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ささめゆき  作者: 閑日月
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第三話「西の市場の青空飯店での出会い」

 葉ちゃまの新しい家族の一員となった白文鳥ささめゆきは夜明けと共に

目を覚ましました。「ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!ピッ!」と繰り返し鳴き、

いつも朝は寝過ごしがちな葉ちゃまもささめゆきの威勢(いせい)のいい鳴き声には

目を覚まさずにいられません。ささめゆきのことはまだこの家の者たちに

黙っておりますから鳥かごの中で鳴き騒ぐ白文鳥を(なだ)めるために布団から

体を起こすより仕様がございません。昨日までは遅刻を繰り返して職場を

クビになった葉ちゃまも白文鳥ささめゆきの御蔭(おかげ)で今朝は早起きしました。


貸間の戸締(とじま)りをきちんとして鳥かごからささめゆきを放鳥した葉ちゃまは

甲斐甲斐(かいがい)しく鳥かごの中の掃除や文鳥の餌と水の入れ替えなどをしました。

ささめゆきは見慣れぬ部屋に戸惑うことなく文机(ふみづくえ)の上を歩き回っています。

このまま早起きの癖がついてくれたら、次に()く仕事も遅刻することなく

働けるのではないかと(ほの)かな期待を(いだ)いてしまいます。この屋敷に巣食(すく)

元店子だった一家は元の家主の孫だった葉ちゃまを平気で邪魔者扱いして

粗末に扱い、この家から出て行ってくれることを望んでいるケダモノです。

昨晩もお腹を空かせた葉ちゃまを気遣うことなく、大家の一家だけ揃って

夕餉(ゆうげ)を済ませ、葉ちゃまから今月分の家賃をふんだくったのでございます。


葉ちゃまは空腹のまま(むな)しく残り湯に()かり、風呂掃除も務めたのでした。


既にこの世から去った存在は(しゃく)なことに全くの無力で心残りである存在を

見守ることしかできません。生者(せいじゃ)(おど)かしたり(のろ)ったりできるものならば

()うの昔に我が家を乗っ取って平然と暮らしている(ひど)い一家を追い出して

私が残しておいた財産も可愛い葉ちゃまの手に渡してあげるというのに…。



「さてと…」



水浴びを終えた文鳥を鳥かごに戻した葉ちゃまが何処(どこ)かへ出かける支度(したく)

始めましたが、一体何処へ行くというのでしょうか? ああ、そうでした。

きっと新しい仕事を探そうと考えているのでしょうね。働いて家賃などの

生活費を手に入れないことには生きていけない我が身を考えての行動です。


私の遺産(いさん)が葉ちゃまの手に渡っていたのなら、数年は無理せずのんびりと

暮らせたでしょうに…(くや)しい…。死んだら家屋や財産まで奪われるなんて

生前の私は夢にも思いませんでした。店子だった若夫婦は少なくとも私の

前では健気(けなげ)で真面目な風体(ふうてい)を装っておりましたから見事に(だま)されたのです。


あいつらの前へ化けて出られるものなら存分に脅かしてやるというのに…。


現在の私は透明な空気。誰かや何かを思う心しか持たないこの世を彷徨(さまよ)

浮かばれぬもの…。人間でもありません。心だけが現在の私の持ち物です。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


…………………………。


 葉ちゃまは昨日の夕方に立ち寄って白文鳥を買った西の市場へ向かって

いるようですが、まさか商人の仕事でもしようと考えているのでしょうか?


「腹が減っては(いくさ)も出来ぬし、ここで何か腹ごしらえでもしないことには

俺の家族となったささめゆきの面倒も見てやれん。饅頭(まんじゅう)の一つでも食うか」


ああ、そうでした。生者には食事が欠かせないものでしたね。現在の私は

食事する面倒も必要なくなりましたから生者の事情に(うと)くなっていました。

いけませんね、このままだと私はいつか良くないものになってしまいそう。



「まだ朝が早いんで開いてる露店も少ないな。昼近くにならないと…あ!」



西の市場も私が生きていた当時とは様変(さまが)わりしていて、昔よく立ち寄った

露店も閉店したのか見当たらなくなったり、昔とは違う新たな形式の店が

(のき)(つら)ねるようになっていました。葉ちゃまが立ち止まったのは青空飯店(あおぞらはんてん)

朝食を()る客を見込んでか既に開店しているようです。明るく清潔ですし

ここなら私も美味しい(かゆ)の一杯でも頼んでみたいと思うような露店でした。


「おはようございまーす。ここ開いてますよね? 玉子粥を一杯ください」


たくさん並んだ卓を()いていた少年を見つけた葉ちゃまが声を掛けました。


「はい、畏まりました。お客様、お好きな席に着いてお待ちくださいませ」


少々気難しい表情をしながらも愛想よく客をもてなすよう(しつ)けられている

接客係のようです。葉ちゃまは少年が拭いた卓の座席に腰を下ろしました。


「このお茶はお客様へのおもてなしの品です。(ただ)ですので遠慮なくどうぞ」


まだ十五~六といった印象の少年が青空飯店のお客様となった葉ちゃまに

小振りの茶碗に注がれた冷茶を置いて行きました。何だか感じの良いお店。


「そういえば(のど)も少し(かわ)いてたんだったっけ。それじゃ有難く頂戴(ちょうだい)するよ」


いつもより早起きしたら葉ちゃまに良いことが訪れました。きっと後から

卓に()せられるであろう玉子粥も美味しいことでしょうね。昨日は職場を

クビになったり、白文鳥を買った帰り暴漢どもに襲われたりもしましたが

悪いことばかり続かないものです。きっと大丈夫、私の葉ちゃまですもの。



「すみません、こちらに相席してもよろしいですか?」



…?!…


葉ちゃまより少し年上? 三十路(みそじ)と思われる男性が一人で向かいの座席に

腰かけました。品が良くて落ち着いた声の美丈夫(びじょうぶ)が目の前に現れたのです。

声を掛けられるまで全く気配を感じさせないなんて…不思議な人ですね…。


…それにしても…


若い娘なら見惚(みと)れそうな顔…。あら、はしたない。もうお婆ちゃんなのに。



「そっちは俺に何か用があるから俺の座ってる卓以外は全部空いてるのに

わざわざ相席したんでしょ。それじゃ勿体(もったい)ぶらずに用件を話してください」


そう言うと葉ちゃまは冷茶を飲みました。向かいに座った彼は一体何を…?

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