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ロキシー  作者: 木島別弥
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 人類は最初その正体を正確には認識しなかった。人類はずっと長いこと、その白血球だけを認識していたのであり、それが本当はその白血球の何百倍、何億倍もある巨大な個体なのだと気づくのにずいぶん長い時間がかかった。しかし、それはその白血球が人類から見て認識しやすい大きさだったためであり、地球の常識といわれる範囲のなかでは、その勘違いもいたしかたない程度だったのかもしれない。

 なにはともあれ、人類は未知の常識を超えた脅威に遭遇していた。その脅威は特に二つの点で異常な脅威だった。ひとつはそれが、認識できないほどの視点の差をもって襲いかかってきたことであり、もうひとつは、それは単純に見るからに勝てるわけのない力の差をもって襲ってきたことだった。

 ヒトが地面を歩く蟻を眺め、なんとなく指でつぶしてみるような時は、さすがにちょっとためらうこともあるのかもしれない。ヒトが猟銃を構え、大きなゾウを撃ち殺してみる時も、相手のゾウに対して何らかの感想をもつものかもしれない。ああ、これはかわいそうだとか、むやみに殺してはいけない、命を無駄に失うことは残酷なことだとか思うかもしれない。そうすれば、殺すのはやめておこうなどと決意することもあるのかもしれない。しかし、この脅威との遭遇では、そういったことはまったくなかった。人類に遭遇したそれが、人類に対して、ためらったり、思いとどまったりする要素はまったく存在しなかった。なぜなら、それにとって人類は認識できないほど視点のずれた存在であり、それのもつ知性や感情にほとんどまったくかみ合うことがなかったからである。それは決して残酷な動物ではなく(あえて、ここではそれを動物と呼ぶ。もちろん、それは地球の動物とは構造も性質もまったく異なる生き物だが、動く生き物であることには違いないからである。この宇宙に存在するすべての生き物を、動物と非動物に分類するのなら、それはまちがいなく動物である。)、また、殺しを好むような動物でもなかった。むしろ、それは獰猛というよりは温厚であり、相手に対して襲いかかるというよりは、じっくりと観察し、じっくりと分かりあうことを好んでいた。しかし、そんなそれ本来の性質は、この人類との遭遇においてはまったくといっていいほど何の影響力ももたなかったのである。それの意思はほとんどこの遭遇に介入することはなかった。ただあったのは、それの免疫系である白血球にとって、人類は異質な異物であり、排除し分解するべき対象だったということだ。それにとって、また、その白血球にとって、まさに人類はただの雑菌だったのである。人類の白血球が、自分では意識もせず認識もしないうちに、いつの間にか雑菌を駆逐してしまうように、それの白血球は、人類を雑菌として駆逐しようとしていたのである。


 名前をロキシーといった。

 それは道具を使う白血球であり、白血球のくせに文明を持っていた。その白血球たちは異質なものを駆逐し排除しようとする遺伝子からくる衝動を持っており、その大きな衝動に突き動かされていた。

 何者も彼らの領域に侵入することは許されない。彼らはとびきり優秀な免疫系であり、ほんのわずかな異物すら、確実に捕えて排除するのだった。彼らの文明は徹底して侵入物の解析を行い、そして分解する。侵入物の排除は彼らの文明の至高命題であり、あらゆるものに優先してその活動は行われた。侵入物の排除は命よりも重く、どんな損失をこうむってでも実行するべきことがらだった。それが彼らの遺伝子からくる衝動なのだ。人類があたりまえのように食べ物を食べるのと同じように、彼らはあたりまえのように侵入物を排除するのだった。

 彼らの領域は時間がたつにつれて急速に広がりつつあった。星をまたぎ、真空を越えて、彼らの領域は広がっていった。どこまでも広がりつづける領域を眺めて、ある時、彼らは思ったのだ。

 この銀河を征服しよう。

 この銀河を我々の体で埋めつくそう。そして、この銀河から異物を完全に排除するの。

 彼らは本気だった。そして、それはものすごく簡単なことのように思えた。

 つまりはこれは、銀河を征服しようとした白血球の話である。


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