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第二話 少年は悪魔に唆される


『早く帰れ、早く、早く、早く』


 今日は一段と悪魔がうるさい。おじさんが教えてくれた新しい罠の設置方法を試しているっていうのに。


『戻ってくれ、おねがいだから』

「あ」


 木にかけた紐が落ちる。最初からやり直さなければ。

 ため息がついつい漏れてしまった。億劫にかがんで、道具を集める。

 今日はリナの誕生日だし、早く帰るか。それにこんなにうるさいと集中のしようがないだろう。


『戻るのか、よかった』


 足を村の方向へと向ける。


『いや、待て。やっぱだめ!戻るな』


 悪魔が両手を前でクロスするというボーズをとり、前に立ちはだかる。

 僕はそれを無視し、悪魔の透けている体をまっすぐ通り過ぎた。

 こいつは何がしたいんだ?

 ずっと戻れと言っていたのに、やっぱり戻るな?本当に理解できない。

 まあ、母さんの言っていた通り悪魔の言うことは無視するのが一番なのだろう。


『やっぱり俺の言っていることわからないのか?』

『わかってるなら戻るな』

『お願いだから』


 いつもはしばらくたったら黙るのに今日はずっとしゃべる。それが悪魔の必死さと合わさって、少し不気味だ。

 そのせいか、いつも見慣れている森もなんだか恐ろしく感じられる。

 森の暗がりに何かが潜んでいるように思え、風の音が悲鳴に聞こえ、空気がよどんでいるように感じる。

 ...いや、ちがう。これは、これは風の音なんかじゃない。


 本物の悲鳴だ。


 それに気づいた瞬間、足が勝手にかけだす。

 きちんと耳をすませば聞こえてくる。ラーニおばさんの声、ローグの声、村の人たちの聞き慣れた声だ。


『だめだ、だめだ、だめだ......ああ』


 森を抜けた。

「おっとっと」


 平穏とはかけ離れた光景が目に入ると同時に後ろから服がつかまれる。

 体を無理矢理ひねって後ろを見ると、背の高く痩せたひょろっとしている青年がいた。


「君は...12歳くらいかな?」


 その手を外そうともがくが、青年の力は思ったより大きいようで、外れそうになかった。

 青年は僕の首根っこをつかみ、村の中心部へと足を向けた。


 吐き気がした。


 村では武装した人々が村のものを強奪していた。村の人々はおびえて、金品を差し出した。少ししか差し出せなかった者の中には殴られ、蹴られ......切られている者さえもいた。でも、その中におじさんや妹がいないことに少しほっとしていた。


「かしらさーん、いい感じのやつ一人見つけてきたよー」


 村の広場に出ると同時に青年の軽やかな言葉が響き渡る。広場には大柄な男と血を流して倒れている男がいるのみだった。


「そりゃあ、ちょうどいい。なかなかその年代のやつはいなくてな」

「お、それなら私、お手柄ですね」


 そう言いながら青年は男の前に僕を差し出した。男は僕をじっと見つめる。僕は男から目をそらした。


「こんなこどもがいいのか、依頼主の感性はわからんな」

「それは私もです。これでも昔と比べればましな年齢のを御所望してるんですよ?」


 目の前の二人は平然と談笑をする。いつもの自分なら殺意がわくであろう光景にも何も感じなかった。


「...おじさん」


 思わずこぼれた言葉に二人は会話をやめ、僕の視線の先を見る。


「へー、お前こいつの知り合い?」

「...」

「こいつなかなか強かったよ。」

「...」

「まあ、お前は当分死なないから安心しな」

「大人になったら一巻の終わりだけどねえ」

「...妹はどこに」

「うん?」

「妹はどこにいるんだよ!」


 そう言ったと同時に男につかみかかった。


「ちょっと落ち着こうかあ」


 後頭部に衝撃が来る。

.....

....

...

..

.




『....ろ』

『..きろ』

『おきろ!』


 意識が浮上する。目を反射的に開いた。

 しかし、見えるのは暗闇だけだ。ああ、目隠しをされているのか。

 え?まてよ、なんで目隠しされてるんだ?

 今日はリナの誕生日でそれで、ああ。

 うん、そうだった。早くリナを助けにいかないと。


『よかった、起きたのか』


 ただ、これ手も縛られてるな。堅い。


『手は結構厳重に縛られていたから取れないと思うぞ』


 早く、助けにいかないといけないのに!


『俺の言うことを聞いてくれ、もしかしたら脱出できるかもしれない』


 は?俺のいうことを聞いてくれ?


(悪魔の言うことなど信用できるわけない!)


 思わず心の中で叫ぶ。


『俺の言うことがわかるのか!よかったあ。本当によかったあ』


(お前......僕の思っていることがわかるのか?)


『イエス。少年が強く思ったこととか俺に伝えようと思ったことは伝わるよ』


(...そうか。ただ、悪魔の力を借りる気はない)


『俺は悪魔じゃない!幽霊だ!』


(...)


『あ、でもよくいる怨霊的なものではなくて...』


(...)


『あーもう、とにかく悪いやつじゃないんだ』


(...)


『それに、今はそんなことを言っている場合じゃない』


(...)


『今は、今は悪魔の力を使ってでも何でもここを脱出しなきゃいけないときだろ!』


(っ...)


 僕だけならいい。でも妹が、リナが怪我をしたら、死んだらっ、それだけは絶対にだめだ。


『なあ、少年!』


(...わかった、手を貸してほしい)


『任せなさい』


 真っ暗な目隠しの下で悪魔の不敵な笑みが見えた気がした。



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