな、なんでかまでは聞かなかったけど、陽菜ちゃんは大阪で一人暮らしを始めたって。」
「はい………大阪で一人暮らしを始めました。今はこっちに帰省してるだけです。」
陽菜は梧村の駄菓子屋が大好きだった。談笑しながら、はたまた得に理由が無くとも、家族や友人などの大切な人と訪れてはお菓子を選ぶ。
そんな人生が楽しかった。陽菜の人生におけるモットーは、『大切な人と過ごすこと』、『後悔のないように楽しく過ごすこと』、『やりたいと思ったことはやること』だからだ。
「勉強」とは、今の陽菜の最も嫌いなことのひとつだった。『後悔の原因』であり、『やりたくないこと』だからだ。
もともと陽菜は勉強は『あまり好きではない』くらいのものだったが、夢のためなら頑張れた。しかし医者に挫折したことで後悔を生み、好きではないものから嫌いなものへ変わったのだ。
だから、そのきっかけとなった母親のことが陽菜は嫌いだった。母親との関係が悪くなってから、陽菜はご機嫌取りのスキルが磨かれた。
「陽菜ちゃんは何にするんだ?あぁやっぱつまようじでつつくやつか?」
店主が陽菜にたずねる。その言葉通り、陽菜はそのお菓子を手に取った。それは1cmほどの小型の餅駄菓子………と一般的に言われているが、陽菜は正式名称を理解していなかった。
「どうした、なんか元気ないな陽菜ちゃん。」
しょんぼりとした表情を、店主に見抜かれてしまう。
ご機嫌取りのスキルが磨かれることを陽菜は複雑に思っていた。ご機嫌取りとは、相手に好かれようとしてその相手に影響を与えようとする心理的テクニックである。要はコミュニケーション能力と似ているものだということ。
複雑に思っていた理由のひとつは、望まぬ環境で育ったスキルだから。もうひとつは、そのコミュニケーション能力で大切な人との関係を築いてきたから。陽菜のモットーである『大切な人と過ごすこと』という目的が達成されるから。
「あ、杏恋ちゃんが………」
「ああ、そうだった。すまん………」
店主も東雲家の訃報は知っていた。しかし陽菜がしょんぼりしていたのは東雲家の訃報を聞いたからでは無く、村に帰ってきてから母親の顔がちらつく瞬間があるから。
それでも、陽菜は楽しもうとすることを頑張った。だから嫌いな母親がいる梧村の中でも楽しいこと、やりたいことを実行して笑顔が出るのだ。
「でも、いつまでもしょげてるわけにはいきませんから。」
陽菜が帰省したのは、親友の杏恋が死んだ理由を探るため。それは母親に見つかる危険を冒してでもやりたいことだった。
「陽菜。こんなこと言うのが正しいかは分からないけど………今は楽しもう?ここ昔から好きだったでしょ?」
暗い顔の陽菜を見かねた陽葵が声をかけた。
「そうだよ陽菜姉!お菓子お菓子!」
「うん、そうだね。」
陽菜は再びお菓子を探し始めた。
「大阪はどんな所だったんだ?」
店主が陽菜に聞いた。
「都会でした。」
「陽菜それだけ!!!?」
「はっはっは、まあ好きにお菓子を選んでいくといい!」
「お菓子!お菓子!」
3人はお菓子を選んでいる。
陽葵は、店主の近くに行って会話していた。
「陽葵ちゃんは今日は何を?」
「ああ、陽菜が帰ってきたから村のみんなに挨拶と口止めを。」
「口止め?」
「陽菜が帰ってきたことに対しての口止めですよ。今も陽菜はわざわざ大きいキャリーケースを持ってきてるでしょ?」
「ああ、それでか。陽菜ちゃんが荷物を持ってきてたのは。いろんなとこたずねるだけなのにわざわざ外に重い荷物を持ってくるなんてよっぽど………」
「昔から力は強くてで体は丈夫だったみたいなんでそこは全く苦じゃなさそうですけど。陽菜は心は純粋で寂しがり屋なので………」
店主も、陽菜の事情をあらかた察した。陽菜の事情に関する話は陽菜が村からいなくなった後に店主としていたからだ。
「ん、姉さんたち何話してるの?」
「陽葵姉?」
「陽菜ちゃんのお姉さん?どうかしたんですか?」
「あぁなんでもないよ。ただの雑談。それよりお菓子決まった?」
「うん、決めたよ姉さん。やっぱりこのつまようじでつつくやつにする。」
「日陽もお菓子決めた!」
「わたし、も………」
会計を済ませ、外に出た。
「へえ、姉さんはパピコで日陽ちゃんはいちご大福?なんか2人ともかわいいけど、溶けない?まあ今食べてもいいけど。」
「うん、今食べようかなって。1人1個しか買ってないし。」
「日陽も〜!」
陽菜は食いしん坊ではあったが、お菓子をたらふく食べる趣味は持ち合わせていない。陽菜にとってお菓子はたらふく食べて楽しむものではなくつまむ感覚で楽しむものだからだ。もっとも、陽菜の胃袋なら少し多いくらいではおつまみ感覚になる可能性があったが。
「「はい、どうぞ!」」
陽葵と日陽は、陽菜にお菓子を半分渡した。
「えっ………」
パピコは言うまでもなく2つに分ける構造に作られている。日陽が選んだ大福の方も2つ入りだった。
2つ入りを選んだ理由は、陽菜に半分渡すため。
「ありがと。姉さんも日陽ちゃんも大好き。」
(しまった〜!わたしもそうすればよかった〜!)
歌恋は心の中で悔しがっていた。
陽菜は陽葵と日陽の頭を撫でた。陽菜は寂しんぼなので、『大切な人』に対しては撫で撫でしたくなってしまうのだ。ヨッシーのぬいぐるみも家族と思っているので、その対象だ。
「えへへ、陽菜姉に撫でられた〜!」
日陽はにこにこ笑顔になり、陽菜に抱きついた。
「ん。」
陽葵も嬉しそうな表情を浮かべた。
「みんなだ〜いすき。」
陽菜は大切な人の笑顔を見ることがとても嬉しかった。大切な人を笑顔にすることに誇りさえ感じていた。
しかし、人助けに対して陽菜は複雑な感情を持ってもいる。人助けはすなわち人を笑顔にすることだから。人を笑顔にすると陽菜も嬉しくなるが、人助けに関しては過去の失敗から今でも人を助けようとすると複雑な気分になる。
だから陽菜は人助けでは無いやり方で人を笑顔にさせる方法………すなわちコミュニケーション能力を使った人間関係の構築によって笑顔を見てきた。
(歌恋も姉さんも日陽ちゃんもかわい〜!)
歩いていると、洋館が見えてきた。
この洋館は公民館的な立ち位置となっている。外部からの学生などが来た場合に洋館に案内する場合がある。今回もそれだ。
「入口はこっちね、行こう。」
陽葵と日陽は洋館の中に入る。
「ん?」
陽菜は何か、地面に光るものを見つけた。
「ビー玉………?なんかわかんないけどもらっちゃお。」
陽菜はビー玉をポケットに入れた。
「陽菜〜!何してるの〜!?」
「あ、ごめん姉さん!今行く!」
陽菜は駆け足で入口に向かう。
廊下を歩いていると、何人か人がいた。
「では、こちらへ。」
案内人の女性に案内される陽菜たち。
広い部屋に入ると、そこには村人と進行役、そして学生たちがいた。そして
「え、萌果…美結!!!?」
陽菜のよく知っている顔がいた。
「みんなどうしてここに………なるほど、これが例の校外学習ってやつか。校外学習ってここのことだったんだ。」
陽菜が通っているのは文学部。文学や言語、歴史、文化思想を学ぶ場所。陽菜がそこを選んだ理由はなんとなくだった。陽菜が通っている学科はAクラスとBクラスに分かれており、陽菜はそのうちのAクラス。
「陽菜!それに歌恋も。」
風巻美結が、陽菜と歌恋のもとに駆け寄る。
「へへっ、萌果と美結と、おもわぬ所での再開。嬉しいな。」
陽菜は笑顔を見せた。
「こんにちは、陽菜のお友達?」
陽葵が萌果と美結に挨拶をした。
開始時間までもう少しあり、会話くらいならしてもいいだろうと陽葵が萌果と美結に話しかける。
「こんにちは、森田萌果です。」
「風巻美結です。」
「星乃日陽です!よろしくおねがいします!」
「可愛ぃ〜、いいなあ。陽菜、この子親戚の子?」
美結が日陽の頭を撫でる。日陽は陽菜に限らず頭を撫でられるのが好きなので喜んでいた。
「うん、そうだよ〜。」
「陽菜姉!日陽かわいいって!」
「そうだよ。日陽は可愛い。」
陽菜は日陽の頭を撫でる。
「わたしにも撫でさせて………」
歌恋も日陽の頭を撫でる。
「はいそれじゃあ席に着いてください。」
「それじゃあね。今から梧村の皆さんに話を聞いていきたいと思います。」
梅本先生と米山先生が生徒たちに席に着くよう促した。
「まず皆さんがこの村に来た目的は、文学部で歴史を探るという───」
進行役の進行に応じて、村人が聞かれたことなどを答えたりしていく。
「先生方が行き先を直前まで隠していたのは、この村のある特性が関係しているんです。」
(!なるほど、そういうことか………)
進行役の発言で、陽菜は気づいた。
「ではそちらのメッシュと卵の刺繍の方、お願いします。」
進行役が陽菜にマイクを渡した。
「あ、あー………月城陽菜、です。」
「それでは、村について説明をお願いします。」
「はい。この村は………」
この時点で、村が差別されているという話はまだ出ていなかった。陽菜の番で運悪くその話が回ってきてしまった。そして、『村のある特性』というのが、村が差別されていることだと気づいていた。
「差別されてるんです。ここ梧村は、よく犯罪者が流れ込んでくるって言われていて………だからこの村の周辺では、梧村の人とは結婚するなとかそういうのが………」
陽菜は、大好きな梧村が差別されていることを言うのがつらかった。
「ッ………なぜ犯罪者が流れ込んでくるのかは分かりません。もう交代してください。」
「お話ありがとうございます。」
陽菜は、差別されてる村出身であることがバレるのが怖かった。もしそれがバレて友達関係にヒビが入ることが怖かった。
「陽菜ちゃん………」
歌恋は心配そうな表情で陽菜を見つめる。
生徒たちは忘れないようにメモを取っている。陽菜はそれに恐怖を覚えた。もしかしたら萌果と美結の友達関係が終わってしまうのでは、と………
その後も話は進んでいった。
話は終わり、生徒たちと村人のためにお菓子が用意された。
陽葵が陽菜のもとに駆け寄る。
「あははっ、陽菜。またお菓子だ………ね………………大丈夫?」
陽菜の暗い顔を見て陽葵の言葉が詰まる。
「別に。ただわたしはこの村が大好き。それだけ………ちっ。」
陽菜の脳裏に母親の顔が浮かぶ。
「陽菜〜、今日暇?」
美結が陽菜に話しかけた。
「ん?どした?」
「いやー、よければ今日泊まる旅館に来ないかって。」
「いいけど、多分そこまで金の余裕が無いな………」
陽菜が考えていると、
「分かったわ、行ってきなさい。」
陽葵が陽菜に金を渡した。値段は把握している。
「いいの?」
「ま、たまには連絡してね。寂しいから。」
「………うん!」
陽菜は陽葵の言葉に、笑顔で元気よく返事をした。
「ありがとうございます………!」
歌恋は陽葵にお辞儀をしながら礼を言った。
「………」
陽葵は、歩く陽菜と横並びになった歌恋の後ろ姿を見つめた後、自身の左腕に視線を移した。
同時刻。黄色い着物を着た金髪の女が洋館の前にいた。
「………ここだ。なにか遠くに気配を感じて来てみたら………ここで何かあったのか?今回の任務と何か関係が?掲示板には大学生が来ると書いていたが、そのイベントが終わったら入れてもらうか。」
大学生と村人が、お菓子を持って続々と出てきた。
金髪の女が中に入ろうとしたその時。
「!!!」
禍々しい気配を感じ、その方向を向く。
「あぁ靴紐ほどけちゃったよ〜。ちょっと待って〜!」
陽菜が靴紐を結びながら萌果と美結を呼び止める。
金髪の女はそれを見ていた。
(今!今のメッシュの子から………一体何だ?)
旅館でチェックインを済ませ、陽菜たちは旅館に入った。
「よっ!」
陽菜が萌果と美結に挨拶をする。
陽菜が選んだのは萌果と美結がいる部屋。
校外学習に参加しているのは全員では無く、選択制。
「「陽菜!」」
「母さんに帰ってきてるのバレたくなくて荷物全部持ってきたから。トランプとSwitchならあるよ。」
「そっかー!じゃあ何する?」
萌果が陽菜に聞く。
「ん、なんでもいいよ〜。それとここ卓球もあるからそれでもよくね?」
「それでさ、聞いてよ陽菜〜。」
突然、美結が愚痴を始めた。
「ここに来るまでもずっと吉井がさあ。」
「あぁまた?ていうか吉井くんは………」
吉井創介は夏休みの直前から様子がおかしくなっていた。授業中に自傷行為や八つ当たりなどをするようになりかなり関わりづらく、授業に支障を来たしていた。
「吉井くんも来てるんだ………」
萌果と美結が以前創介を注意したことがあった。しかし創介のそれは悪化した。
「もう!これ以上うるさくされたらたまったもんじゃないのよ!せっかくの旅行なのにあんな奴に邪魔されたくないッ!次暴れられたら文句言ってやる!」
暴れるといっても自傷行為ばかりなので他人に当たり散らすことは無かったが、それを先生が気にして授業が止まることがたまにあった。
「でもそれ注意することが逆効果になってない?」
陽菜が聞いた。
「うーん、そうなの?」
萌果は首を傾げた。
「陽菜と歌恋さ………吉井には気をつけた方がいいよ。」
美結が言った。
「どうして?」
歌恋が不思議そうにしている。
「陽菜と歌恋さ………付き合ってるんでしょ。」
「えっ!」
美結の言葉に驚く陽菜。
「え、えと。わたし………その………ごめん………………」
陽菜は震えながら声を絞り出す。
陽菜はコミュニケーション能力は高いものの、歌恋との恋仲がバレることは想定していなかったため、『バレたことで萌果、美結との友達関係が崩れてしまう』と恐怖していた。甘えん坊で寂しがり屋の陽菜にとって友達、恋人、家族と親しい関係を失うことは死ぬことの次に怖いことであった。
「え、なにがダメなの?」
きょとんとする美結。
「え………だって、わたし………」
震える陽菜。
「………ああ。わたしたちが『陽菜は女の子をそういう目で見てるから気持ち悪い避けよう』、そう言うとでも思ってた?そんなわけ無いじゃん。」
「いいの………?」
「陽菜と会話してて思うんだけど、陽菜はいい子すぎるんだよね。だから悲しませたくないって言うか、ひどいこと言おうにも言えない。陽菜といると、すごく暖かくなれる………とにかく、友達になれて嬉しかったと思ってるよ。歌恋も、気にしなくていいからね。」
「美結………」
美結の言葉に涙ぐむ陽菜。
「それで、吉井がそういう関係に興味あるって、B組の角谷さんが言ってた。」
「ど、どうしてその情報を聞いたの?」
美結の言葉に歌恋が疑問を投げかける。
「わざわざわたしに言いに来た理由気になって聞いたんだけど、陽菜と歌恋がそう見えてたって。だから警告ってことだと思うよ。」
美結が答える。
「そうなんだ。ていうか普通にバレてるのかな………はぁ。変な噂になってなきゃいいけど。」
ため息をつく陽菜。陽菜は関係がバレることは嫌だと思っていないが、それにより起こる何かに恐怖している。
「まあいいや。陽菜、萌果、歌恋。気晴らしになんかして遊ぼ〜。どうする?」
暇潰しを提案する美結。
「じゃあトランプしよ。」
「おっけ。」
暇つぶしにトランプで遊ぶ4人。
「よっしゃ勝ち〜!」
陽菜はある程度は心理戦も得意だった。人の機嫌を伺う才能は心理戦の才能がそれなりにあった。
「あ、ねえ陽菜ちゃん。あの親戚の子の話聞かせてよ!」
突然何かを思いついたかのように、陽菜に話しかける歌恋。
「じゃあ、絵がカワイイ話とか!これ、日陽ちゃんが書いてくれた絵なんだけどね、見せてくれたんだ。ザ・子供って感じの絵で超かわじゃない!!!?」
スマホに表示されたその絵は2頭身の何者かと表現すべきもので、顔にぐちゃぐちゃした文字のような得体の知れない何かと、10時10分あたりをさしている針のようなものが鼻あたりからのびていた。
しかし、画力が慎ましい子供の描いた絵であるため、
「「「全然わからない………なにこれ、バケモノ?」」」
陽菜以外はそれを理解できていなかった。
(ふふ、バケモノかあ。でもある意味間違って無いのかも。これは本物だけじゃなくてバケモノみたいなニセモノも存在するんだから。)
口元に手をやり、意味深にくすくすと笑う陽菜。
「すごいね陽菜ちゃん。この絵が何かわかるんだ。」
「まあ、大阪に引っ越す前は日陽ちゃんとは長い付き合いだったから。」
そう言いながらスマホの画面を閉じて伸びをする陽菜。
(懐かしいなあ………)
陽菜たちがこうしている間にも、各々暇つぶしに外に行ったり部屋で遊んだりして過ごしていた。それは陽菜のクラスメイトだけでなくすべての旅館の客に言えることであった。
そして、夕食の時間になった。
「お、そろそろ晩飯の時間じゃん。2人とも行こ〜。」
陽菜が2人に呼びかけた。
「おー。」
長い廊下を歩いている3人。
「んー、なんかさっきから誰かの視線感じてるんだよね………」
陽菜はあたりを見渡した。しかし誰がつけてきているかは見えなかった。
「えー誰?ストーカー?」
「陽菜心当たりはあるの?」
「さあ………」
特に何も無く、夕食の場所についた。陽菜たちの学校の人以外も同じ部屋にいて、かなり広い宴会場だ。昨日とは違う部屋。
「おぉ、美味そう〜!」
陽菜は目を輝かせた。
全員揃ってから挨拶をし、食べ始める。
Bクラスの会話や男子の会話も聞こえてくる。
「ちょっと気になったんだけどさ、中国とかマレーシアってどんな料理があるん?」
Aクラスの男子、中埜立人が康梓俊とウォンジホンに聞いた。
「日本の中華料理は、美味しいけど日本独特の味があるだな。」
「マレーシアの料理は………」
A組男子もそれなりに友達としての会話を楽しんでいた。ただ一人を除いて。
(ふーん。わたし含めABクラス合計15人か。)
陽菜は萌果、美結、歌恋と会話しながら料理を口に運ぶ。
「ねぇ、そっちは明日何するの?わたしは行かないつもりだったから予定確認してなくてさ。」
陽菜が萌果と美結に聞いた。
「明日?明日はね───」
そうこうしているうちに、
「あーっ!もうわたしの分無くなっちゃった〜!」
陽菜が叫んだ。
「月城さん?よかったらわたしの分も食べます?正直わたしには多くて………」
隣のクラスの角谷かくたに春菜はるなが陽菜に聞いてきた。
「あ、いいんですか?」
陽菜は基本貰えるものは遠慮しない。断るかどうかを考えるのが面倒だからだ。断るものは選挙のチラシとティッシュくらい。
「あ、じゃあぼくの苦手な食材も渡していい?」
康が陽菜に聞いた。
「あ、いいよ!」
康と春菜から料理を分けてもらう陽菜。
「真くんのぶんの卵も一応用意しといてくれたらよかったのに〜。」
陽菜はBクラスの太附真の方を見た。
それなりにBクラスとも会話の機会はある。
陽菜は主に萌果、美結、歌恋、康、立人、ウォンとの会話を楽しんだ。陽菜のコミュニケーション能力なら男子とも問題なく話せる。創介は会話に参加してこなかった。
こうして、他愛もない話が夕食を食べ終わるまで続いた。陽菜は早く食べ終わっていたため会話に集中、ときどきスマホをいじっていた。
陽菜たちは部屋に戻った。夜までやることが無い。
「あ、そうだ。姉さんにLINEしとこ。撮った写真は………と。」
ぬいぐるみを抱きながら陽葵にLINEのメッセージを送る。
《美味しそうじゃん。》
《2日連続はラッキーだったかなあ。えへへ。》
「とりあえず報告はこれでいいか。」
陽菜はLINE画面を閉じた。
「あー。そんなでっかいヨッシーもいるの?陽菜ぬいぐるみ好きすぎ〜!」
美結がぬいぐるみを触る。
陽菜は以前、ヨッシーのストラップを見せたことがあった。髪の毛のメッシュを緑にしたのも、パーカーに卵の刺繍を縫ったのもヨッシーが大好きだったから。
「ん?」
戸がノックされた。
「誰だろ。」
陽菜は戸を開けた。そこには黄色い着物を着た金髪の女が立っていた。顔立ちを見る感じ、日本人だ。
「すこしお邪魔させてもらうよ。メッシュのきみに話がある。」
(ほんとに誰?まあ、いざとなったらぶちのめせばいいか。)
金髪の女は机の前に座った。
「え、なになに誰?知り合い?」
萌果が不思議そうにしている。
「それで何の用ですか?」
陽菜が聞いた。
「わたしは藤吉芭那。生まれは梧村。陰陽師………と言えばわかるかな?」
「陰陽師ぃ?新手の勧誘か何かですか?」
美結が少し呆れた様子で芭那に聞いた。
「そっちの2人が信じられないのも無理は無い。」
芭那は萌果と美結を指して言った。
「けど、月城陽菜ちゃんは知っているんじゃあないか?」
「は!!!?」
陽菜は自分の名前を言い当てられたことに驚いた。
「知ってるものかと思っていたが………そうか。そもそも関わらせたくなかったのか。」
「どうしてわたしの名前を?」
「陽菜、なんかヤバくない?」
萌果が心配そうにしている。しかし危険を感じつつも、好奇心を抑えられずにいた。
陽菜はどこかでその言葉を聞いたことがある気がしていたが、思い出せずにいた。創作物で抱いているイメージなどでは無く、身近なところで聞いたことがある気がしていた。
「単刀直入に言う。きみからは怨霊の残滓が感じられる。」
「残りかすぅ?」
声が裏返ってしまう陽菜。
「きみは誰かから恨まれている覚えは無いか?これほどの強さの残滓から推測すると、この旅館の客が無事でいられるかどうか………」
「………わかりません。それにあなたのいうことが本当だとしてどうすればいいんですか。」
「きみから怨霊の残滓が感じられるってことは、きみが誰かから恨まれてる可能性が高い。」
「………………………」
しばらく沈黙が続いた。
「も、もういいよ。風呂行こ?」
美結が陽菜の腕を引っ張る。
「あちょ、美結………」
芭那を残して部屋を出た。芭那も鍵を締められる前に部屋を出たが、それ以上ついていくことはやめていた。
「これ以上ついて行くのもな………しかしどうしようか。」
陽菜たちは着替えていた。陽菜は背を向けて黙々と着替えていた。
「ちょ、陽菜早いって!」
陽菜は素早く着替えを済ませた。
美結が慌てながら着替える。陽菜は勉強以外なら大抵なんでも素早くこなせる。
「先行ってるから。」
「わたしも………」
陽菜と歌恋はそう言い残し、温泉に向かう。歌恋は陽菜と風呂に入りたい気持ちが強く、着替えを早く済ませたのだ。
「美結は温泉久しぶり?」
「しばらく入ってなかったね………ん?」
ビー玉が床に落ちていた。
まずは柄杓で体を流す。次にシャンプーとリンスで体を洗う。
体を洗い終わり、湯船につかる。
「ふぅ………」
「あ、月城さん………」
陽菜が湯船につかると、春菜がいた。
「あ、角谷さん………何か浮かない顔してる?」
春菜の小さな表情の変化を陽菜は読み取った。陽菜はできるだけ顔を見るようにしていた。
「あぁ、ちょっと悩まされてることがあって。よくわかったね。」
「望まぬ環境が育てた才能だから。でも、これで友達が増えたから悪い気はしてない。悪い気がしてないのがなんか複雑なんだ。」
陽菜は俯いてしまう。
「少し自慢になっちゃうけど、子供の頃から運動は1番でよく褒められてた。けどわたしは勉強の才能が欲しかった。」
「そう。」
春菜が陽菜の方に向く。
「バラすの抵抗無いから言っちゃうけど、わたし彼氏いるんだよね。」
「ああ、西元くんかな?西元くんが悩みの種とか?」
「いや、違う。ストーカー。なんか夜道を歩いてると後ろからついてきてて怖くて………」
「でもまあ、流石にここまで来れないでしょ。梧村の行き先は先生しか知らなかったんだし。まさか先生がストーカーなんて考えられないしねぇ。」
「確かにね………それよりも吉井だよ吉井!あいつが鬱陶しいんだって!つぎなんかやられたらみんなの前で文句言ってやる!」
春菜が叫ぶ。
「わたしは強いし。別にどっちでも………」
陽菜はそれなりに自分が強いという自信があるため、もし吉井が自分や歌恋に手を出してきても殴り倒せるだろうと思い、公開処刑をしようとは思っていなかった。
「つ、強いって。月城さん………」
春菜がそう言ったタイミングと同時。陽菜は強烈な違和感を覚えた。
「あれ、萌果と美結遅すぎない?ごめん、上がるわ。」
「じゃあまた!」
陽菜は急ぎ足で更衣室に向かった。
「あれ………なんで誰もいないの?」
「ねえ陽菜ちゃん。萌果と美結ってお風呂に入りに来るって言ってたよね?2人ともそのつもりだったよね?」
萌果と美結が消えていた。しかし服は脱ぎっぱなしにしてある。
「え?裸で外に?いやそんなわけ………まさか。」
芭那の言っていたことが脳裏によぎる。
「オンリョウ………怨霊?まさか、2人が食べられたとでも言うの………?」
陽菜の肌から汗が流れる。
「何かヤバい………!」
上と下のパジャマだけを急いで着る。2枚しか着ていないのでノーブラノーパンだが、陽菜は気にしている場合では無いと感じていた。
「うう………何なのあのバケモノ………」
萌果と美結は、部屋の中で裸で震えていた。服は脱衣場に置いてきてしまった。
戸が叩かれる音がする。
「萌果!美結!無事!!!?ねえ早く開けて!」
「陽菜!早く中に入って!バケモノが………」
萌果が急いで鍵を開けると、
「グルァァ………」
そこにいたのは陽菜ではなく、バケモノだった。梟にどことなく似た顔つきをした2〜3頭身のそいつは、体の幅と腕が太く成人男性の1.5倍程度の身長があった。奇しくも、それは日陽が描いた『絵』と似ている体型だった。
そのバケモノは、陽菜の声を真似ていたのだ。バケモノには知能があった。戸の鍵も閉められてしまった。
「い、い………」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
廊下を走っていた陽菜は悲鳴を聞いた。
「美結!まずいまずいまずい………」
陽菜はこの状況で思い出していた。
杏恋はいじめられていた時期があった。外の大企業と富豪・東雲家の共同事業で、梧村に都市開発をしようとした。それを聞いた村人は、東雲家に強い反感を抱いた。そして東雲家の杏恋はいじめられるようになったのだ。
しかし、杏恋は養子だった。ただ村のどこかで気を失って倒れていたところを引き取られただけ。
杏恋も村人。都市開発に反対だと親に伝えたことがあった。しかしそれを伝えた途端親との関係が悪くなりひどいことをされるようになった。陽菜は杏恋からそのことを聞いていた。
東雲家に引き取られたばかりに、賛成派と反対派の両方にひどい仕打ちを受けた。
杏恋の方がひどい仕打ちを受けていたのに、陽菜は母親と気まずくなっただけで逃げた。医者を目指した事よりも、母親に怒られたことよりも、何よりもそのことを悔いていた。
杏恋に会って謝りたかった。しかし杏恋は死んだと知らされた。だから陽菜は杏恋の死の真相を知りたいと思い、帰省した。
「歌恋!何かやばいことが起きてるかもしれない!先生を呼びに行って警察に連絡してもらうよう伝えて!わたしは萌果と美結の様子を見に行く!」
「うん、わかった!」
陽菜の脚力があれば、部屋につくまであっという間だった。
「萌果!美結!!!〜〜〜ッ!鍵が閉まってる!」
陽菜は焦りに焦っていた。そんな陽菜に中のバケモノの足音など聞こえていなかった。
「うおおぉおぉぉぉあぁッ!!!」
けたたましい音を立て、扉は蹴破られた。
「萌果!美───ッ!いったい何だコイツはァ〜〜〜ッ!!!」
萌果と美結は裸のまま部屋の隅でひどく怯えていた。
床に血が垂れる。陽菜は慌てて指で血を拭き取る。
バケモノが陽菜の方を向いた。
(何だコイツ。バケモノ。梟に似てる?梟頭。二足歩行。人間。人間?2頭身。2メートル。もっとある。まずい。向こう向いた。ヤバい。2人。殺される。)
陽菜はこの異常事態を目にして、必死に思考をめぐらせる。
(人助け。母親。医者。目指す。後悔。人助け。後悔。どうする?)
「グォァァァァァーーーーーッ!」
バケモノが叫ぶ。
「迷うな!迷うなあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
わたしは強い。自分にそう言い聞かせ、バケモノにタックルを食らわせた。
バケモノは萌果と美結に気を取られていたため、陽菜のタックルをもろに食らって倒れた。
「ガァァァァ」
その瞬間から、バケモノは陽菜を餌ではなく敵と認識した。
「っ!」
バケモノが口を開けて噛み付いてくるが避ける。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
叫ぶ陽菜。
こいつは人間じゃない、バケモノだ。手加減や周りの状況を全く考えずそいつを殺すためだけのフルパワーで拳の連打を食らわせた。
「グァゥ!」
バケモノも驚いているようだった。陽菜はバケモノが死ぬかどうかだけを見ていた。
(でも、こいつがもしあの人の言う通り怨霊だったとしたら───)
陽菜の嫌な予感は的中した。バケモノは陽菜の攻撃を食らったかに見えたが、それは仰け反っただけでダメージを全く受けていなかったのだ。
バケモノは腕を大きく振りかぶった。
「ぐぁっ!!!」
陽菜は咄嗟に腕での防御を行った。ただ腕を出すだけでは無く、相手の腕の振りと同じ方向に腕を動かし、できるだけ速度差を無くして受け止める。
「ぎゃっ!」
腕はなんとかタイミングよく相手の動きと同じ方向に引いたことでダメージを軽減したが、床とバケモノの腕に挟まれることで背骨が嫌な音を立てた。
「がッ………」
陽菜は床に倒れ込んだ。
「ま、て………」
陽菜を無力化したと思ったのか、バケモノは萌果と美結の方に向き直った。さっきおあずけを食らっていたからだろうか。
(あぁ、だめだ………背骨が痛い、動けない………ぐっ!あ………萌果と美結が………死んじゃう………)
陽菜は床に突っ伏した───
「待たせたな!!!」
「藤吉、さ、ん………?ど、して………」
駆けつけてきたのは芭那だった。
「話は後!まずはそいつを………殺す!」
芭那の異様な気配にバケモノがビクッと背中を震わせた。そしてバケモノがゆっくりと芭那の方へ振り向く。
芭那はバケモノの方に手をかざしていた。振り向いてくる隙を狙い、
「はぁッ!!!」
芭那が叫ぶと、バケモノは胴体に大きな穴が空き、床に倒れ込んだ。その数秒後、バケモノの体は自然崩壊を始め、十数秒後には消滅した。
「きみたち、よく耐えたな。陽菜ちゃんが2人を守ったのか………と、今の奴について説明がいるな。だが今はいい、その話は明日にしよう。きみたちの服は風呂場のようだな、わたしが取ってきてやる。」
芭那が部屋を出ようとする。脅威は去ったが、2人は依然として怯えている。
「あ、陽菜ちゃん。怪我は無いか?手当をしよう。」
そう言い、陽菜に手を触れた。
「!?」
芭那は、陽菜の体があまり傷ついていないことに驚いた。
「いたた………背骨がいってないか心配、です………」
陽菜は腰痛持ちの老人みたいになっていた。
芭那が手を触れている間、陽菜は痛みを感じにくくなっていた。
「なにこれ、痛みが引いてく………」
「術で治しているんだ。それも明日説明しよう、きみはわたしに聞きたいことが沢山あるだろうしな。おい!脳は強打していないか?正常に思考はできるか?」
「できますよ、たぶん………腕でうまく防ぎましたし、その腕も背中よりはダメージが入りませんでした。」
「なんと………強いな、陽菜ちゃんは。」
第2話にも、物語の根幹に関わる重要な伏線が隠されています。それは第1話の伏線と繋がっており、後に陽菜ちゃんが知ることになるであろうことに深く関係します。
ヒントは、『わかる人にはわかるもの』に関するシーンが伏線です(ていうか、わかる人にはわかるって言葉、当たり前のこと言ってないか?っていつも思います)。
まあとにかく、百合ホラーアドベンチャーの第2話です!つぎの第3話もお楽しみに!