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勇者パーティー、約束と共に [小説版]  作者: 棚からおはぎ
2/3

戦闘後、草原にて

「浄化魔法、パターンA展開。範囲200、出力30! ホーリーフィールド!」

 ソプラノボイスの持ち主──ニーナが呪文を唱えると、空気中に光の粒子のようなものが無数に現れる。

 かと思えば、数秒でそれらは全て消えてしまう。

 それを見届けたニーナは、魔法展開のためにかざしていた両手を下ろし、満足げな顔をした。

「よし。空気中魔力濃度、適正値を確認」

 剣を腰に下げた男──アランが言う。

 手に持つのは、冒険者ギルドより配布される、空気中の魔力濃度を確認するアイテムである。

「ありがとうニーナ。今日の依頼はこれで終了だね。みんなお疲れ様」

 そう言って顔を上げてパーティーメンバーの顔を見渡すと、皆ほっとしたような笑顔になる。

 依頼を無事こなした後、真剣な空気から一変して和やかな空気に変わるこの瞬間が、やりがいを感じられて好きだ。

「いやぁ、ドライウッドの群れが出てきた時正直焦ったぁ」

 ブルーシーホースを肩に携えた男──ジェイミーが困り笑いをしながら大きく肩を下ろす。

 ドライウッドとは、先ほどのキングウッドの下位存在である魔物で、全長1メートルほどの切り株のような形をしている。

 事前にギルドから聞いた話では、今日の依頼はキングウッド一体の討伐のみだったのだが、その前にドライウッドが10体以上も現れ足止めを食らった。

 一体一体はそこまで強くはないのだが、手の形をした枝を長く伸ばして遠距離攻撃をすることが可能な個体であり、複数体以上いる場合、パーティーで上手く連携をしないと殲滅が難しい魔物なのである。

 想定外の事態だったため作戦を早急に変更する必要があり、昼過ぎに終わる仕事のはずが夕暮れ時までかかってしまった。

 空は今、真っ赤に染まっている。

「どう考えても、前の依頼を受けた冒険者が魔力を浄化しなかったわね……報告書に書いてやらなきゃ」

 バインダーに挟んだ報告書に向かって、低い声を出す女性──シルビア。

 彼女は顔を不快そうに歪めながら、報告書にペンを走らせている。

「おっとシルビアがお怒りだ」

 草の上にあぐらをかきながら、茶化して笑う彼女は、シャウナ。

「当たり前よ。魔物を倒したら魔力に戻るから、浄化魔法やアイテムを使って空気中の魔力を適正値に戻さないと、また魔物が生まれて危険、なんて話、スクールの1年生でも知ってるわ。そんなことも分からない人間が、いまだに冒険者にいるなんて信じたくもない」

 素早くペンを走らせる手は止めずにシルビアが言った。

 魔力とは、酸素と同じくこの世界を覆う大気の中に含まれている気体であり、空気中の魔力量が過剰でも希薄でも、様々な弊害が起こる。

 その1つが、魔物発生。

 魔物とは、空気中の過剰魔力が変化したもので、それ自体が小さな自然エネルギーであるため理性はなく、理由もなく人に危害を加えるのである。

 そのため、冒険者パーティーは魔物退治の際、周辺一帯の空気中魔力量を一定に戻す作業──このことを、この世界では「浄化」と呼んでいる──が義務付けられている。

 空気中の魔力を浄化するには、2つの方法がある。

 1つが、先ほどニーナが使っていた浄化魔法。

 ただし、人間には生まれつき魔法適正があり、誰でも好きな魔法を使えるわけではない。

 アランたちのパーティーには運良く浄化魔法に適正のあるニーナがいたからできたものの、パーティー内で浄化魔法に適正のある者がいなかった場合。

 これが2つ目の、アイテムを使って魔力を適正値に戻す方法である。

 魔法と違い失敗するリスクもないため、冒険者パーティーの8割以上がこの方法を使っている。

 デメリットとしては、浄化用のアイテムは有料なこと。

 おおかた、アイテムを買う金を惜しんだのだろう。この一帯だけ不自然に魔力濃度が高かったことから、、シルビアの言った通り前の依頼を受けた冒険者が魔力を浄化しなかったと見える。

 正義感が強く、責任感がない行動を嫌うシルビアがこのように顔をしかめるわけである。

「確かに、ただでさえ『魔王城』の影響で全国の魔物が強大化してるし、これ以上魔物の被害増やされても困るよね」

 弓の手入れをしながら、やれやれと言った顔をして言う彼は、サニー。

 アランたちは、この6人で冒険者パーティーを組んでいる。

「『魔王城』ねぇ……」

 ジェイミーが神妙な顔で呟く。

「ジェイミーさん? どうしました?」

「いやね、このパーティーが結成されてもう3年経つし、私たちももう、30階層以上のダンジョンを攻略できるようになったでしょ? そろそろ『魔王城』攻略の命が王様から出されてもおかしくないなって思うんだ」

 『魔王城』。

 それは、この国にある世界最大級ダンジョンの呼称である。

 ダンジョンとは、地中に溜まった魔力が人知れず形を変え、部屋や廊下を形成し、やがて何階層にも連なり立派な建物に変わったものである。

 この仕組みは、何人もの研究者が長年かけて調査中だが、いまだに詳しくは分かっていない。

 分かっているのは、そうしてできた建物──ダンジョンは、そのものが魔力の塊であること。

 つまりその中で何体もの魔物を生み出すのである。

 さらに魔物は厄介なことに、放っておくと、植物が光合成するように魔力を常に作り出し、放出するのである。

 魔物はこうして子孫を残していく。魔物とは、魔力という気体から生み出されたものの、その実態はもはや生物となんら変わりはない。

 加えて、ダンジョン内の魔物が生み出した魔力は魔物を生み出すだけでなく、ダンジョンの大きさにまで影響を与える。

 ダンジョンが魔物を生み出し、魔物がダンジョンを成長させる。ダンジョンは人間にとって大きな脅威になり得るのだ。

 放置すると危険なため、ダンジョンを見つけたらできるだけ速やかに浄化させ、ダンジョンを消滅させなければならないのだが、いかんせん魔物には浄化が効かない。

 そのため、ダンジョンは必ず最下層まで降りて魔物を全退治してから、浄化させなければならないのである。

 さて、そのダンジョンだが、時間経過とともに大きくなるため、発見が遅れるほど攻略難易度が上がる。

 この国で発見されているダンジョンの内訳は、7割程度が10階層未満、2割が10〜20階層、1割がそれ以上、といったところ。

 しかしどれだけ大きいダンジョンが発見されても、階層数は40未満であった。3年前までは。

 3年ほど前、国内の魔物の数が異様に増え、その一体一体が強大化する事案が発生した。

 その影響で、各地で様々な人が魔物に襲われる被害が多発した

 調査の結果、過去最高の大きさであるダンジョンが発見された。

 予想階層数、なんと50以上。

 世界的に見ても、類を見ないほどの大きさだった。

「やっぱ、『魔王城』戦って俺たちのパーティーがやるのかな」

「まだ正式に依頼が入ったわけじゃないけど、もう国中そんな空気感だよね。一応、国で1番実績を残してるパーティーって証明もされてるし」

 弓の手入れをちょうど終わらせ、定位置の背中に弓を装備しながら疑問を口にするサニーに、アランが答える。

「あたしら、巷じゃ『勇者パーティー』なんて呼ばれてるしな。逆にあたしらじゃなかったら笑うね」

 そう言ってみせるシャウナの自信は、確固たるものであるらしかった。

 間違いなく世界最高難易度であるはずの依頼にも全く怯まないその姿勢が、実にシャウナらしい。

 その様子を見ながら、ふと、口を開いた者がいた。

「もう、そんな時期……」

「ニーナ? 暗い顔してどうしたの」

 小さく呟いたニーナの顔を、シルビアが覗き込む。

「えっ? あ、いえ。世界最大級ダンジョンなんて、今から想像するだけで緊張しちゃって。ダメですね。今までこのために、皆さんと一緒に国中を冒険してきたのに」

 はっとして慌てながら、苦笑気味に答えるニーナ。

「大丈夫。今まで何千何百と魔物を倒してきたのよ? 私たちなら無事にこの任務をやり遂げられるわ」

「……はい」

 シルビアの言葉に、ニーナが安心した顔を見せたその瞬間、ぐうぅ、と盛大な音があたりに響いた。

 音の出所が腹をさすりながら口を開く。

「あー、腹減ったぁ。夕飯にしようぜ」

 シャウナがその日の夕飯のきっかけになるのは、このパーティーのいつもの日常である。

「そうだね。じゃあ、俺はギルドに報告しに……」

 そう言いながら、報告書を持つシルビアの方に、アランが一歩踏み出した瞬間だった。

「ピピー。過重労働警告〜」

 サニーがにやけながら、アランの前に立ちはだかった。

 なんだか楽しそうである。

「ええ、サニー何それ」

「私がパーティーの皆さんにお願いしたんです」

 そこにすっと現れたのは、さっきまでの控えめな雰囲気を収めたニーナだった。

「アランさん、平気な顔して何でもかんでも仕事するので、戦闘後は一切の仕事をさせないように、皆さんに監視してもらってます」

「でも……」

「デモもストもありません! 私の仕事は、皆さんの体調管理です。体を壊してからでは遅いんですから。いいですね?」

 そう言って上品な笑みを浮かべるニーナだが、そこには一切の言い訳を許さないという圧を感じる。

 どうやら、数日前に睡眠時間を少々削って報告書の記入や経費の計算、依頼確認など諸々の作業をしていたことを根に持っているらしい。

「は、はい」

 これ以外の返事は、アランの頭では思いつかなかった。

 ニーナはそれを聞いて満足げに頷き、それまでの圧を嘘のように引っ込めた。

 ふぅ、と思わずアランは息を吐き出してしまう。

「ニーナ、たまに有無を言わせぬ迫力出すよね」

 ジェイミーが笑いながらアランに同情する。

「しっかり者の僧侶に育って良かったじゃない。それじゃ、ギルドへの報告は私がしておくわ」

 シルビアはそう言うと、報告書が挟まったバインダーを持って、その場を後にした。

 その姿を見送ったシャウナが軽やかに立ち上がる。

「んじゃ、あたしは夕飯狩ってくる」

 そう言って足を伸ばすストレッチを始めた。

「今からですか?」

 ニーナが驚いたようにシャウナに聞く。

「ああ。だって魔物は倒したら魔力に戻っちまうから食えねぇし?」

 魔物は通常の動物と違って、魔力でできた生物。

 魔物の息の根を止めると、その場で霧散し魔力に戻るのである。

「わざわざ狩りに行かなくても、町に行って店に入れば……」

「さっき言ったろ?」

 シャウナがアランの言葉を遮る。

「ラスボスが目の前かもしれねぇって。少しでも節約しねぇと。どーせケチな王様は金なんか出しゃしねぇんだ」

「シャウナ、それもし王様の耳に入ったら不敬罪で捕まるよ」

 嫌味たらしく言うシャウナをサニーが焦って注意するが、当の本人は「ふん」とそっぽを向き、反省している気配はない。

「ま、無理もないけどね。全国の強大化した魔物退治のために何百人もの人間が選抜パーティーを組まされて、さぁ冒険しろーなんて言われたけど、国からの援助は何もなし。しかも、誉れ高き選抜パーティーとか言って、実際抜擢された人間は、全員が身寄りのない天涯孤独の寄せ集めっていうね」

 その様子を見ていたジェイミーも同調して口を開く。

 魔物被害が多発した一時的な対処として、国王はとある命令を出した。

 それこそ、このパーティーができたきっかけ。

 全国の魔物を一掃するため、()()()()国民で一時的に魔物退治専門のパーティーを組むというものである。

 一応、選抜パーティーは通常の冒険者パーティーと同じ権限を与えられ、ギルドの利用なども自由に行うことができる。

 通常の冒険者パーティーと違うところと言えば──

「魔物退治専門なんて、どう考えても命の危険が大きいからねー」

 サニーが言った通り、魔物退治専門という点である。

 通常の冒険者は、魔物退治の他、個人からの護衛依頼や害虫駆除、人・ペット探し、庭の草むしり、救助活動など、肉体的な万屋、と言った方がわかりやすいかもしれない。

 対して選抜パーティーの仕事内容は、その全てが国中の魔物退治かダンジョン攻略。

 シンプルながらも、はっきり言って、殺したいのかと直接国王に問いたくなるほどの危険度だ。

 アランも選抜パーティーのお達しを受けた当初は絶望したものである。

「その点、家族がいなければ死なれても文句言われないし、路頭に迷っているホームレスに職を付けられるから治安も上がるし、いいことずくめだもんね。酷い話だー」

 頭の後ろで両手を組みながら、サニーがぼやいた。

 選抜パーティーに選ばれた人間には、誰が見ても明らかな共通点があった。

 なんらかの事情で親を亡くしていたり、勘当されていて誰一人として親族がいなかったり、物心ついた頃には孤児で、そのまま引き取り手が見つからず成長して大人になった者だったり。

 表面上では、国の窮地を救うヒーローのように言われていたものの、国王の意図には誰しもが勘づいていた。

 当初は暴動も起こったが、国王はそれを見越していたらしく、あっという間に鎮圧されてしまった。

 残った選抜民は泣く泣く命令に従い、冒険者にならざるを得なかった。

「そういうわけで、ラスボス戦も今までと変わらず、自分らで用意せにゃならん。町で全員分の食事買う余裕があるんだったら、回復薬の1本でも買った方がいい」

 ストレッチを終えたシャウナがアランに向き直る。

「そう、だね。俺も行こうか?」

「だああ、仕事しすぎなリーダーは休んどけって」

「でも、シャウナは魔法が使えないだろ? シャウナの腕を疑うわけじゃないけど、もう暗いし、死角から野生動物に襲われたら……」

 そう、シャウナはこの世界の人間では珍しく、魔法が使えない。

 とはいえ、パーティーの支障になるどころか、戦闘ではアランと同じく前線担当である。

 それでいて、国で1番のパーティーのメンバーなのだから、その身体能力には恐れ入る。

 だが、油断は禁物。

 ギルドでは毎日のように殉死報告が飛び交っているのだ。

 このパーティーは運良く誰も欠けていないが、いつその時がやってくるとも分からない。夜道を女性1人で歩かせるのも躊躇われる。

 やはり誰がなんと言おうと着いていくべきだ、と口を開こうとした矢先、サニーが手をあげた。

「じゃあ俺がついてくよ。このパーティー組む前は立派に猟師だったし。攻撃は俺担当で」

「うっし、あたしが獲物を見つけりゃいいんだな。秒で終わらせて戻る」

 あっという間に話がまとまり、シャウナとサニーが出かける準備を始める。

「今日の料理当番はジェイミーとニーナだろ? リクエストは?」

 シャウナが2人の顔を見ながら聞く。

「ニーナは何食べたい?」

「私ですか? 私は……」

 ニーナは手を顎に当てて考え込むそぶりを見せ、しばしの後、思いついたように「あっ」と小さく声をあげた。

「ジェイミーさんが前に作ってくれた角煮、すごく美味しかったので、それが食べたいです!」

「あ、角煮は俺も食べたい!」

「確かにしばらく食べてなかったかも。賛成!」

アラン、サニーと続いて同意を示す。

「うっし。んじゃ狙うは猪ってことで」

 シャウナが準備万端、と言うように腕まくりをする。

「お、いいねぇ。今日は角煮に決定!」

 ジェイミーのその一言を皮切りに、パーティーには和やかな夕食準備の風景が流れた。

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