愚者の憂鬱・隠者と銃皇
「3Faith」
ぼうっと光るランタンが店先にちらほらと並ぶ夜道。
すでに時刻は深夜12時を回ったが大通りからは喧騒が聞こえてくる。ナイトクラブやコメディショーで賑わっているのだが、その大通りから脇道に入れば狭い道には小さな飲食店がポツポツと営業していて、大通りとは対照的な静けさだった。
色付きメガネにスーツを着た初老の男が猫の額のように小さなテラスの丸テーブルにいた。
姿勢は良く、スーツの上からでも分かるほどに分厚い筋肉に覆われた体躯。自信と余裕に満ち溢れているような空気を纏っている。
ーー3Faithーー
店員がフォーを持ってやってきた。
「これは普通のフォーよりちょっとしょっぱくて味のあるやつかな?」
確認すると、「ハイハイ、ソウデスヨ」
と返ってきた、男はライムを数滴だけ、スプーンでチリオイルも少々入れてフォーに手をつけ始めた。男が半分ほど食べたところで目の前の空間が青く歪んで、同じテーブルの向かいの席に霊体が出現した。
赤子ほどの大きさの鯨だった。それは、殆どデフォルメされたぬいぐるみのような赤ちゃん鯨で、眠そうに目をゆっくりとパチクリしている。
「3フェイス、もどったよぉ、ねむーい」
鯨が思念で伝えてきた。
「お帰り。……フォー食べる?」
ーいらなぁーい。
それよりも眠りたいのだ、この鯨は。もと相棒の魂の残骸から生まれた子、地獄、輪廻の世界と名付けた場所を平定してポータルを通ってやってきた場所で運よく見つけることができた。
「ブラウ。僕はね、魂というのは相性があるのかもしれないと。歳をとるほどにそう思うようになったよ。お前を育てることになったのも相性がそうさせるのかもね」
ーフゥン、本当の子供は育てないのに?
むにゃむにゃとこんな事を聞いてくるのも相性が関係しているのだろうか。
「さぁね、しかし世界がこんな有様でなければ本でも出していたやも知れんな題は『相性論』になる」
と鯨の質問には答えずに、しかし内心では3Faithは娘について思いを馳せる。
赤子鯨が、「今どこにいるんだっけ?」
と聞いた。
「太陽の魔女になって大活躍さ、なんたって僕の自慢の娘だからね」
ー殺さないの? いつかみんな消すっていうでしょ。
「どうしても殺せなかったのさ、殺さなかったんじゃない。それに後継者になる可能性もあるし、……そこまで急いでないからね」
**
3Faith
本名デイビット・リプリー。
男は幼い頃に夢を見た。
それは数え切れない宇宙の外の外には壁があり、その壁の外で神が自分を待っているという夢だった。
夢を見た少年はそれが自分が生まれてきた理由であり、使命だと確信した。
そして次に不可能だと思った。
宇宙は超えられない、人間は宇宙を旅すらできない。銀河すら渡れない。
次にデイビットは、……自分だけではない。他にもこの夢を見ている存在がいるはずだと思った。きっと世界中で稀に生まれてくるのだろう、そしてその使命を持った個体のいずれかが、いつかそれを成す。そのようになっているのだと。
そして自分はハズレ玉であるとも、思った。この使命を果たすのはおそらく人間よりもはるかに発展した種族の中でそう生まれついたものか、もしくは遠い未来の何者かだろう、少なくとも自分ではない。
ディビット少年にとって人生は暇つぶしだった。生まれてきた意味がわかっても、どうせ使命は果たせないのだ。ハズレくじとして一生を歩み運命の言う通りに生きて死ぬ。人生はそれだけだった。
しかし同時に少年は根っからの「不可能など決して無い!」と言う精神の持ち主であったし、諦めの悪さも特級であった。
だから、諦めきれず。
念の為、念の為と修行をした、そんな人生だった。
晩年超能力に目覚めた。
それは今の3Faithから見れば児戯に等しいものであったが、その事実は今までのゲームをひっくり返した。
時折人の心が読めるようになった。
時折予知夢を見るようになった。
世界がおかしくなる前に見た夢が2つ。
宇宙同士の衝突。
あちらの世界のエイリアンの最後の瞬間、その思念。
そしてやってくる新たなる世界と人間をはるかに超越することになる自分自身。
ハズレではなかったかもしれないと思った。もしかしたら、ハズレではないかも知れない。
真の意味で自分が宇宙の殻を破れる機会が訪れたのかもしれない、やれるところまでやってみたい。
それから、覚悟を決めた。カルト教団に力を貸し、家族と妻を生贄にし、多くの人間を殺した。力を得るために。
特に自分にとって大事なものたちを。
デイビット・リプリーこと、3Faithは悪を自認しない。
宇宙には寿命があり、孵すものだと思っているからだ。だが、自分が使命に殉じた結果巻き込まれる人々に共感しないわけでもない。自分が彼らの立場だったら? そう思うと心が痛んだ。
理想や、夢、使命のために関係ない人々を轢き殺していくのか。自分がそれをやられたらどう思うのか、そう言われている気がした、自分自身に。
だからやったのだ、大切なものたちから己の手で、大事な者たちは最初に自分で始末した。だから言い訳も説得も無用。
「……だから、もう止まらないね?」
それが、あの時3Faithの口から出た言葉だった。
記憶から現在に意識が戻ってきて、目の前を見ると——
眠りこけ始めた赤子鯨。自らの胸元に引き寄せて抱っこする。
ーシンディはどこかな。また会いたいな、クローンだから私との記憶はないけれど。やっぱり私は彼女が大好きだからね。彼女をまた愛したい。
涙が込み上げてきていた。ルネーを見せてやりたかった。
「立派に成長したものだよ、本当に。ほとんど育ててやれなかったのに」
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シンディ、僕の子供でもあるから絶対彼女は背が高くなるよ、予言しよう。
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ふとそんなことを言っていた記憶が蘇る。
背が少し低いのを気にしている妻に言った通りになったのだが、彼女には見せられない。一筋の涙が落ちて、3フェイスが涙を拭き、鯨の背をポンポンと叩くと霊体の鯨は3Fの中に入って行った。男は珍しく感傷的になっている自分にうんざりした。
腕の中には淡い光を放つ光球。鯨が見た夢が残されていた。
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夢の中身
月面、月と審判の魔物。
全勢力、全ヴィジョナリーに宣戦布告。
ヴィジョン:全ての魂を月面のおもちゃにすること。
予想される未来:月面の勝利。
魔女死亡、英雄死亡、隠者死亡、賢者死亡、星見死亡、海人死亡、銃皇生存、死神死亡、煙人死亡、魔法淑女死亡、世界放浪者死亡。ベビーカー崩壊。
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ー……随分舐めたことしてくれるみたいじゃないか。
いつの間にか取り出した煙草を深く吸い込んで煙を吐いて呟いた。
3フェイスの瞳には世界を滅ぼしてやらんとするような狂気を孕んだ怒りが轟々と燃え盛っていた。
対照的に口角は釣り上がり、男の顔は笑っていた。
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新西暦???〜100年
黄霧ー黄夢ーコウム
いつからか現れたその現象は瞬く間に世界中に広がり、円卓の勢力の領土であっても混乱に落としていれた。
黄色い霧に言及した資料は失われたものが多いが、存在は確実視されている。というのも世界各地、当時存在した勢力のほとんどが黄霧について記録しているからであった。
黄夢とも書く。
黄霧は領土に浸透し、異形の怪物を生み出す。厄介なところは領土全体を霧が出るようにしてしまうこと、その霧自体は普通の霧であり、黒い物は住んでいない。しかしその霧がいつの間にか黄色く変色し、気づけば黄夢となる。
生み出される怪物はどれも強力で、これが現れるたびに掃討しなければならないのだが、怪物は黄夢の中へと逃げてしまうと、次自ら現れるまで倒す術がないという物であった。
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街の下水道を足を引き摺りながら、歩く二人組がいた。
いや正確には一人は肩を貸していた。
「いやぁ、悪いね。トミー」
「……もう、ウィルですよ。いい加減覚えてくださいね」
トミーは少し悲しくなった。他意はないのはわかるが、死にそうだったのだ、そして今は瀕死の状態で帰還しようとしている。死んだ父親の名前で呼ばれるのは死を連想させるし、いい加減にマジで覚えてくれよ……、と情けない声で頼むのも、そのエネルギーですら貴重なのだから、いやまじで頼むわ、と。
「うん、私たちの領土までどのくらいかな」
今にも寝落ちしてしまいそうな顔でルーベンが言った。その顔からははっきりとした疲れが見て取れて、この師匠が死に物狂いであの化け物のように強い死神の目を盗んで自分を助けてくれことを思い出して、さっきまでの自分を恥じて改めて感謝した。
「さぁ、ポータルまで待ち伏せされてそうなんで変なルートで帰ってますからね」
ほとんどギャンブルのような物だった。
重傷を負って、ルーベンは片腕がしばらく使えない上に足まで負傷。ウィルは傷だらけであったが道中で魔物を食べていると傷が見るみる直っていった。
——下水道から地上へ。
マンホールの蓋をどけて地上へ出ると、太陽が燦々と輝いて住宅の塀や壁に反射していて眩しかった。
ルーベンが目を細める。
休憩場所を探そうということになり、街を探索。
すぐ近くにカフェがあって、そこまで歩いていく。人通りは少なかった。
「先生、……普通の街じゃないですよ、これは」
ウィルが周囲を警戒しながら言った。
ーま、そのようだね。
あたりを見まわしてルーベンがそう返した。
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——フライデーの街にて。
ジョン・スミスとフリーダ・シーガー。隠者と銃皇。
白い丸テーブルに腰掛ける男女がいた。
男は黒縁メガネに整えられた無精髭。
デニムのパンツに暗い緑のコートを閉じずに羽織っている。顔立ちは良く整っており、女には苦労することもなく、向かい合っている作り物かというほどに美しい女と共にいても違和感のないほどにハンサムな男だった。
==隠者 ジョン・スミス
テーブルを挟んで向かい合っている男は女を見ずに無表情で煙草に火をつけて空を見上げていた。
女は胸の下あたりまで届く燃えるような赤毛の美女。
理想的と言って良い体つきは男を惑わせつつも威圧もするであろうというほど、175センチはあるだろう長身と顎がやや上にあがっているのも、その竹を割ったようにさっぱりとし口調も、冷たい鉄のような表情も女が持つ自信と実力をよく表していた。
枯れ草色のロングコートが赤毛に良く映えた。その姿は女海賊団の船長か、フィクションの中の軍の見目麗しい女将校か、といった雰囲気。
==銃皇 フリーダ・シーガー
「それで? 何を手伝って欲しいって?」
妖艶に楽しそうに笑いながら、女。フリーダ・シーガーが言った。
「ああ、なんだっけかな……」
困り顔をしてジョンが言うと、フリーダが若干心配そうな顔で——
「また吸ってるぞ?」
と指摘した。
その時になって初めてジョン・スミスは自身がやめたはずの煙草を吸っていることに気づいて顔を顰めた。やや名残惜しそうな顔をして最後のひと吸いをしてから煙草を消した。
「申し訳ないが、君は随分よくない状況にいて、その上詰んでいるんじゃないかな?」
言いにくそうに、しかし笑みを消すこともなくフリーダが言った。
「俺の呪いのことか? 色々と忘れてしまう呪い」
ーああ、それに未来の話もね。
未来視のマイケルの見た未来。
未だ見たことはないが、月面、という奴がいる。
そいつがそろそろ全勢力に宣戦布告すること。奴の勢力によってほとんどの円卓の勢力の当主が死亡する可能性があること。最も生き残る確率が高いのが、この前の前にいる女……
円卓の勢力「Rapunzel 」のリーダー。
——銃皇、フリーダ・シーガーその人であった。
切れ長の青い瞳が薄められて、色っぽい口調でフリーダがジョンを見る。
「ジョン、最高だよ。君は……、本当に美味しそうだし、……いや! なんでもない!」
いきなり恥じいったように代わり顔を横に逸らしたが、少し間をおいてから潤んだ瞳でジョンを見て、舌なめずりして、また頬を赤らめたあたりで話し合いは終わり、場所を変えることに。
フリーダとともに、ホテルへと向かう。
現在ジョンとフリーダで滞在しているホテル「ニューイングランド銀行・ネオンホテル」
この謎に包まれた街「フライデー」で最もマシなホテルであった。
##
ジョン・スミスは思い出していた。
もういつ忘れるかもわからない、せっかく取り戻した記憶を。
ジョン・スミスは自分らしくなく人生を生きてきた。理由は何をやっても上手くいかなかったからである。物心ついた時からずっと何一つ思い通りにならなかった。
そしてジョンは良いことは人のおかげ、悪いことは身から出た錆、と言うような言葉をなぜか信じた。
本当の意味で文字通り間に受けたのだ。不運なことにジョンは浅く広く、長く、不運だった。
上手くいかないことを自分のせいにしたジョンは人の真似をした。人ができること、人の長所を練習して自分もできるようになった。それで上手くいかないならもっと練習したし、ジョン少年はそれだけで飽き足らず、他者を肯定し続けた。他者のようになれば、マシになるはず。もう少し結果が出るはずだと。おそらく自分が何か足りないのだろう。おそらく自分が悪いのだろう、きっと。
随分、大人になってからだった。ジョンが一通り本当に全てやってしまってから気づいたのは。
「なんだ、本当に運が悪かっただけだったのか……」
ジョンが27歳のときだった。もう試すことがなかった。自分らしくいても別に報われることもあることを実感として理解したのは。
ジョンは自分というピースがうまく嵌められなかった、だからそれを他のピースを真似て削っていたのだと理解し、それをやめた。やってはいけないことだと感じたからだ。
それからジョン・スミスは自分らしく生きようとした。もっと自分を肯定しながら生きようと、そうしてきた。だがそのやってはならないことを続けてきた、その蓄積が「八つの世界」と言う能力になり、自分の異能を底上げする土台になったのだと、そう思うと感慨深かった。
結局、無職になったり、宝くじが当たったのに世界がおかしくなってしまって有耶無耶になったり、散々だったのだが。それでもここ数年のことはいい思い出だった。空虚な人生だった。ひたすらに自分が間違っていると思い込んで、そんなこと以外何もしてこなかった空っぽの人生。
結局は、また自分を顧みずに焦って出ていって3Fに殺されてしまったり、気をつけていたのに。
あの悪夢の世界で最後を待っているとシンディに助けてもらったり、いろんなことがあった。
戻ってきてらは、ルネーやマチルダなどと愛し合った。
今のジョンは実態が3分の1ほどしかない。世界に戻った時、ウィック人形が逃げたからであった。
そうだ、戻った時はなんだっけ。薄れゆく記憶の中を泳ぐように探す。
あの研究室に戻った時、自身の傀儡が自身が戻ることを拒絶した。あの傀儡の王のパーツがジョン人形を傀儡化し、ジョン人形も傀儡の王を傀儡化していた。奴らがなぜ自分を拒絶したのかは不明。しかし、半分以上幽霊になってしまった。
戻ればエレーニは車椅子ですっかり弱っていた、自分の血をあげたり色々世話をした気がするが、その後はどうしたのだっけ。記憶が怪しい、あの時3Faithに何かされたかも知れない。
頭を振って為すべきことに集中する。
「今俺がやれること、いややりたいことは……」
ジョン・ドー人形を捕まえて体を取り戻す。俺の傀儡は皆生前の俺の命令を最優先に動いている、だからマザーが言う事を聞けなかった。白などはマザーたちを死なせないために付き合っていた形になった。それがANKH・Oの暴走理由。俺があの時悪魔党を倒しにいくぞ、と言ったからだ。それが最後の命令になってしまった。
最後の命令的にマチルダは問題ない、マケンナ、エレーニも。
ジョン人形は俺が殺そうとしていた対象。ゼフ・アドリエル、不死身野郎、暗黒教団教主、3Faithを狙う可能性が高い、実際に悪魔党戦争の時にゼフ・アドリエルの近くで張っていたとき、もうこないと思ってトドメを刺そうと槍を投げ込んだ時に、現れた。巨大な雷を落として同時にゼフを殺した。あの時は逃げられてしまったが、次はどこに現れる? 3Faithは始末して、あとは教主と不死身野郎だ。教主はどこへ逃げたか不明。不死身野郎はスケアクロウの大幹部。簡単には入り込めないだろう。なんと捕まえて肉体を取り戻さなければいけない、今の俺の力は全盛期の3分の1まで下がっている。
そしてもう一つの問題。動き出した円卓の席主の一つ、月と審判の魔物。
こいつがもたらす未来。……みんな死んでしまう未来。
「──月面……、こいつはなんとかしないとな」




