第六話「猫の四姉妹と青空喫茶の三姉妹」
…私こと大葉玲耶の死…
それは私自身が未だに納得できない不可思議な謎でもありますが
今はそれどころじゃありませんものね。幼少の頃から私の祖父に
「まず自分のことより他人のこと」と教えられ、生きてきました。
現在は生きてはいませんが、縁あって孫になった葉ちゃまを思う
心だけは見失っておりません。守護は出来なくとも、しっかりと
見守っていく所存です。今は警護対象となるお嬢さん方について
考えるといたしましょう。そのうちの一人は既に葉ちゃまの心を
ぐぐっと引き寄せてしまいましたけど、警護対象者はネネさんの
他にあと二人いらっしゃるそうです。私といたしましては誰かが
ネネさんに残りの二人の所在を訊いてみるべきだと思うのですが
それぞれがご自宅に居るのなら猫も手出しできないのでしょうか?
そうだったらネネさんもご自宅に引き籠っていたら安全なのでは?
とりあえず改めて周辺を確認してみると、結構見通しの良い青空
喫茶店だということが理解できました。通りを歩く人物や犬猫も
注意深く監視してたら誰が不審者で誰が安全かは見分けられます。
ここが安心して監視できる場所なのは間違いないと思うのですが
現状では全員揃って、それぞれの飲食を愉しんでいるような状態。
というか、葉ちゃまは半月焼きのお代わりを口にしてる最中です。
昨日から葉ちゃまはお気に入りのものが怒涛の勢いで増えていく
真っ最中みたいです。白文鳥ささめゆき、半月焼き、ネネさん…。
貸間で留守番しているササメユキが嫉妬しなければいいですけど。
「とりあえず俺が知りたいのは、何故『猫四姉妹』がネネさんを
狙っているのかです。通常の男なら奪いたくなるのも無理はない
美貌の持ち主だけど、ネネさんを狙っているのは四姉妹でしょ?
あ、もしかしたら嫉妬かなぁ。不細工四姉妹の嫉妬が犯行目的?」
半月焼き二皿目を食べ終えた葉ちゃまがハヤカワ君に訊ねました。
猫の四姉妹が狙っているのはネネさんを含めた三人の少女なのに
葉ちゃまは、すっかりネネさん一人にこだわってしまっています。
「猫の目的は『誘拐ごっこ』ですよ。猫四姉妹はもう数百年ほど
精神が子供のまま成長していないから、遊びで人間を殺すんです。
困ったことに身代金なんて端金は目的じゃない。ただ殺したくて
誘拐しようと、三人の少女の自宅に予告状を送りつけてるんです。
ちなみに猫四姉妹は揃って美貌の持ち主だから普通の人間なんか
虫けら程度にしか思っていない。不老不死の死ねないバケモノは
限られた命の俗世の人間たちを甚振りたくて、単に遊んでるだけ」
空にした皿を下げに来た接客係の少年、鹿君が疑問に答えました。
「数百年も生きてる? そんなの嘘でしょ? 人は必ず死ぬのに」
そうです。私も死にました。生き物の命は必ず終わりがあります。
たった一人で私を見送った葉ちゃまだからこそ、そう言うのです。
「死ねない呪いをかけられた人間はもう人間とは呼べないんだよ。
だから『死ねないバケモノ』と呼んでるんだ。寿命のない存在は
神か長い間ずっと地上に繋ぎ留められたバケモノくらいだから…」
そう言い返し目を伏せた鹿君は皿を持って厨房へ姿を消しました。
「それにしてもおかしいよ。そんな予告状をネネさんのご自宅へ
送りつけたなら、俺が家族なら絶対にネネさんを家から出さない。
どうして家族はネネさんを外出させてるんだ? 絶対おかしいよ」
叩きつけるような勢いで葉ちゃまは独り言を呟きました。すると
「猫が送りつけた予告状の内容が『少女たちに普通の日常生活を
送らせろ。自宅に引き籠らせたら一家全員皆殺しにする』って…。
だからタナベ探偵事務所に三人のご両親が揃って依頼したんです」
年下と思われる葉ちゃまへ丁寧な言葉でハヤカワ君は返しました。
「それじゃあ…ネネさんは家族のために外出してるわけなのか…」
流石の葉ちゃまも目を伏せて黙り込みました。私も胸が痛みます。
ネネさんが座ってる卓のほうへ目をやると、ネネさんは持参した
手提げ袋から刺繍の道具を取り出し、熱心に刺繍をしていました。
白い布地に白い糸で作業してるようです。きっと品の良いものが
仕上がることでしょう。誰もが自室に飾りたくなるような品が…。
通りの向こうの広場に設置された目立つ時計塔は昼近くの時刻を
指していました。虚しいことに全ての命は時に支配されています。
生きていられるうちは時間を大切にするべきです。死んだらもう
時間とは縁が切れてしまいますもの。『思いの世界』を漂うだけ。
「お姉さま方、よくいらしてくださいました!」
後ろを向いていたらネネさんの声が辺りに響いたので驚きました。
その声に振り返ると年の頃は十七~八と窺える容貌の少女が二人、
ネネさんの卓に立っていました。ネネさんも立ち上がって二人を
出迎えています。三人の周囲は小鳥のさえずりみたいな賑やかさ、
華やかな若々しさに満ちています。お婆ちゃんになってしまった
私には羨ましい限りの空気が漂っていました。懐かしい頃の空気。
「ウザキ様、マツウラ様、青空喫茶店へようこそ。本日は昼食を
お召し上がりになりますか? お好きな食べ物をご注文ください。
お得意様である三名様のためなら店主が料理の腕をふるいますよ」
目敏い鹿君が即座に奥の厨房から現れ、冷茶の茶碗を置きました。
「お姉さま方、まずは椅子に腰かけてください。港町の市場まで
お買い物に行ってきてお疲れでしょうし、足を休めてくださいな」
甲斐甲斐しく声を掛けるネネさんは、将来きっと良いお嫁さんに
なりそうです。私みたいな行かず後家にはなりそうにありません。
接客係の鹿君は静かに店のお得意様である三人を見守っています。
「私は朝のお粥が残ってたら、それでいいわ。あまり食欲ないの」
そう言ったのは刺繍入りの青い服を身に纏った長身の少女でした。
艶やかな髪を腰まで伸ばし、結わずに自然なままで羨ましい限り。
「ウザキ様は白粥で宜しいですか? 拒絶反応が出てしまうから
卵は食べられないんですよね。ユウ様とマツウラ様、ご注文は?」
きっとユウ様はネネさんの苗字なのでしょうね。マツウラさんは
少々ふくよかな体型で髪を天辺で丸くまとめた可愛い感じの少女。
「私はいつもの半月焼きを食べたから、お昼は遠慮しとく。マミ
先輩は何が食べたいですか? もしよかったら店主さんが御膳を
持ってきてくれるような凝った料理を頼んでくれたらうれしいな」
そう言ったネネさんは奥の厨房を少し寂しそうに見つめてました。
「なるほど、今日はまだ青空喫茶の店主さんの顔を見てないから
ネネちゃんが御機嫌斜めなのね。マミちゃん、今日のお昼は手の
込んだ美味しいものを頼んであげて。ネネちゃんが可哀想だから」
三人の長女役らしいウザキさんがマツウラさんに口添えしました。
「えぇ、それじゃ鹿さん、今日のお昼は店主さんにお任せします」
「私はぬるめの煮麺にして。麺の量はいつもと同じ半分で頼むわ」
「畏まりました。当店自慢の昼食を店主が卓へお持ちいたします」
キビキビとした足取りで鹿君はお店の厨房へ向かって行きました。
もしかしたらネネさんはこちらの青空喫茶の店主さんのことが…?
いえいえ、女の勘なんて当てになりません。口を噤んでおきます。
「青空喫茶の三姉妹が揃いましたね。彼女たちが猫四姉妹の手に
かけられないよう警護するのが我々の務めです。夕暮れに三人が
自宅へ帰る様子を見送るまでが仕事です。どうかお忘れなきよう」
生真面目な口調でハヤカワ君が言いました。青空喫茶の三姉妹ね。
ネネさんは後から来た二人を『お姉さま』と呼んでおりましたし
義姉妹の契りを交わした三人といった感じで気恥ずかしいけれど
羨ましいとも思えます。まだ少女だからこそ結べた力強い絆の糸。
猫の四姉妹と青空喫茶の三姉妹の対決がどうなるかは葉ちゃまを
含めた警護職の人員たちにかかっています。猫四姉妹に関しては
未だによく分かりませんが、こちらが負けるわけには参りません。
葉ちゃまは生まれついての強運の持ち主、前途は見えないけれど
みんなが明るく笑える未来が訪れますよう陰ながら祈り続けます。