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「すまない。 少し頼みたい事があるのだがいいだろうか」
声をかけられただけで空いた口が閉じる事が出来なかったのは、恐らくこれからの長い人生の中でも何度も起こるはずのない出来事だと自負する事が出来る。
田舎の村から穫れた農作物を片道5時間もかけて馬車を転がして訪れた街で、超絶イケメンの顔をした男に声をかけられた。
長身で鎧を装着しているのにスラッとした身体に、整いすぎて神々しくも見える綺麗な顔立ちをしている男だ。
だが、そんな彼を見て田舎者のオイラでも誰かすぐに分かった。
彼こそ、1年前から噂された人類の救世主と言われる勇者本人だ。
魔族の大進軍をたった1人で追い返し、魔王と同様かそれ以上と呼ばれる悪龍を打倒した腕っぷし。
弱気者を助け、悪しき者をくじく善良な強さ。
そして何よりイケメンでありながらの性格の良さ!
村の娘が50人いるとすれば50人全員が勇者に惚れてしまう事まちがいなし!
なんだコイツ。
ちょっとはその完全完璧なパーフェクトステータス田舎者のオイラに分けろチクショウがッ!!
「大丈夫か貴殿。 なんだかすごく辛そうな表情をしているが・・・」
「あ、気にせんでください。 ちょっと我が心の醜い部分と戦ってるだけなんで」
「そうか。 貴殿の心情は私には理解できない部分もあるが、もし良ければ私が話を聞こう」
「大丈夫ッス! もっと泣いちゃいそうなんでッ!!」
善意100%の勇者の気配りとイケメンな顔に、思わず惚れそうになった自分を一喝する事で、なんとか正気を保つ事が出来た。
そんな勇者が何故かオイラの馬車に乗っているのは街で声をかけられた事が発端である。
どうやら勇者様はオイラが暮らしている村にある小さな教会に用があるらしく、丁度商売に来ていたオイラの事を誰かから話を聞いて声をかけてきたらしい。
彼の有名な勇者様が一体あの寂れた小さな教会に何の用があるのか見当もつかないが、そんな事たかが田舎者のオイラが知る由もない。
とりあえず道中の駄賃をもらえるという事なので馬車に乗せて、今に当たる。
「あの・・ちょっと聞いていいスか?」
「ん? なにかな?」
しかし、馬車に乗せたのは勇者1人ではなかった。
「お隣の御方は一体どこの誰なのでしょうか???」
勇者は村まで運ぶ話をした際に1人の人物も同席する事を持ちかけた。
真っ黒なマントに、顔が見えないように深くローブを被った人物。
ここまで一言も声を発していないのとブカブカのマントのせいで性別が分からない。
だが、先ほどから勇者様が一方的に喋り続けている事から仲間である事は分かるのだが、神々しく輝くイケメンの勇者とは真逆で、魔女のような雰囲気を纏った根暗そうな人物である。
「あぁ、彼女の事かい?」
どうやら女性のようだ。
「彼女はね。 私の大切な恋人なんだ」
「へ~恋人! そりゃあいい・・・・・・・・」
ん?
んん??
んんん???
今なんていった?
こいびと?
鯉人?
いや、それじゃ只の魚人じゃねぇか。
つまりこうか?
恋人・・か?
「えぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええッ!!!!!??? 恋人ォォォォォおおおおおッ!!?」
今日は一体なんて日だ。
これからの長い人生で、そう何度も経験する事の無いリアクションを2度も取ってしまった。