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ダブルサイココライド2 ―Saga Of Hermitー  作者: KJK
15章 Harvest Moon 収穫する世界の悪意 
98/111

呪術師、南東へ2 ・ケルビン・ミラーは捕えられない


白い鉱石のような肌の見目麗しい女の怪物。

変異した人間かどうかは疑わしい、頭髪の部分が肌と同じく白い色の鉱石の蛇。服装はローマのトガのような一枚布で表情は凡そ人間らしくない無表情。目を見開いていて瞬きは少ない、が一応するようだ。


第一印象は__


__勝てるか怪しい、だった。



呪い魚の口の中にあった目玉とメドゥーサの目があった。俺とも目があったような感覚。それは全身が凍てつくような無機質な瞳だった。


視界が切断され——


カァーン、と甲高い音がした。

石化した呪魚が床に落下した音だった。



「……逃げなければ」


さぁ、小旅行に繰り出す前に魔女の土地まで逃げ帰る羽目になりそうだぞ。




* * *



己の許容量以上の酒をたらふく飲んで千鳥足で家路に着こうとする酔っ払い並みの千鳥足で部屋のベランダへ。ただでさえ壁や手すりに捕まっていなければ派手に転倒してしまいそうな状態で手すりに手をかけ、向かいのビルに飛び移る。


荒い海の上でニンジャウォリアーでもやっているような気分。脇に抱えているバジリスクも不安に思っているかもしれない。もう一匹の呪魚をよび起こす。正確には魚ではないが。


呪蛸ーしゅたこー海蜘蛛

両手の指に変化し皮膚の下から蛸の吸盤が形成される。触れたものに吸着の効果。



「うっ…… 気分が悪い、しかしこれでより安全になった」


ふらふらと壁に手をつけて吸盤で外壁に引っ付き___


「せーのっ!」


横のオフィスビルの外壁に飛び移る。

非常階段に身を乗り入れて、倒れ込むようにして移動。バジリスクを離すと、おいおいお前大丈夫かよ? という雰囲気でこちらを覗き込んでいる。うえって、と吐きそうになりながら軽く頭を撫でてなんとか立ち上がる。立ち上がる最中もよろけて階段の壁に頭を打ちつけそうになる。


気持ち悪すぎる!

そろそろ個人魔防壁を解く。

気分が良くなるまで1、2分かかるだろう。


呪いのチョークで簡易魔法陣を描き、身隠しの結界を非常階段に張っておく。


__だいぶ酔いが良くなったと思った時。


そこでまた地面がグラグラと揺れ始めて嫌な予感に襲われた。


「! 魔防壁じゃない!」


災厄の黒い水が沸き起こっていた。


手すりから身を乗り出して辺りを確認すると、大地から黒い水が湧き出してどんどん水位が上がっている。辺り一体の建物の1階はすでに水没。


(2階までは来ないだろう)


アムスがそう予想したとき、悲鳴が聞こえた。


(なんだ、何が起こっている? 人間の悲鳴じゃなさそうだが……)


「ふぅ……、全く」


軽石の呪いを呼吸法から発動、体内に行き渡るように自身を呪いで変質させていく。


発泡スチロール程度まで軽くなった体重で建物を蹴って跳躍。体がふわりと浮き上がって一気に向かいのショッピングモール屋上へ飛び、次の一歩で坂上駅のプラットフォームの屋根に着地。


天高く跳躍を繰り返してはエリアから離脱。振り返り、元いた場所を見ると__


__黄土色の霧が辺りに出現し始めていた。


そしてあの怪物、メデューサが苦しんでいるように霧の中で身悶えている。霧に完全に包まれる前にメデューサの背後に黄土色の背の高い人型エイリアンのようなものが見えた気がした。


(さっさと帰るにことしたことはない)


急ぎ魔女領に帰還しようとしたアムスだったが、南東エリア全体に霧が碁盤の目のように立ち込めて思うように帰還ができない。


東部高速道路出入り口付近まで逃げて来て、魔物に囲まれつつあった。

近くにはどこに通じているのかもわからぬポータルが一つ。最悪これにかけるしかなかった。


「もう、いい加減覚悟を決めないとな。……その前に」


顔を天に向け口をえづいたように何度か吐き出すように動かすと、粘着質な生物がアムスのなどの奥から勢いよく飛び出していく。


「呪魚その2、口飛魚(クチトビウオ)だ、うぇっ……」


仲間としたバジリスクと口飛魚に思念を持たせて魔女領へ放つ。


黄色い霧の中から怪物が出現。


__ミノタウロス、という言葉がよぎった。


歪に変形した牛のような頭部をもつ二足歩行の怪物。岩のような筋肉の塊、その筋繊維の一つ一つが野生動物などでは到底太刀打ちできないであろう暴虐な霊気を内包しているのが一眼見ただけで伝わってくる。これもAクラス以上の魔物だった。


まだこちらを認識していないようだったが__


__それが、ゆっくりとホテルの屋上からこちら側に近づいてきていた。ミノタウロスの肩が呼吸と共に揺れる、前傾姿勢気味にゆっくりと動く怪物は瞬きでもしようものなら瞬間、目の前にまで飛んでくるんじゃないかというほどに圧があった。


「メデューサの次はミノタウロスか、纏う空気が黄土の霧と何か似ているが、うぇっ、うぷ、気持ち悪い」



個人用の魔防壁を再展開したことで気分は最悪で胃のなかのものを全てぶちまけてしまいたかったが、その前に偶然発見したポータルにフラフラとした足取りで駆けて行って起動。


ポータルを起動した瞬間、こちらに気がついた怪物が瓦礫を投げつけてきたが、間一髪でなんとか逃げ仰せた。




__半日後。


ひどく疲弊した状態のバジリスクが魔女領に帰還持ち帰った情報により、Witcheryはアムス捜索班を作り、また東部高速道路付近のポータルの捜索も始めたがポータルの方はすでに消失していて、アムスを探すことは困難を極めた。


南東エリアへの調査も決定したが、それはまたしても遅れることになった。


黄土色の霧が州都全体に時折現れるようになったからであった。





@@@


「英雄領、レイトナイトシティ」



バジリスクが魔女領に帰還した頃とほぼ同時時刻。



見回り番の男、ガウェイン・カーが相棒のケルビンと共に不審な霧が湧いているのを発見した。


夜の霧は視認しづらく、その日だけで数人の騎士が霧に飲まれ中にいるものに食われてしまった。澱んだ魔素の動きでなんとか気づいた二人は上級騎士に通報。市では調査隊が組まれ、ここ数週間の間に失踪した人間たちもこの霧の犠牲者だろうと結論づけられた。


カーとケルビンは夜間でも霧を見つける能力に秀でていて高い報酬で夜の霧専門の見回りを請け負うことになったのだが、この日は霧の様子がいつもと違った。



__レイトナイトシティ川沿いの散歩道。


君主同盟行きを一旦見送ったケルビンはカーとコンビで見回りをするようになっていた。


深夜2時を回ったあたりであった。

いつものように霧を警戒しながら街を練り歩いていると__



「おい、カー。また見つけたぜぃ」


小声だが軽い調子でケルビンが言った。


「ちょうどあの枝垂れ柳の下か……」


漆黒の闇の中、少しでもよく見ようとカーが目を細めた。


「気をつけろよ、また魔物が出てくるかもだしよっ」


気をつけるのはお前だよ、と警戒心の無さなら見回り番でもトップのケルビンに言ってやろうかと思って、やめた。


理由は……


「いつもと何か違う、近づかずに通報するぞ」


であった。



何が違うのかと言われれば、魔素の澱み方がより歪だった。たったそれだけのことだが、それだけのことを警戒し、慎重になるから生き残ってきた部分もある、そしてそれは正解で、この世界で生き残りたいのなら慎重であるべきだった。


カーが端末を取り出し、騎士団詰所に場所を伝えていると、ケルビンが懐中電灯で霧を照らした。


単純によく見ようとしてのことだったが、そこでカーは霧にかすかに黄土色が混ざっており、またその中から3mはある毛むくじゃらのトロルのような怪物の影を見た。人間二人が入れそうなほど大きな腹、自身の胴ほどに大きな頭部に酒樽ほどもある前腕が、霧をかき分けるようにして出てくるのを見た。


次の瞬間には暴走車の如く飛び出した怪物によってケルビンが体当たりで吹き飛ばされ、ガードレールによって止められるまで落石のように転がった。


恐ろしい威力の体当たりが終わると怪物は方向転換して、カーに向かってきた。対処するため、端末を落として剣を抜く。衝突の瞬間、半身になってギリギリで躱し、すれ違いざまに斬りつけると右手が電流が走ったように痺れ剣が遥か彼方に飛んで行った。


勢いのまま30m以上向こうまで進んで怪物が振り返り、こちらを見ていた。


カーは自身が完全にこの肥太った猛牛のような怪物にロックオンされていることを理解した。背後からケルビンが起き上がってくる音が聞こえた時、二人とも同時に「こいつはやばい、無理するなよ?」と声を発した。




カーとケルビンはこの戦闘で負傷し、駆けつけた騎士が4名死亡。


さらに増援の騎士が5名と流浪の能力者が一人加勢に入り、なんとか怪物は倒された。その真っ赤な瞳の毛むくじゃらの怪物の推定戦闘力はAAクラスだった。Aクラスですら街中に出現するのなら相当な脅威だったが、このレベルの怪物が出現するとなれば到底放って置けるような問題ではない。


なぜ魔防壁が検知、そして作動しなかったのか。スケアクロウは対応に追われた。後にこれは円卓のほぼ全ての勢力、領土で起こっている災厄のような問題であることが発覚。


しかし調査の最中ケルビンがスパイ容疑がかかっていた死んだ元東方騎士団の男、ネイトと繋がりがあった疑惑が浮上。投獄されてしまう。





カー:A格の元高位騎士 旧東方騎士団 ドレイク付き大騎士の副官。今は見回り番。

型 シェイプシフター


ケルビン:A格の騎士。カーと行動を共にする見回り番。同じく東方騎士団出身で今は見回り番。

型 義賊 


***



黄色の霧、黄霧、黄夢とも。


スケアクロウと君主同盟の円卓の大戦の渦中に起こった災厄は大戦以上にこの時代の人々を混乱させ、各勢力をかき乱した。また多くの市民たちが残した記録では、本当に恐ろしかったのは災厄の黒い水でも、戦争でもなく、黄夢だったという証言も散見する。


黄夢と呼ばれた災厄は時に黄色い霧、または砂塵であり、この現象が起きると晴らしたはずの領土内の霧が復活し、強力な魔物が現れた。魔防壁はそれを検知できず、作動もせず、各勢力はいつ何時、領内に霧が出現するかもわからず、霧と共に現れる魔物の対処に奔走することになった。



@@



「英雄領レイトナイトシティ」



__能力者収容施設、午前3時過ぎ。




狭い取調室で一人にされたケルビンが百数十回目のため息をついた。大袈裟でなく、この男は永遠に飽きることなく時速60回に迫るほどのペースで、かれこれもう2時間近くため息をついていたのだ。


ケルビンは悲しかった。


心の中では、とっとと君主同盟に行けばよかった、やら。いや最初からネイトなどとは距離を置いておけば。そもそも戦争中の敵国などに行くのもアホらしい、中立国に行くべきだった! そうだ、賢人連盟に。いや、ダメだ。ワイズマンは君主同盟入りしたから中立じゃない。じゃあ、他は……、そう考え始めるとそういえばケルビンが知っている大勢力はスケアクロウ以外では、Witchery、Devil's Party,、Wiseman、ANKH、New World……


ここにきて初めてケルビンは具体的に思考して、そして真剣になった。この軽率で楽観的な男にしては珍しいことだったが、ようやく気がついたのだ。


(おいおい、全勢力が戦争してるんなら、行く場所なんてねぇじゃねぇかよぉー!)


スケアクロウはちょっとなぁって、他には君主同盟以外で知ってるとこは新世界しかないし、新世界とは戦争中だし。円卓の勢力以外は頼りないし。


俺は安全に暮らしたいだけなのに、なんで収容されなきゃいけねぇんだよぉ! まぁ、そりゃ東方騎士団出身でネイトとつるみ、君主同盟行きを考えてたなんて怪しすぎるか。全部自分から喋っちまったし、素直で正直なのはいいことだと思ってたんだがなぁ……、質問に正直に答えたらこれかよ!


なんとケルビンは取調室でほとんどの自分の考えをすでにゲロってしまっていたのだ。


すると、騎士たちは「そもそもあの不可解な災厄の霧や怪物とも関係しているのでは?」とますます怪しみ出して拷問した方がいいだのという声まで飛び出した。一人の騎士が拷問禁止だとわかっているのか! とピシャリと行って収まったが、拷問禁止は素晴らしいことだが、つまり、ここでは疑わしければそのまま死刑ともなりうるわけで。


今ケルビンはどうにも人生の分岐点にいるらしい、というような気がしていた。考えるのはあまり得意ではない、だからなんとなくである。


つまり逃げるべきか、ここで他者に自らの命運を任せるか。


200回目のため息をついた時、カーの事を思い出した。


「カーの奴め。いいやつだったな、シェイプシフターで……」


俺の命を助けてくれた。相棒としてもやりやすい、捕まった時もかなり心配してくれて、あの時一緒に逃げるならやるぞ、というような雰囲気でこちらを見てきたのは、あの顔は焼きついている。格好つけて「まぁまぁ、すぐに戻るさ」などといって大人しく連行されたが格好つけすぎやもしれん。


「あーあ、せっかく命を助けてくれたのにな。すまねぇ、カーよ……」


どうにも俺はドジ踏んじまったらしい。あいつはシェイプシフトで何かあっても逃げられるかな、だったら大丈夫かな。と思ったところで__


「うーん。だったら俺の姿も変えてもらって一緒に逃げれないかな。今から脱走して……」


ケルビンには難しいことはわからなかったが、それがとても良い考えのように感じ始めて__

__頭で決める前には体が自然と動いていた。


ケルビンの顔つきが変わった、情けないトホホ顔から冷静で爽やかささえ感じるような、先ほどのケルビンが女に振られた男の顔ならば……、


能力者を縛る特性を持つ特製の手錠がするりとケルビンの手首を通り抜けて床に落ちた。それは指で蛇口から出る水を切るように、自然と個体だろうが液体のようにケルビンの邪魔はしない。


「……すり抜けの呼吸だ、俺ならどんな拘束だろうが抜けられる。こんな道具じゃ俺は縛れねーつぅのっ」


—何にも縛られないのが、俺のいいところなんだからよ。まずはカーを見つけないとだな、恩人ついでに姿を変えてもらわんと行けねー! へへへ。


__今のケルビンの顔は女を惚れさせるような男の顔だった。


一度決めてしまえば話は早かった。ケルビンは扉などに用はない、とばかりに壁をすり抜け漆黒の闇の中へと消えていく。


奇しくもケルビンの取り調べ中に再度霧と怪物が出現し、彼に対する嫌疑は晴れそうなところであったのだが、この脱走により、ケルビン・ミラーは英雄領指名手配のお尋ねものとなる。



ケルビン・ミラー

型 義賊

すり抜けの呼吸 








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