第一話「黄昏の市場で出逢った運命の友」
葉ちゃまが勤め先を解雇されたのは寝坊による遅刻を繰り返した所為でした。
職場の始業時刻までに職場の内装店へ来ないのですから職場の親方から信用を
失うのは仕様がございません。たった一人の孫である葉ちゃまは幼少の頃から
朝寝坊の悪癖が抜けず、どんなに早く寝かしつけても夜が明けて数時間過ぎて
ようやく目を覚ます子でした。私がこの世を去ってから、もう数年の時が過ぎ
葉ちゃまも成人して数年経ったというのに、未だに世話の焼ける未熟な子供の
ような部分が目立っているのでございます。私が後もう少し面倒を見れたなら
もっとマシな大人になっていたと思うのですが、運命や宿命とかいうものには
誰も逆らえないのでしょうね。非情な運命は葉ちゃまのご両親や私をあの世へ
追いやってしまい、可愛い葉ちゃまを天涯孤独の身の上にしてしまったのです。
今は黄昏、街の西にある市場も西日に染まり、店仕舞いの支度を始める者の
姿も見受けられます。とはいえ、葉ちゃまは市場で今晩と明日の食事を買って
帰らねばなりません。売れ残りで構いません。全く料理が出来ない葉ちゃまの
飢えを満たす食料が買えるといいのですが…。あ、葉ちゃまが足を止めました。
「…大福が鳥かごに入ってる…」
私の目に見えたのは大福じゃなく、白い小鳥でした。食料品を売る店じゃなく
愛玩動物を売っている店の前で立ち止まるなんて葉ちゃまにも困ったものです。
「大福に黒い豆みたいな目と苺みたいな嘴がくっ付いてる。食いもんだったら
買って帰るってのに。でも、綺麗だな。真っ白い大福みたいな小鳥が黄昏色に
染まって何だか少し寂しげだ。こいつも俺と同じ…鳥かごの中で独りきりか…」
大きな鳥かごの中に一羽きり売れ残ったと思われる白い小鳥を見た葉ちゃまは
何かしら思うところがあるのでしょうか。一羽の小鳥をジッと見つめています。
「それ、買うつもり? 予算はどれくらい?」
露店の店主と思われる中年の男が葉ちゃまに近づいてきました。不躾に予算を
訊くなんて…。小鳥の売り値を言わないところが小賢しい商人だと思いました。
「今日は給金をもらったんで家賃や生活費を除いたら、これだけ出せるけど…」
見知らぬ商人にも真っ正直に答えてしまうのが葉ちゃまの良くないところです。
大人の汚れを知らぬ葉ちゃまは小鳥に出せる金額を商人に伝えてしまいました。
「ほぅ、そいつはうちの露店の看板娘として働いてもらっている文鳥なんだが
それだけ出す気概があるならアンタに譲って構わないや。その鳥かごも当分の
餌もつけてやるよ。その代わり毎朝の放鳥を欠かさず、よく世話してくれよな」
にんまり微笑んでみせた商人は葉ちゃまの小遣いを全部奪う気でいる様子です。
きっと葉ちゃまは売れ残りの文鳥には不釣り合いな金額を提示したのでしょう。
だから鳥かごに餌もつけてやると言ってるわけです。全く嘆かわしい買い物…。
「えっ、この白文鳥に鳥かごとかつけてくれるの? ありがとう。助かったよ。
その鳥の名前はもう決めてあるんだ。今日からこいつはササメユキ。大福じゃ
見る度に食いたくなっちまうもんな。今は初夏だけど小さい白い鳥だから冬に
舞い落ちる雪のほうが相応しいと思うよ。ささめゆき。冬空を舞う白い粉雪だ」
世間知らずで無邪気な葉ちゃまは売れ残りの白文鳥に名前を付けて喜んでいる
様子です。自分の食料より大切な家族となる存在が欲しかったのでしょうね…。
文鳥が水浴びするための容器などが入った大きな鳥かごを抱え、葉ちゃまは
うれしそうに夕暮れの道を真っ直ぐ帰宅しようとしていました。今晩の食事に
明日の食事はどうするつもりなのでしょう? ただ黙って見守るしかできない
現状が恨めしくなりますが、掛け替えのない家族を得た現在の葉ちゃまは何も
気に停めず悠然と帰路を急ぐようでした。ささめゆき、葉ちゃまをよろしくね。