裏切りの騎士と犬のグッドマン
——レイトナイトシティ、月明かり届かない夜の橋の下にて。
漆黒の闇の中くぐもった声が許しを乞う声と、それを問い詰める震えるような怒りを含んだ声。
一人の騎士が闇の中で、所属勢力を裏切った。
ボブ・ダービー・ダルトン。
竜人ドレイクと旧東方騎士団のルーベン・ナイトレイ暗殺計画のメンバーに選定された実力確かな高位騎士。
レイトナイトシティでの連続殺人事件、捜査班主任だった男を締め殺すべきか、それとも情報を集めるために生かすべきか、そのような当然のことすら悩み、もどかしく感じるほどにボブの怒りは燃え盛る溶岩の如くたぎっていた。
捜査主任だったネイトという騎士の首をこれでもかと締め上げながら、許しを懇願する言葉を出させぬように、しかし万が一にでも窒息死しない程度に加減しながら、ボブは深呼吸して己を落ち着けさせた。
そして10秒ほどで覚悟を決めた。
東方騎士団から除隊すること、ドレイクを裏切ること。
「ふぅ、腹は決まった。これからは一人だ、……それでいい」
締め上げる腕の力をあげ、さらに霊気を流し込み敵の意識を落とした。
**
つい一年前まで幾度となくおぞましい事件が起きた橋の下から二人の男が出てきた。
一人は短く刈り上げた明るい茶髪に精悍な顔つき、もう一人の男を肩に担いでいる。
石階段を登っていくと、路地裏から声がかけられた。
ーよぉ、隊長。どこの所属だ?
ボブが呼び止められて、横道に目をやると地べたに半ば寝そべるようにして座っている男がいた。ボロボロの外套はもはや捨てるべき、いやゴミ箱から漁ってきた布切れを纏っているようだったし、ベタついた長い黒髪もヒゲもボサボサで何年もの間、手入れをされていないようだった。
その男がホームレスでないとすぐに識別できたのは偏に(ひとえに)その目つき、顔つきがあまりにも達観し落ち着き払っている、それは酷く空虚な目だったが浮浪者ではなく歴戦の戦士の瞳。痩身ではあるが鍛え上げられた体躯とボロ切れのしたのこれまたボロの戦闘甲冑のおかげだった。
「忙しいんだ、悪いな」
「お前の担いでいる奴とお前さんを俺は知らない、この街の路上で俺は寝泊まりして数ヶ月になるのに、だ」
低く、よく響く声だった。そこには飾りのない爽やかさがあって、問答無用で気を許してしまいそうな人好きのする声だった。
酔っ払っているのか、夢でも見ているのかという力みの無い表情はまるで本当に男が、この区画、路地や通りの主ヌシであるかのような錯覚をボブに覚えさせた。
「そうか、俺には関係ないし、それに俺にはやるべきことがある」
人の家の中を通り過ぎて行くためには理由がいるように、返答した。
「別に語ってくれてもいいじゃねぇか、それとも語ったらまずいことでもあるのか?」
少し動揺した、そしてボブは少し腹を決めた。
「……行かせてくれ、個人的なことだ。お前にもどのグループにも迷惑はかけない」
今度は路地の男が動揺する番になった。これは珍しいことでこの日のことはこのボロを着る騎士の記憶に長らく焼きつくことになった。
「騎士風の男を、ただ揶揄うつもりで呼び止めた。たったそれだけだからな。俺は人の通りを司る妖精じゃねぇ、行ってくれ」
「……ありがとう」
「いや、いい。名前だけ置いてけ、チーフ」
ー……ランスロット。
「あまり程度のいい騎士の名じゃねぇな、そいつは嫌いだ、違うのにしとけ」
ー……、ならお前が決めてくれ。
「ガウェインだ。そっちの方が良い騎士だからな」
ーそうか。ならそれでいい。
「それともう一つお前が橋の下に入って行った時と見た目が似すぎている、変えられるならもっと変えろ」
「……」
ボブは泣きそうになった、見られていたことにではない。この男が相当な騎士らしいこと、おそらく自分を捕縛する自信もあるだろうこと、自分のシェイプシフト能力も全てが見破られていると言うのに、それでもこの男は素性すら知らぬ自分を信じてくれていると思えたからだった。ボブの迷惑はかけない、行かせてくれという言葉を本当に全て信じてくれたボロ切れの騎士に激しく心を揺さぶられたのだ。
もう、これからは完全に一人の道を進もうと言う時にこの騎士との出会いはボブの瞳を涙で溢れさせようとしていた。
ーもう行く。お前のことは覚えておく。……名はなんだ。
「グッドマンだ、野良犬のグッドマン。皆俺のことは犬と呼ぶ、それとな苗字はカーにしとけ」
なぜだ、というと「ただ信じろ」とだけ犬は言った。
* * *
ガウェイン・ボブ・D・カー
路地の住む犬の言いつけ通りにボブは通りの闇を抜けた時には自らを捜査主任の姿にかえ、そして担いでいる捜査主任をこれから自身が成る存在「カー」の姿に変えた。
空が白み始めて、夜が明けた。
街を歩いて、捜査主任を知っている人間を探す。適当に目配せをして歩き、反応した市民にいくつか質問をして歩く。酒に飲まれてしまったといい、担いでいるやつと一緒に飲んでいたところで互いの財布を無くしたなどと嘘を言い、主任のよく屯する酒場を2つ、主任の住処とともに割り出した。
姿を変えた主任、ネイトを彼の住居に縛り付けておいていく。眠り薬を無理やりに飲み込ませて__
夕方まで待ってまた外に出た。
———夕刻。
着いたばかりの頃は割と活気のある良い街に思えたが、夕方のレイトナイトシティは夜に比べてずっと寂しく見える街だった。栄えている街は夜は賑やかで、別にそんなものかもしれないが。
茜色の空に向かって正面から進むように歩くと目当ての酒場に着いた。
白塗りの外壁のパブに入っていくと、早速酒飲み仲間らしい四人組の男たちから声をかけられる。
ーおい! ネイト、こっちだぜ……
「ああ……」
ゲホゲホ!
咳き込んで喉の調子が悪いことを知らせる。
察したように仲間達が顰めっ面をした。
ーおいおい、チッ、最近多いな。俺のお気に入りの女の連れ子も風邪をひいてやがった。
一人がそう言った。
「というか、具合悪そうだが、酒飲んでて大丈夫かよ、相変わらずだな」
「ゲホッ、ゲホッ……、ああ、気にしないでくれ」
「それで例の友人には会えたのか?」
含みを持たせた言い方におそらく自分のことだろうと察したボブはうなづく。
ここではちょっとな、というと後でネイトの経営すサンライズ・モーテルで集まることとなった。
(住居だけでなくモーテルまで経営していたか、むしろ都合がいいかもしれない)
他の仲間は忙しいのでまた深夜になる頃にモーテルに来ることになったが、四人組の中にいた気の良さそうな男は時間があるなら先に行っててくれ、というのでボブは気の良さげな男ケルビンと共にモーテルへ。
__サンライズ・モーテルにて。
「ああ、……受け入れてもらうえる仲間のための記録を作るのがきつい」
ネイトの関係者をまとめるようにとそれとなく告げる。
ーなるほど、そうじゃねぇと合流した後の待遇の約束は出来ねぇってか。ま、当たり前か。つまり、それ相応のものを用意する気があるってことだろ?
「ゲホッ、ゲホ! 恐らくな……」
ー本当に二日酔いと風邪のWパンチかよ……、仕方ねぇな。俺が手伝ってやるか。
ケルビンと名乗った男は仲間内の中で一番気の良さそうな男で、やや年齢でなく精神的に幼いような印象を受けた。が、この男は協力的で話が早かった。
ーええと、旧東方騎士団から合流したいのがどのくらいいるんだ? 俺は全員なんて知らねーぞ。知っているのは……、東方騎士だった奴らでこの街にいるのは100名くらいか。随分処刑されたけど、まだそのくらいいる。
うち君主同盟に移住したいのはお前のところの4、5名? それとうちの部隊に……
(俺のところの数名? ケルビンの部隊?)
「お前の部隊は……」
ーああ、言わなかったっけ? あの連続殺人鬼の事件をでっち上げてた奴らを追ってた部隊だよ。あんまりでかい声では言えないけどな……
(奴らを極秘裏に追ってた部隊は存在してたのか……)
「誰の指示で追ってたんだ?」
ーああ、有志で秘密裏にだよ。西方騎士団の連中も協力してくれた奴らもいたし……
「お前はなんで君主同盟に行きたいんだ?」
ー言ってなかったっけ、この死物やゾンビを使って戦うのが意味がわからないし、それにルーベン団長がヴィジョンを隠しているのが気に掛かる。どれだけ面倒くさがっても、そこは隠さない人な気がするんだ。目的を教えない人間に従うの、俺はなんか嫌なんだ。だから今は戦闘員じゃなく後方支援や見回り番をしてるし。俺の部隊の奴らも大体そんな感じだ。
「見返りを得られそうな情報とお前が欲しいものは……」
ー俺はいらねーって言ったろ! それにあまり西方騎士団の情報を売るのはおすすめしないぜ。戦時中だからな、ただ安全に移り住みたい。ここの生活は正直悪くないけど。お前らも大したものは渡せないし、一度投降したのだから西方騎士団に大それた裏切り方はできないっていってただろ。
(思った以上に東方騎士残党も一枚岩じゃない、それにこのネイトに他の奴らはケルビンやその部隊に嘘をついている?)
ジリリリリリ! ジリリリ!
思っていた以上に複雑な状況だとボブが思いなおし、緊張から胃液が逆流してくるような感覚を覚えていた時、モーテルの受付に電話がかかってきた。
「取りに行ってくる」
受付まで薄暗い廊下を歩いていき電話をとる。
「もしもし……」
ーもしもし、ネイトを頼む。ってお前か。
「ああ、俺だ、どうした。あと何時間でくるんだ」
ーもうすぐだ、武器も揃ってる。人数は3人しかねぇが、十分だろ。モーテルの裏外の方までケルビンを連れ出してくれ。10分以内で行けるか?
「……やるのか?」
(……こいつらケルビンを襲うつもりか?)
「アタリメェだろ、あいつは昔から俺らを嗅ぎ回ってた、事件が迷宮入りしても邪魔者は消しちまったほうがいいって言ったのはお前だ!」
今更びびってんじゃねぇだろうな、事件をおってた奴らが保管している証拠があればそれも手土産になるって言ったのだってお前だろうが!
「……ああ、そうだな。10分で裏に出る、手こずったら15分だ、いいな」
返事を待たずに電話を切る。
ケルビンの待つ部屋へと向かって、姿を変えた。
ーえ? お、お前?
「今から裏でネイトの仲間がお前を襲うことになってる、さっきのはその電話だ」
俺と、お前でぶっ殺すぞ。いいな?
と言うと、ケルビンが驚いてから、嬉しそうな顔に変わり「ちょっと待て、お前命の恩人か? なら任せとけ!」
と言った。
* * *
東方騎士の残党のグループ、捜査主任ネイトの仲間を表の入り口から裏に回り背後から急襲。
闇夜の中で鈍器を握りしめて息をころす男が三人、うち一人の男の背後で闇が動いた。砂利を踏んだ音がして、次に誰かが倒れた。最後の一人は仲間が倒れたことに気づいた時に背後から棍棒で頭をかち割られた。
ケルビンは意外にも腕の立つ騎士ですぐに三人組を捕縛することに成功。うち一人は死んでしまったがカーもケルビンも気にしなかった。世界が狂ってからというもの、このようなものにはとっくに慣れてしまっていたのだ。
モーテルの空き部屋に本物のネイトとともに入れる。
ー事情くらいは教えてくれるよな?
「そうだな、連続殺人事件を調査しに来た」
ーどこから? それに名は? シェイプシフトを他人にもかけられるのか。
「そうだ、名はカー。ガウェイン・B・カー。無所属だ」
ーよろしく、カー。助かったぜ、しかしどこにも所属せずになんで?
「被害者の関係者だよ」
ー……、そう言うことか。すまん。
ランタンの灯りをつけながらケルビンが言った。
今はまだ英雄領なので大人しくしているが、すでに随分評判の悪い連中だった。
主任の仲間の一人と目覚めた主任を拘束し、必要な情報を吐かせる。
ドレイクたちはカーの能力を知ってはいるが、動機を全くと言うほどに知らない。彼らはここで自分が消えてもスケアクロウに察知されて始末されたと思うだろう。仮にルーベンに寝返ったとしても東方騎士団は英雄領への侵入をほとんど満足に出来ない。暗殺計画も杜撰なものだったのだ。
今ボブ、いやカーが知りたいのもっぱら殺人鬼の話だったが。
捜査主任から得られた情報は最悪の類のものからどうでも良いものまであった。
主任は現在はレイトナイトシティにてモーテルを営んでいる。過去の蓄えで始めたらしいが、いずれここで旧東方騎士団のたむろする場所として使用して金を取るつもりだったが、思った以上に英雄領は怪しげな行動をとれば捜査の手がはやく、そろそろ逃げ出そうと思っていたらしい。これはどうでいい。
最悪なものでは東方騎士団内部に巣食う快楽殺人カルトの被害者を猟奇的殺人事件の被害者のように見せかけて捨てていた、と言うものだった。事実と違うのは犯行が個人ではなく組織的なものだったこと、そして東方騎士団の内部分裂から西方騎士団との差がつくのを恐れたドレイクが隠蔽に目を瞑ったこと。
実際にはどうだったのかはこの主任たちは知らないとは思うが、あり得る話だった。
ボブから見てドレイクは臭いものにふたをしたがる傾向があった。そして高位騎士達の中で関わりはないが、怪しい噂のあるグループも心当たりがある。ドレイク自身はおそらく関わってはいない、ただ自分からすればバカで許せない判断をしたのだ、あの男は。そうカーは思った。
主任がいうには誘拐や殺人の実行犯自体はそこまで多くないらしく、そのうちの一人はこの街にいると言う。
そして捜査班は彼らの意気がかかった騎士達が選ばれ、もちろん正義感の強いものなどは入り込めないようにしていた。
ここまで行って主任とその仲間は命乞いをしたのだが__
__翌日、例の橋の下には身元不明のホームレスの老人の死体が二つ見回り番の騎士によって発見された。ホームレスの老人などはレイトナイトシティでは多い方ではなかったのだが身寄りも知り合いもいないことも不思議なことではないと特別な捜査がされることはなかった。
それから1週間ほどして、次は捜査主任が姿を消し、数日後には酒に酔って川に落ちて溺死した状態で発見された。
カーと名乗る旅の男がレイトナイトシティ有志による見回り番に入隊したのもこの日だった。




